宵の試練(2)

「…殴られた」


 "それ"は今まで絶対的な強者であった。殴ることも、蹴ることも、刺すこともいくらでもあったが、殴られたことも、蹴られたこともない。


 "それ"は初めての感覚に心が浮つき、しばらく殴られた箇所をさすっていると、唐突に笑い出した。


「ふふふ。…こんなに痛いんだ。…すごいね。力を制限されてるとはいえ、触れられたことすらなかったのに。…なんで私の攻撃がわかったの?」


「なんでそう嬉しそうなの…予想しただけよ」


「予想…予想でここまで正確に殴れるんだ。見えてもなかったのに」


 シャルロットが殴った場所は顎だ。

 もっとも、"それ"は人の形状をとっているだけで、動く原理も何もかも人類とは違うのでぐらついたりはしなかったが。


(視界が蘇ったのは攻撃を当てたからかしら。もう一度使われたらいよいよ厳しいけれど…)


「…もう【宵闇】は使えない」


(エスパーか何か?)


「そうなのね。…でも、悲しいことに信用できないわ。私の視界も戻ったのだし」


「そっか、残念」


 この残念が本当のことを言ったのに信じられなった残念なのか、シャルロットの【宵闇】への警戒心を鈍らせることができなかったことへの残念なのか本人にしかわからない。


「【アジリティライズ】」


 使わなよりはマシだろうとシャルロットはスキルを使う。

 ここでAGIを上げたのはできるだけ早く決着をつけようとしたからだ。


「…いいね」


 "それ"には嬉しいことだったらしく、微かに見える口に笑みを浮かべて武器を構えた。


(武器はおそらく私と同じダガー、これまでの攻撃的にステータスは全部私より少し高い程度…戦闘技術はさほど変わらない?警戒すべきはスキルね)


 これまでの少しの攻防からそう判断したシャルロットは、次にスキルを使われる前に、と重心を落とし、かなりの速さで"それ"に肉薄する。


 相手の技量の確認という意味も込めて右側から腹部に切り掛かる。


「想像より早い…体の使い方がうまい?」


 その攻撃は空を切り、"それ"の声は後ろから聞こえてきた。


「っ!?」


 シャルロットはすぐさま後ろを振り向くと、首にダガーを突き刺そうとしている"それ"の姿があった。


(まずい、刺され…いや、フェイント?力の向きはどちらかと言うと私の横…)


 先ほどのシャルロットの予想が外れていて、本当は桁外れのステータスを"それ"が持っている可能性と、何かのスキルを既に使われているという二つの説が浮かぶ。それは今の相手の行動で、後者の可能性が高いとシャルロットは判断した。


 シャルロットの背後を一瞬でとれるほどに隔絶したステータスなら先ほどから私の首を狙う必要も、遅いスピードで動く必要もない。

 力を封じられている的な発言も加味している。


(考えられる効果は…瞬間移動?)


 一瞬の思考の最中、真後ろから気配を感じる。しかし目の前の"それ"は存在している。


(幻覚…!)


 数瞬前の"それ"が私の動きを予測して動いた結果がこの幻影なのだと理解した。


「ぐっ…危ないわね」


 理解してもまだ少し遅かったようで、本物の相手のダガーがシャルロットの首を掠め、微かに血が流れる。

 

「…ちょっと、頭良すぎる。なんでわかった?」


「勘よ」


「えぇ…」


 シャルロットのイカれた解答に流石の"それ"も呆れ混じれの反応が出る。


「うーん、しっかり切れたと思ったのに。…【アジリティライズ】」


「そりゃあなたも使うわよね…!」


 そこから始まるのは純粋な格闘戦。


 ダガーを振るい、弾き弾かれ、たまに刺す。

 相手の戦い方はヒットアンドアウェイを主軸にしている。


(おかしい…さっきまでは私の方が技量があったはず)


 シャルロットより高いAGIで周囲を縦横無尽に駆け回り襲いかかってくる"それ"の技術力に、シャルロットは違和感を覚えた。


「慣れてきた」


 だからエスパー?なんてツッコミをすんでのところで抑える。


 慣れてきたとは何になのか。

 おそらくそれは「今のステータス」にだろう。

 先ほどの相手の発言とも照らし合わせてみると、このイベントは自身のステータスによって相手のステータスも変更されるというタイプのものだと推測できる。

 だとすれば、"それ"は急激に下がるステータスにも即座に適応し、すぐに力のコントロールを可能にしたということになる。


(うわ、天才じゃないの…)


 ここからは長引かせれば長引かせるほどシャルロットが不利になる。

 さらに相手の技術が向上し、加えてもう一度スキルを使われる可能性もあるからだ。


(すぐに決めないと。恐らくステータスのタイプは私と同じ。ということはだいぶ紙耐久のはず…)


 当てさえすれば勝ち目はある。

 ただ、技量は同程度でステータスはあちらが高いとなれば、愚直にやり合っても難しい。

 となれば、今のシャルロットの武器は頭だ。


 シャルロットは口元に笑みを浮かべる。

 すると、すぐに表情を引き締める。


「…?」


 "それ"は一瞬怪訝な顔をしたが、気のせいだと思い込んだ。


 そして、これまでの攻防では隙を見てシャルロットからも攻撃していたのを、極端に少なくする。


「…」


 すると"それ"はまたしても不思議に思う。

 シャルロットは頭がいいのは知っている。長引かせればシャルロットが不利になるとわかっているはずなのに、どうして防戦一方のような戦いに切り替えたのか。


 それを考えると、先ほど気のせいだと判断したシャルロットの笑みが頭に浮かぶ。


 もしや時間稼ぎ?なんのため?

 …なにか時間が必要な奥の手がある。


 と、"それ"がそう考えるのは必然だった。


 またもやシャルロットに接近する。

 シャルロット顔に向かってダガーを突き刺そうとするも、弾かれる。

 ここまでヒットアンドアウェイを繰り返してきた"それ"は行動を変えた。

 二撃目に移行したのだ。


「…あ、これ…」


「残念」


 奥の手なんてもちろん存在しない。

 笑顔も時間稼ぎも、奥の手があると勘違いさせるためのブラフ。

 相手が焦って雑に近距離を維持した時、それを狙うのはシャルロットにとって児戯にも等しい。


「楽しかったわ」


 再び攻撃に移ろうとする"それ"の喉に、シャルロットのダガーが突き刺さった。






 

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