1-9 謎の多い探偵業

 探偵の仕事がどういうものなのか、六夏と生活する中で見学できると思っていた渉の期待はすぐに打ち砕かれた。


 渉に夢の話を聞くだけでなく、の調査はしているようだったが、想像しているようなものではなかった。

 六夏は一日のほとんどを事務所で過ごしていた。外出しているところを見たのは数えられるほど。ひとりで散歩に出かけるバクの方が外に出ているように思える。

 しかもそのほとんどは、調査とは関係のない用事のようだった。

 そのせいかどうかはわからないが、調査の成果もいまいちのようで、基本的な情報しか得られていないようだった。


 依頼人の名前は蓮水はすみという。幼い頃に父親を亡くし、母子家庭で育った。兄弟はおらず、今は母親と離れて暮らしている。

 年齢は45歳とのことだが、やつれた顔が実年齢よりも10歳ほど上に印象付けさせた。

 大学卒業後に就職した商社に今も勤めている。

 会社で特筆すべき成果を収めているわけでもないが、反対にマイナス面が挙がることもない。つまりは影が薄いのだ。仕事ができるわけでも、できないわけでもない。

 愛想がいいということもないが、悪くもない。好かれる人間でもないが、嫌われることもない。

 誰もが彼に対して無関心だった。

 恨まれているという話も、誰かに嫌がらせを受けているという情報も得られなかった。


「誰かに足を引かれて、水の底に引きずりこまれる——そんな夢を見ているというのは、現実でもそういう体験をしてるってことなんでしょうか? たとえば何かに怯えているとか?」


 依頼人を含む周辺の人間関係をまず調べたという六夏に、率直に気になったことを訊いてみる。


「夢というのは、まだわかっていないことの方が多いから一概には言えないけど……どちらにしろ調べるなら、その辺から始めるのが妥当だろう? 知れることから少しずつが賢明なやり方だからね」


 六夏が言うことはもっともだ。理解はできる。

 普通、探偵事務所が依頼人から依頼を受け、人物の調査が必要になる場合、それは依頼人ではなく別の誰かが対象となる。浮気を疑っている妻ならその夫だし、不正を暴きたいなら不正を行なっているだろう容疑者を対象とする。

 しかし、ここでは悪夢に悩んでいる人が依頼人となる。当然、調査対象は依頼人本人だ。


 契約を結んだ段階で、依頼人から情報を聴取するのだが、もちろんそれだけでは足りず、情報の確認も兼ねて別途調査が行われる。

 今回のような案件の場合、周辺の人間関係についても調べるのが妥当とのことだった。

 誰かが足を引いている状況から、怨恨も考えられるとのこと。

 もちろん、夢は現実のすべてを反映するわけではない。それでも、まず真っ先に考えられることを潰していく方法が一般的とのことだった。悪夢を専門にした探偵事務所が他にあるのかどうかは知らないので、何をもってして一般的なのかは定かではないが。

 しかし、怨恨の問題で悪夢を見ているというのであれば、やはり探偵事務所に依頼してくることに疑問を抱かずにはいられない。もっと他に適当な場所があるように思う。

 渉はその疑問を正直に六夏にぶつけた。


「悪夢を見る原因はわからないようだったからね。原因がわからないからこそ、ここを訪ねてくれたのかもしれない。助けを求めて訪ねてくれたんだ。僕としては、その気持ちに応えたいと思うんだよ。だから、何としても解決策を見つけようじゃないか!」


 おー! と右腕を上に伸ばす。もちろんそんなことをしているのは六夏だけ。

 そんなノリで大丈夫なのだろうかと不安になる。


 不安といえば、この探偵事務所の方針も引っかかっていた。

 ここでは一度にいくつも受け持つことはないらしく、依頼を引き受けている間は他の依頼は断るようにしているとのことだった。理由を訊けば、「一度にいくつも引き受けてしまうと、負担になるだろう?」と軽口を叩くような口調が返ってきたので、それ以上は何も言えなかった。そんなことで生計が成り立つのだろうか。


「僕はもう少しの調査を進めるよ。ピョン吉くんもよろしくね」

「はいはい、0時少し前には寝るようにします」


 何だかんだと流され、渉は六夏の手伝いをすることになった。

 六夏から渉に提示した条件は二つ。

 ひとつは見た夢について話すこと。なるべく覚えていることをすべて聞かせてほしいとのことだった。目覚めにメモを取れるようにと、メモ帳とペンまで用意された。

 もうひとつは、就寝と起床時間を依頼人と合わせること。依頼人が夢を見ている間、いつでも見られるようにとのことなのだろう。依頼人にその時間を訊いていたのはそのためだ。

 普段の就寝時間とさほど変わらないので、特に苦になるようなことはなかった。

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