1-15 夢と調査

 数分後、再び目が覚めた時には視界に黒が広がっていた。暗闇ではない。微細に動いているように感じる黒は、その色の感触とは異なり、ほんのりと温かい。


「またお前か」


 またしても勝手に潜り込み、枕元で我が物顔で眠っているバクに、渉は悪態をつく。


「この部屋はもともと佐々木さんの部屋だったのか?」


 悪態をつきながらも譲歩を見せる渉に、夢見心地なバクが返事をするわけもない。上下している背を撫でてみるが、やはり何の反応も示さない。

 ため息をこぼしながら起き上がると、「今度からは一声かけてからにしてくれよ。じゃないと起きたとき驚くから」と独りごちた。



 リビングの扉を開けると、先に六夏が起きていた。自分で淹れたであろうコーヒーに角砂糖を入れているところだった。一個入れたあとに、さらにもう一個取ろうとしている。


「おはよう、あまり眠れなかったみたいだね」

「おかげさまで」


 皮肉を口にしながら、キッチンへと向かう。

 炊飯器が作動していた。六夏が準備をしてくれたのだろう。

 六夏は料理は一切しなかったが、米を洗って、炊飯器にセットするところまではやってくれた。

 今日は米の気分だという主張でもあった。

 おかげで六夏より遅く起きても、速やかに朝ごはんにありつくことができた。


「今日また歯が抜ける夢を見ましたよ」


 席につき、珍しく渉から切り出した。切り出したはいいが、今日の夢は場面が色々と変わったこともあり、時系列が違ったかもしれないとすぐに口ごもる。


「最初は葬式帰りだったかもしれないです……喪服のまま、おそらくは家の中で灯りもつけずに膝を抱えてて。これまでに何回か見たものと同じです。それで『どうして……』って何度も繰り返してました」


 六夏は黙って相槌を打つ。


「そしたら今度は急に視界が明るくなって、明暗差に目を慣らしていると、声が聞こえたんです。数人が集まってました。家ではないです。職場だったのかな? 会議室みたいにテーブルが並べられていて、そこで井戸端会議みたいなことをしてました。その中に依頼人もいて、話しているのは依頼人だけでした。歯が抜ける夢を見たってことをそこにいる人たちに言って回ってて、ただそれだけの内容なんだけど、ただ聞いてほしいからって。そしたら今度は電話がかかってきて、誰かが事故に遭ったという連絡でした。依頼人はすごく不安そうに事故に遭った人の状態を伺ってて、無傷とまではいかないけど、命に別状はないって。それを聞いて安心してましたね」


 支離滅裂になっているような気がして、渉は最後に「今の説明でわかりますかね?」と不安そうに訊ねた。

 返事はなかったが、そのまま考える動作に移った六夏に、渉はほっと胸を撫で下ろす。


「何度も歯が抜ける夢を見ている夢、を見ているね。それにお葬式もだっけ? お葬式は同じ人? 違うのか。繰り返し同じような夢を見ることは珍しいことではないけど、それにしてもその夢の内容はメジャーなものではないね。え? あぁ、もちろんマイナーだからおかしいというわけではないけど、いや、だからこそ歯が抜ける夢やお葬式の夢を繰り返し見ていることには何か意味があるのかと。それに、歯が抜ける夢を見たと人に言いふらしている。毎回ではなく、今回はじめてだったんだよね? ま、それもまた夢の中の話ではあるけど」

「その、歯が抜ける夢を見たんだって話しているとき、依頼人はとても憔悴しきった顔をしていました。もともと疲れていたのかもしれませんけど、ここに来たときもかなりひどい顔色だったし。でも、話し終わったあとは少し表情が戻ったんです。電話がかかってきて、また不安そうな顔にはなってたんですけど、話し終えたあとは今までで一番穏やかな表情だったんですよ。もちろん隈とかは消えてませんけど、表情が、なんというかすごく穏やかだったんです」


 一番しっくりくる言葉が見つからず、同じ言葉を繰り返した。


「なるほど、それは実に興味深いね」


 渉から伝えられることは以上だ。今日見た夢についてはおおよそ話し終えたと思う。

 毎度思うのは、見た夢の話をする際、渉はかなり主観も踏まえて話してしまっていた。それは問題ないのだろうかと、話し終える度に思う。思うが、話しているときはすべてを話さないといけないと必死なので、そのことは失念してしまっている。もっと上手く説明できれば、と思うが、そうすぐには身につかない。

 六夏は客観的な夢の内容だけ聞けたらいいのだろうとは思うが、それに関して六夏が指摘することはなかった。


「それで、ピョン吉くんは僕に何か隠していることはないかい?」

「え……?」


 肩が跳ねる。声も少し震えているような気がした。なんとも嘘がつけない男だ。

 六夏は責める様子もなく、その顔に笑みを浮かべて渉を見ていた。渉の口から聞かずとも、すべてお見通しのような顔つきだ。穏やかな表情、雰囲気を醸しているにもかかわらず、鳥肌が立つような怖さも感じた。


「……別に大したことじゃないですよ。前に見た夢で、ほら、あの火災で亡くなった人の葬式の夢です。あの人の名前、夢の中で見てたんです。だからってこともないんですけど、ちょっと気になって調べてみたんです。そしたらその人、本当に亡くなってたんです。しかも夢の内容と同じ寝タバコによる火災で。同姓同名ってだけかもしれないですけど、でも死因まで一緒って、そんなことあります?」

「調べてくれたんだ、ありがとね」


 驚きつつも、嬉しそうに笑う六夏に、渉は思わず顔を逸らした。「あなたのためじゃない。ちょっと気になったから……」などと照れ隠しの言葉をこぼす。


「現実に起きたことが夢にも出てくることはあると思うよ。彼にとってその事件は印象深かったんだろう」

「そういうものですか」

「もちろん、他に要因はあるのかもしれないけどね」


 そう言うと六夏は大きく伸びをした。


「ピョン吉くんのおかげでおおよその道筋が立ってきたよ」


 そうと決まれば早速調査だ! と勢いよく立ち上がると、いやその前に両手を合わせて「ごちそうさま」をしてから、六夏は事務所への階段を駆け下りた。

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