1-12 雨の中の参列

『寝タバコだったんですって』

『まぁ……少し前にタバコはやめたって聞いていたのに。やっぱりそう簡単にはやめられないのね』


 しとしとと降り続く雨の中、傘をさした人たちが同じ方向に向かって歩いていた。

 黒い服に身を包んだ人たちが『蓮水家葬儀』の看板が立てられた家屋に吸い込まれていく。

 葬儀へと向かう参列者の中に、一人ポツンと歩く男性がいた。歩く背中は丸まっている。太陽を熱く覆い隠す雲のせいか、表情はよりどんよりとしているように見えた。


 質素な葬儀だったが、それに対して参列者は多かった。

 棺の周りも簡素なもので、さらにいえば棺桶は形式上、置かれているだった。参列者が棺の中を見ることはない。見たところで何も入っていなかった。


『寝室に火がついて、それで……』

『あっという間に燃え広がったそうよ』

『目は覚めなかったのかしら?』

『動いた形跡はなかったそうよ』

 後ろの方で順番待ちをしている人たちが口々に噂する。


『火葬する手間が省けたってわけだ』

『ちょっと……言葉には気をつけてください』

 参列者の列は終わらない。止めどなく流れる人の流れは、さまざまな言葉と感情を連れてくる。


 参列者は消え、男性一人になった。

 彼の家なのか、薄暗い部屋で明かりもつけず、膝を抱えてうずくまっていた。


『……なんで、どうして……』


 そう言って男性は頭を抱えた。ぶつぶつと途絶えることのない声が、静かな部屋に響いていた。




 ***




 キッチンへ行くには、リビングを通らなければならない。扉からは明かりが漏れており、先客がいることを示している。先客はもちろん六夏だ。六夏はコーヒーカップ片手に新聞を読んでいた。


「おはよう、ピョン吉くん」

「おはようございます。早いですね」

「早く起きてくるんじゃないかと思ってね。ピョン吉くんの分のコーヒーもあるよ。飲むかい?」

「いただきます」


 六夏はコーヒーカップにミルクと砂糖を添えて渉の前に置いた。ブラックでも飲めるのだが、確かに今朝はどちらも入れたい気分だった。これが探偵の成せる技か。


「それで、今日は何か見たかい?」

「えーと……」


 コーヒーを一口含んでから、渉は今朝見た葬式の話をした。

『蓮水』という人物の葬式のこと。寝タバコが原因で亡くなったらしいということ。参列者の会話からあまり好かれてはいなかったということ。

 そして、参列者の中に依頼人の姿もあったこと。


 今朝見た夢もまた、依頼人の夢だったのだろう。

 目が覚めたとき、六夏が渡してくれたメモ帳に思い出せるだけ書き出しておいた。それも確認しながら説明する。


 話しながら、参列者の会話を反芻する。しのぶ声もなくはなかったが、それよりも圧倒的に罵るような声が多かった。自業自得だと言わんばかりに、悲しみの声がかき消されていく。

 死者は死後三日ほどは聴覚が残っていると聞いたことがある。本当かどうかはわからないが。

 渉は葬式にあっていた人が耳が残った状態でなくてよかったと思った。死んでもなお、悪口を言われるなんて辛い。関心があると思えば気が楽になるのか。そもそも、葬式に出てくれる人がこれだけ多くいることに感謝すべきなのか。


 蓮水というのは依頼人と同じ苗字だが、親族かなにかだろうか。それにしては他の参列者と同じ位置にいたことを渉は不思議に思っていた。

 生まれたときにはすでに両親は他界しており、祖母に育てられた渉は、親戚と呼べる人間に会ったことがない。いるのかどうかも知らなかった。

 葬式も祖母が亡くなったときに参列しただけで他を知らないため、一般的な常識がわからなかった。


 そもそもこれは夢だ。親戚云々は関係ないのかもしれない。

 関係がないといえば——


「今回の夢は、依頼の悪夢とは関連がなさそうですよね」

「どうしてそう思うんだい?」

「どうしてって……」


 まさか質問が返ってくるとは思っていなかった渉はそのまま口ごもる。

 見るからに関連性はなさそうじゃないか、とそう言ってしまいたいが、それでは許してもらえないだろう。

 いっそのこと流してほしかったが、六夏は頬杖をつき、渉の言葉を待っていた。


「えーと、溺れる夢は誰かに足を引かれていて、依頼人はそれを悪夢だと思っていますよね? 歯が抜ける夢を見ていた夢も、怯えているという感情が似てます」

 六夏の言葉を借りて「後者は、実際現実でどう思っているのかはわかりませんが」と足す。

「でも、葬式の夢はその感情とは別のところにあると思います。棺の中が空だというのはちょっと怖いかもしれませんが……あ、いえ、それは俺の意見です。すみません。でも、一つ気になることがあって、葬式の夢のあとに場面が変わったんです。依頼人の自宅ですかね? 膝を抱えてたんです。暗い部屋で一人、『どうして』って呟いていたような気がします」


 まさか、と今度は渉が前のめりになる。「それが関係しているんですか?」

 途中から推理に関わっているような気がして、気持ちが高揚していた。


「いや、どうだろうね」渉のテンションの高さとは反対に、六夏は冷静だった。「まだなんとも言えないな」


 渉は眉をひそめた。

 どうしてそう思うのかと訊ねられた時点で、何かしら答えがわかっていると思ったのだ。だから否定的な言葉が六夏から返ってくるのだと思っていたのに、本人はまだ何もわからないと言う。いや、答えがわかっていると勝手に解釈したのは渉だが。

 結論がはっきりするまでは自分の意見は言わない主義か? とさらに顔をしかめた。

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