1-7 バクはバクでも

 部屋を出て、簡単に洗顔をすませると、渉はキッチンへと向かった。昨日一通り案内は受けていたので、部屋の場所はほとんど把握していた。

 キッチン内の説明には特に熱が入っていた。料理担当に任命されたからだろう。

 六夏は料理が苦手で、自分しか食べないから簡単なものしか作っていなかったと言っていた。というわりには、調理器具から調味料まで驚くほどの種類が取り揃えられていた。中には渉が見たことのないものまであって、一体どのように使えばいいのだろうかと不思議そうに眺めていた。


「おはよう、ずいぶん早いね」


 朝食を作り終えたタイミングで六夏が起きてくる。寝癖なのか、もともとの癖なのかわからない頭をかきながら、「昨日はよく眠れたかい?」と訊く。


「あなたのバク、ベッドに潜り込んでたんですけど」


 ——おかげで寝覚めは最悪だ。

 そんな苦言は表には出さない。


「おや、佐々木さんに添い寝してもらったのかい? それはよかったねぇ」

「全然よくないですよ。そのせいか……はわからないですけど、変な夢見ましたし」

「変な夢? 内容も気になるけど、その前に……ピョン吉くんはあれかい、バクが悪夢を食べると思っているのかい? 夢を壊すようで申し訳ないけれど——夢だけに——悪夢を食べるバクっていうのは空想上の生き物で、バクはバクでも獏違いだよ?」

「知ってますよ! 見た目が似てるからってことくらい。そもそもバクって一般人が飼えるような動物じゃないですよね? 今や絶滅危惧種になっているような動物がなんでこんなところに」

「もちろん許可はもらってあるよ。バク違いとは言ったけど、実は僕もその勘違いに乗っかってる人間なんだ。ほら、悪夢とバクが関係していると思っている人は少なくないからね。悪夢といえばバク。そしてここは『悪夢専門探偵事務所』。佐々木さんは、看板犬ならぬ看板バクというわけさ」


 だから事務所の入り口のところにカゴを置いて、そこにバクが在中しているのだという。


「さ、そんなことより夢の話を聞かせてくれたまえ。もしかして早速のかな?」

「見た? 何をです?」

「おや、自覚がないタイプかい? じゃあ、説明も兼ねてゆっくり話をするとしよう。その前に、美味しそうな匂いを漂わせているご飯をいただいてもいいかな?」

 言うが早いか、六夏はダイニングの椅子に腰かけた。


「はぁ〜、しみるねぇ」

 味噌汁を啜る六夏がしみじみとこぼす。

 本日の朝食メニューは麦ご飯にきゅうりの浅漬け、鮭の塩焼き、豆腐となめこの味噌汁。特別豪華でもなく、よくある和食メニューだ。

 きゅうりの浅漬けは今朝起きてすぐにつけたもの。鮭は冷蔵庫にあったものを焼いただけ。

 味噌汁も赤味噌、白味噌、合わせ味噌と種々様々取り揃えられている中から白味噌を選び、これまた冷蔵庫にあった材料を適当に選んで、これまた適当な大きさに切って入れただけ。難しいことはしていない。六夏でも作ることができるだろう。

 にもかかわらず、六夏のリアクションはいちいち大袈裟だった。ひとつひとつ味わい、ひとつひとつに感動を示しながら食べ進める六夏に、渉は落ち着かない。


「昨日の夕食もとても美味しかったけど、この朝食も最高に美味しいよ。料理は自分で?」

「祖母に教わりました。和食が好きな人だったので、俺が作るものも和食がメインになってしまうんですけど」

「最高だね。和食好きだし、この味付けも何だかとても懐かしさを感じさせてくれる。とてもいいね」

「そうですか」


 顔を綻ばせる六夏に、照れくささを残しながらも渉はほっと胸を撫で下ろした。


「さて、話を聞いてもいいかな?」

「さっき言ってたことですか?」

「そう、ピョン吉くんが今朝見た夢について聞かせてほしい」

「夢、ですか……」


 仕事の手伝いの一環だろうか。まだ手伝うと決めたわけではないが、一宿一飯の恩もあり、話すだけならと渉は今日見た夢の話を始めた。


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