デート(1)

 その後、二人は素材を売ってセイリスとその周辺の大まかな地図を購入し、外に出て来た。


「んー、次はどうしよっか」


「そうね…今何時かしら」


 時間を確認しようと、シャルロットがメニュー画面を眼前表示させる。


 半透明のパネルには、ゲームの利用規約、操作設定、音量設定、プレイヤーIDにフレンド欄、それと現在時刻が表示されている。


「今は…午後7時ね」


「あれ、まだ全然明るいね。というか、もうだいぶ動いたような感覚が…って、そうか」


「思い出したかしら?ゲーム内では現実の倍で時間が進むわよ」


 このゲームにログインしたのがだいたい午後2時ごろ。

 しかし、二人としてはすでに10時間ほど動いている感覚だ。

 だがそれは正しい。

 このゲーム内は現実世界の0時を基準に、倍の速度で時間がすぎているのだ。


 社会人のように、どう頑張っても夜にしかログインできないプレイヤーが出てくるのを防ぐためだと言われている。


 二人は実家暮らしで、家の夕飯も比較的遅めであるためまだ1時間以上、ゲーム内時間にして2時間以上は遊ぶ時間があるわけだ。


「そうだったね、じゃあまだ時間あるわけだ。…デートする?」


「へっ?…で、デート!?」


「いやそんなに驚かなくても…セイリスの中ぶらついてみようよ」


「デート…でーと…」


 シャルロットがぶつぶつ繰り返してデートと呟いている。


 他人から見れば普段からずっと一緒にいるくせに何をそんなに気にしているのかと思われるだろうが、シャルロットとしてはデートだなんだとは考えていない。

 そのため、いざデートをしようと言われた途端にこの慌てようである。


「あの、聞いてます?」


「えっ、ええ聞いてるわ!デートしましょ!」


 シャルロットはリシアからの問いかけに悔い気味に返事をして、リシアの手を掴み歩き出す。


「わ、乗り気だ。いいね行こ!」


 そんな珍しくテンションの高いシャルロットの雰囲気に当てられ、リシアは笑顔を浮かべてついていく。


 二人は当てもなく歩き出した。




「にしても本当にすごいわよね。他のVRのファンタジー系のゲームもいくつかしたことあるけど、中まで入れる店はいくつかの巨大な施設だけだったわよ」


「うん?なんで作られてるのに中に入れないの?」


 ゲーム関連の知識が乏しいリシアは疑問を口にする。


「たぶん外からの見た目だけしか作られてないのよ。形は存在しないから入れないようになってたんだと思うわ」


「あーそういう…」


「まあ手抜きってわけではないと思うけれどね。VRのデバイス性能的に厳しいのもあるでしょうし。そこからしてもNWOがおかしいくらい優れているのがわかるわね」


 今二人はアクセサリーショップの中にいる。


 アメジストはルビーなど、現実にも存在する宝石類から、ミスリルなどのファンタジーな鉱物のアクセサリーなんかもあり、見ているだけで割と楽しい。


「…たっか」


 シャルロットは思わず口調が変わってしまうほどの金額に口を引き攣らせる。


 先ほど素材を売って、二人で約3万ゴールド思ったより多くの金を手に入れたはずなのに、まともな品の値段を見てみると最低でも桁が1つほど足りない。


「ねえねえ、これシャルちゃんによく似合いそうじゃない?」


 リシアがそう言って1組のピアスを指差す。


「そうかしら」


「うん!シャルちゃんは肌黒めだし、髪の色とも近いから絶対合うよ!デザインも大人っぽいし」


 そのイヤリングは【月長石のピアス】という名前がついていた。


「月長石…確か、ムーンストーンの和名だったかしら。もうよく覚えてないけれど、小さい頃に鉱物図鑑で見たような気がするわ」


 銀色の短めのチェーンに繋がった楕円体の月長石は、曲面が青白く光を反射していて、いかにも宝石らしい見た目をしている。

 月長石の底の部分には精巧な銀での装飾がされていて、職人の技量を感じさせる。


「お?なんだお前ら、珍し客か?」


 ピアスをじっくり観察していると、何やら粗い言葉遣いの男が話しかけてきた。


「逆かって…もしかしてお店の方ですか?」


 そこまで大きいわけではない装飾品店ということで、てっきり女性がやっている店なのだろうと思っていたリシアが"もしかして"と枕詞をつけて尋ねる。


「ああ、この店は俺一人でやってるぞ。意外だろう」


 男は体つきもなかなか精悍で、スキンヘッドにサングラスをつけた蛮族にしか見えない装いなものだから、流石にリシアも本音が漏れてしまう。


「ああいえそんな…ちょっとしか」


「がはは!正直なのは嫌いじゃねーぞ。で、そのピアスが気になってんのか?…って、嬢ちゃんダークエルフか!」


「ええ、そうよ」


「そりゃあ珍しいな!久しぶりに見たぞ」


「ああ、私は異邦人だから純粋なダークエルフってわけじゃないわよ?」


 そう言葉を差し込むと、男は眉を顰めた。


「あ?異邦人だぁ?…おお、そういえばちっと前に創造神様からお告げがあったとか噂で聞いたような気がすんな。いやわりい、ここ最近店から出てねえもんでうっかりしてたわ」


「いえ、別に困りはしないし構わないわよ」


「その肌に髪色ならたしかに月長石のピアスは似合うだろうなあ。人間の嬢ちゃんもいいセンスしてる」


「買うわけじゃないけれどね。なんせお金ないのよ」


 月長石のピアスも、値札を見ると15万ゴールドと記されている。


 現実であればこのくらいのものであっても5万はせず買えそうなものだが、この世界では希少なものの物価が高いのだろう。おそらく輸送上の観点から。


「あの、おじさん」


「あん?どうした」


「もしできればなんですけど…私がお金を貯めるまで取り置きしててもらえないですか?」


「おう、いいぞ。ただし、取り置きの期間は1ヶ月間だけだがな」


「大丈夫です!ありがとうございます」


 リシアがそう提案した。


「え?リシアこれ買うつもりなの?」


「うん。せっかくだからプレゼントしてあげたいなって思って」


 シャルロットは、心のうちから喜びの波が浮かび上がってくる感覚を感じる。


「嬉しい…けど、私だけ買ってもらうのも気が引けるし、私も何かプレゼントしてあげたいわね」


「わざわざ買ってくれなくても大丈夫だよ?私がつけて欲しいから買うだけだし…」


「じゃあ、私も私が買ったのをつけて欲しいから買うのよ」


「…ふふ、そっか。ありがとね!」


「せっかくなら似たようなのにしたらどうだ。月長石のピアスと同じ製作者の、宝石だけ違うシリーズがいくつかあるぞ」


「そうなの?じゃあ見せて欲しいわ」


「持ってくるから待ってろ」








 最終的にシャルロットは、髪の亜麻色の補色的な関係からかなり似合っていた【蒼玉のピアス】…聞き馴染みのある名前で言うと、サファイアのピアスを買うことに決め、取り置きしてもらうのだった。










 

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