1-18 夢にまつわる迷信
翌日、六夏は早速依頼人を呼び出した。
急な呼び出し、しかも休日の前の日に連絡があったにもかかわらず、依頼人はすぐに対応してくれた。
数週間ぶりの再会だったが、久しぶりのような感じもしない。それもそのはず、夢で何度も見ていたのだ。ただ、夢の中で見ていたよりずっとくたびれた印象だった。
初めて探偵事務所を訪れたときよりも目の周りが窪み、首筋が浮き上がってより貧相に見える。目の下の隈も色が濃くなっていた。最初に事務所に来たとき同様身につけているスーツは、やはりくたびれている。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ。それであの……悪夢の原因がわかったというのは本当ですか?」
「えぇ。ひとまずおかけください。長い話になりますので」
依頼人は戸惑いながらも六夏が指したソファの端に腰かけた。
「最近はいかがでしたか? ここに最初にいらっしゃってから今日まで、溺れる夢はご覧になられましたか?」
「あ、えーと、そうですね……何度か見ました」
「足を引くものの姿は?」
「いえ……以前もお話ししましたように暗くて何も……」
「そうですか。いえ、大丈夫ですよ。では話を変えましょう」
お茶を運んできた渉に、依頼に来たときと同じように隣に座るよう手で示す。一緒に話を聞けということだろう。お盆を持ったまま、渉は六夏の横に腰を下ろした。
「以前もお訊ねしましたが、溺れる夢以外に何か印象に残っている夢はありませんか?」
「印象に残っている夢ですか?」
「はい。悪夢でなくても構いません。覚えているものがあれば教えてください」
「えーと、それは、依頼した悪夢を解決するために何か関係があるんでしょうか?」
もっともな疑問だ。渉も首を傾げて六夏を見る。
依頼人自身に気づかせたいのか、もしくは渉が見ていた夢が本当に依頼人の夢なのかどうか確証を得たいのか。後者であれば、かなり性格が悪いように思う。そもそも他者が見ている夢を見ていると渉に告げたのは、他でもない六夏だ。
依頼人に他の夢を訊ねているのは別の理由からだろう。そう思うことにする。
「関係は、あると言えばあります。今はそれだけしか言えませんが。何か覚えているものはありませんか?」
依頼人は訝しげに眉をしかめつつも考える素振りを見せた。が、やはり何も思い浮かばなかったらしく、数分後に首を横に振った。
「すみません、特に何も思い浮かばないです」
「では、歯が抜ける夢はどうですか?」
「歯が抜ける夢、ですか……? そう言われてみれば何度か見たことがあります」
「では、歯が抜ける夢にまつわる迷信もご存知ですか?」
六夏が訊ねたとき、なぜか依頼人は笑った。ほんの少し、注意して見ていなければわからない程度の微笑だった。
「知ってます。身近な人間、身内とかですね、に不幸があるというものですよね。……といっても実は最近まで勘違いしていたんですよ」
「ほぉ、勘違いですか」
興味深そうに声のトーンを上げ、六夏は前のめりになる。
自分の話に食いついてもらえたことが嬉しいのか、依頼人の声色も明らかに変化する。
「あれって、歯が抜ける夢を見たら『話さないといけない』じゃないですか。歯が抜けた夢を見たことを、いろんな人に話さないといけない。聞かされた側からすると、だからどうしたって感じだとは思いますけど。話さないと、迷信のとおりに不幸なことが起きてしまう。でも僕ずっと、誰にも『言ってはいけない』んだと思っていたんです。だから誰にも話さず、歯が抜けた夢を見たことを黙っていたんですけど、2回も身内に不幸が重なりましてね。おかしいなぁと思って3回目に歯が抜ける夢を見たときに思い切って話してみたんですよ。歯が抜ける夢を見たんだって。普段話せる人なんていないから、職場の人に。すごく緊張したのを覚えてます」依頼人は照れくさそうに笑ってから続けた。「そしたら、事故はあったんですけど、幸いにも命に別状はなくて。もちろん全部偶然だとは思いますけど」
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