1-3 どのような悪夢でお困りなのでしょう?

 言われるがまま、渉は急須にお湯を注いでいた。

 何となくこういうときには紅茶かコーヒーを淹れるものかと、真っ先にコーヒー豆もしくは紅茶の茶葉を探したが、どこにも見当たらなかった。茶葉もだが、ティーポットもカップもない。

 結局、一番手近にあった緑茶を淹れることにした。

 茶葉はスーパーで買えるようなものではなく、お茶屋で購入したようなものがいくつも並べられていた。この辺はお茶が名産にもなっているし、祖母もよく淹れてくれていたので、渉にも馴染みがあった。

 紅茶、コーヒーは一つもないが、緑茶は種類も豊富に取り揃えられていた。急須などの道具一式も焼き物のしっかりしたものだ。こだわりがあるのだろうか。


 もとは自分が淹れてもらえるはずだったものを見下ろす。別に飲みたかったわけではないが、しかしどうして自分が他のお宅でお茶を淹れる羽目になっているのかと、渉は首を傾げずにはいられなかった。


 お盆に湯呑みを二つ乗せ部屋に戻ると、六夏とは別に黒いスーツを着た男性が一人、先ほどまで渉が座っていたところに腰かけていた。

 くたびれた背広は、猫背のせいでさらに縮こまって見える。頬は痩け、窪んだ目蓋が痩身の身体をさらに貧相に見せた。


 ちょうど費用についての説明が終わったところのようで、少しの沈黙の隙に男性の目の前にお茶を置き、もう一つの湯呑みを六夏の前に置くと、邪魔はすまいとすぐさま退席を試みた。が、再び六夏が渉を止める。

 一人分スペースが空いているソファを叩く。隣に座れということだろうか。


「彼は僕の助手です。一緒にお話を伺いたいので、同席させてもよろしいですか?」


 依頼人であろう男性が頷く中、渉は動揺を隠せなかった。

 ——助手? 助手って何のことだ?

 状況は全く飲み込めなかったが、とても訊けるような雰囲気ではなかった。

 戸惑いながらも、渉は六夏の隣に腰をおろした。どうすればいいのかわからなかったので、お盆は持ったまま。


「それで、お願いしていたメモは書いてきていただけましたか?」

「はい、ここに……」

「ありがとうございます。では早速お話聞かせてください。どのような悪夢でお困りなのでしょう?」

「はい……あの、その、溺れる夢、なんですが……」

「溺れる夢、ですか」


 六夏は手ぶらのまま、メモを取るような素振りもなく、依頼人の話を聞き始めた。


 悪夢を見るようになったのは一ヶ月くらい前からだという。

 夢の始まりはいつも同じ。

 気づくと、真っ直ぐな道の上に立っている。周りに誰もおらず、建物もなく、ただ一人まっすぐな道をあてもなく歩いている。

 辺りは暗闇に覆われているため、そのせいで何も見えないのかもしれない。それでもまっすぐに伸びている道だけははっきりと見えるのだとか。

 最初はただ歩いているだけなのだという。

 そこに突然、水が溢れるように現れる。全身を覆う水に驚きはするが、その中でも不思議と歩くことができるのだとか。さすが夢の中だと目覚めてからそんなことを思う。

 道を歩く時と同じようにそのまま水の中を歩いて進むのだが、あるところまで来ると必ず足を取られたように転んでしまう。

 そのあとは言葉のとおり一転する。

 そこまで普通に歩けていたことが嘘だったかのように、水の中、奥深く沈んでいく。まるで何かに足を引かれているかのように、どんどんと引きずり込まれる。

 水の中では息ができないということも、そうなって初めて気づく。

 もがけばもがくほど水の中に引き込まれ、なす術なく意識を閉ざしてしまう——

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