宵の試練(3)

「刺さってる…この私に…」


 刺された時の衝撃で"それ"のフードがはずれた。

 そこにいたのは雪のように真っ白な肌に、銀色の髪、灰色の瞳をした可愛らしい少女だった。

 しかし、少しでも目線を下ろせば喉にはダガーが突き刺さっており、かなり異質な光景だ。


「あなたなんで喋れるのよ…」

 

 喉に刃物が刺さっている状態で喋り出す生き物はシャルロットも初めて接するので、驚愕を隠し切れない。


「私、もともと喋ってるわけじゃない。思念を飛ばしてるだけ。口が動くは生きてた時の癖。まあでも、すぐ完全に死ぬはず」


 それを聞いてシャルロットは安堵する。もう戦いに発展はしないだろう。


「生きてた時?…ゴースト系の魔物か何か?」


「魔物じゃない。魂」


「え…現地人って死んでも魂が残るのかしら」


「魂の格が高ければ残る。ほんの一握り」


(魂の格って何よ…ああ、レベルのことかしら)


 要するに、現地人は高いレベルであれば死んでも魂がこの世に残り続けると言うことだろう。


「でも、現世に残るわけじゃない。ここは現世とあの世の境」


「はあ…なんで私がこんなところに」


「あの呪われた森で、大量の命を刈り取ればこれるはず。…あと、なんか目がきもい魔物倒してもこれる」


 シャルロットは考える。呪われた森とは?自分がここに来ていることからセイレスの北の森のことだろう。つまりセイレスの森で魔物か何かを大量に殺すこと、それがこのイベントの発生条件というわけだ。

 目がきもい魔物というのは…まあ何か特殊な魔物もキーになるのだろう。アバウトすぎてよくわからないが。


「この空間にはあなたしかいないって言ってたけれど、魂が残る条件はそれほど厳しいのかしら?」


「ん、正確には私だけじゃない。魂同士はお互いの姿を視認できない、それだけ。あと、たぶん現世の人も一つの魂しか見れない」


 後半が「たぶん」と少しあやふやだったのは確定しているわけではないからだろう。

 

「あ、そろそろ消えそう」


 なんでもないことのように"それ"が言う。


「待ちなさい。最後、あなたの生きていた頃の名前は?」


 シャルロットには初めてのことであった。死力を尽くしての戦いを心の底から『楽しい』と思えたのは。

 そんな楽しさをくれた相手を、シャルロットは尊敬し、覚えておきたいと考えた。


「…アイシス。姓はない。人は私を【宵闇】と呼んだ」


 少しずつアイシスの体が薄れていく。


「アイシス、アイシスね。覚えておくわ」


「うん。…ありがとう。これでやっと——」


 もうほとんど目に見えない体から、確かに伝わってきた。



——やっと、死ねる。



 「…さようなら」






 *




 気づくと、北の森にいた。


「やっと死ねる…ね。アイシスはどれだけ独りであそこにいたのかしら」


 既に答えを失った問いをシャルロットは自身に投げかける。


《エクストラクエスト【宵の試練】を達成しました》


 突如、シャルロットの頭の中にアナウンスが流れた。


「エクストラクエスト?聞いたことないのだけど」


 それはβテスト時の情報にはなかった種類のクエストだった。


《ワールドアナウンスが流れます。プレイヤーネームを公開しますか?》


「は?」


 その時、別のアナウンスが流れる。


《エクストラクエスト【暁の試練】がクリアされました。これにより、クエスト達成者[リシア]が【暁天】へと成りました》


「ちょ、リシア?」


 シャルロットが推測するに、リシアもシャルロットと同じタイミングで特殊クエストが発生、またしてもほとんど同じタイミングでクエストをクリアし、アナウンスでプレイヤーネームを公開したのだろう。


 正直なところ、プレイヤーネームを公開するのは賢いとは言えない。

 名前を知られる機会があればクエストの情報を開示しろと迫られるだろうし、しかも自分はそれに対する明確な答えを大まかにしか知らない。適当に言うなだのなんだのと、妬みから面倒なやっかみを受けるのは目に見えている。


 しかし、リシアがプレイヤーネームを公開してしまった。

 どうせこれからも一緒にプレイし続けるのだし、リシアだけが注目され続けるというのもリシアに悪い。

 そう考えると、自ずと回答が決まった。


「公開するわよ、もう」


《エクストラクエスト【宵の試練】がクリアされました、これにより、クエスト達成者[シャルロット]が【宵闇】へと成りました》


《[シャルロット]の職業、武器LVが上昇しました》

《[リシア]の職業、武器LVが上昇しました》


「…とりあけず、ステータスでも見ましょうか。称号でも貰えたのかしら」



[ステータス]

名称:シャルロット

種族:宵闇(精霊)〈1/100〉

職業:暗器使い〈19/30〉

武器:ダガー〈19/100〉

HP:200/200

MP:400/400(+200)

STR:20

VIT:20

DEX:40(+20)

AGI:220(+80+20+100)

INT:80(+60)

種族スキル:【宵闇(1/3)】

職業スキル:【気配縮小】

武器スキル:【アジリティライズ(1/3)】

武器:【鉄のダガー】

称号:【宵闇】



「…うん。今日はもう寝ましょ」


 時刻は現実基準で3時過ぎ。シャルロットは全てを放棄して寝ることにしたのだった。






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