1-19 初めてその瞳に光がさすとき

 渉はデジャブを感じた。依頼人が話す内容のすべてをことがあるような気がした。

 そんな偶然があるだろうかと不思議に思いながらも、依頼人が言っていたように単なる偶然なのだろうと、再び二人の話に耳を傾ける。


「それは本当に偶然ですか?」


 六夏の瞳が鋭く光る。


「どういう意味ですか?」

「二度の不幸はあなたが手を下したものだったんじゃないんですか?」


 何を言い出すのだろうかと、渉は隣で息を呑んだ。

 依頼人も驚いたように目を見開き、声が出ない様子。

 先ほどまで穏やかな空気が流れていた空間が一変して冷たく、凍えそうな場所へと変わる。


「あなたは試したくなったんじゃないですか? 迷信が本当なのかどうか。『言ってはいけない』と思い込んでいたあなたは、言っていないのだから大丈夫だろうと自信があったのかもしれない。歯が抜ける夢を見て、誰にもそのことを話さず、あなたは叔父にあたる光昭さんのところに行った。そこであなたは、光昭さんに睡眠薬を盛りましたね。安眠できないからと処方してもらった睡眠薬を光昭さんに飲ませた。お酒か何かに溶かしていたのでしょう。光昭さんはヘビースモーカーだったようですから、就寝前にタバコを吸っていたとしてもおかしくはない。タバコで火事が起こせるかどうかも未知だったでしょう。睡眠薬と言っても、燃え広がる火の熱さに途中で目を覚ますかもしれない。あなたはそれを試したかった。迷信は本当なのか。そこまで条件を揃えた上で、光昭さんは助かるのかどうか。しかし、光昭さんは目覚めなかった。いや、目覚めたのかもしれませんが、そのときにはすでに遅かったのでしょう。あなたが信じる迷信は証明されなかった。

 一度だけでは信憑性に欠けたのか、次に歯が抜ける夢を見たあなたは、再び誰にも言わずにいた。そうして再び自ら手を下した。光昭さん同様、その人は助からなかった。

 そこであなたは自分が信じていた迷信が間違っていたのではないかと疑います。先ほどおっしゃられていたとおりです。あなたは『言ってはいけない』ではなく、『話さなければならない』のではないかと考えを改めます。そして、歯が抜ける夢を見たことを誰かに話した。こんな夢を見たんだと世間話をするように。『話さなければならない』と思い込んだあなたは、いろんな人に公言したあとは何も行動を起こさなかった。しかし何の因果か、身近で交通事故に遭った方がいましたね。けれどその人は幸い命に別状はなかった。あなたは心底ほっとしたことでしょう。なぜなら、あなたの信じる迷信が今度こそ本当にあなたのになったのですから」


 渉は静かに六夏の話を聞いていた。もとより間に割り入るつもりもなかったが、何も言えなかった。口を開くことすらできない。

 自分が見ていた夢が現実に起きていたことだった。しかも、それを引き起こしていたのは目の前にいる依頼人だと言う。驚かないわけがない。

 しかしそれはあくまで六夏の推理だ。予想だ。

 渉の夢の話をもとに、それなりの理由をこじつけて説明しているだけなのかもしれない。

 けれど依頼人は驚いている様子はなかった。何を言っているのだと怒る気配もない。むしろ光の入っていなかった瞳に、初めて光が差す。


「そうなんですよ! 迷信は本当だったんです」


 声が弾んでいた。表情もパッと明るくなる。


「僕が間違えて迷信を覚えたりしていなければ、あの二人も助かったんです。間違えて覚えていたことがいけなかったんです。本当は言いふらさなきゃいけなかったんですよね。うっかりしてました」依頼人は六夏と目を合わせる。「でも、そんな勘違いってありますよね?」


 渉は今日一番に絶句した。


「あなたが気にすることはそんなことじゃ……」

 六夏が渉の前に手を出して制す。 「あとは警察に任せよう」

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