東の草原(2)


 話は少し変わるが、紗良の父親は警察官である。

 それも警備部の特殊部隊である、特殊急襲部隊の班長だ。


 ハイジャックや重要施設の占拠など、重大なテロ事件の鎮圧などを目的としたこの部隊では、それ相応の戦闘技能が求められる。


 紗良が幼い頃からずっとこの職についていた父親は、紗良がもしも不審者に襲われた時対処できるように、小学生時代の紗良に護身術を教えていた。


 そこで、紗良は驚異的な才能を示し、数年の訓練で、それは護身術と言うよりは最早戦闘技能へとなっていた。


 紗良の異常性は"目の良さ"にある。


 動体視力が普通の人では考えられないほど発達していて、特殊急襲部隊班長である父親との模擬戦闘では数回勝利を収めたほどだ。


 もちろん模擬戦だからであり、実際の戦闘であればそうはいかないだろうが。


 しかしまあ、紗良は才能があったとしても普通の女の子であった。

 数年続けたがやがてそれにも飽きがきて、護身には十分だと判断して辞めた。

 父親は少し勿体なさそうにはしていたが、現実世界でそれほどの戦闘技術なんて使わない。


 勉強していた方がマシである。


 だが、それはこのNWOの世界では大いに役に立つ。


 もっとも、小学校高学年以来訓練なんてしていないので、この狩りの間に体の動かし方を早く取り戻そうとしているのだ。


「シャルちゃん。また魔物だよ、狼かな?」


 ホーンラビットに続いて現れたのは狼の魔物だった。数は割と多く、5匹。


「ええ、あれはウルフだったかしら」


「まんまじゃん」


 リシアが魔物の名前にツッコミを入れる。


「しょうがないわよ。他に言うところもなかったでしょうし」


「確かに」


「どうしよっか。流石に決めてた作戦通り私がヘイト買う?」


「うーん…早いとこ慣れたいし、今回は私が一人でやってもいいかしら」


 シャルロットのその口ぶりからは、一人でもどうにでもなるという自信が感じられる。


「わかった。危なそうだったら私も入るね」


「ええ、その時はお願い」


 鞘からナイフを取り出し、逆手に握る。


 リシアは少し後ろに下がり、シャルロットは狼の方向に駆け出した。


 1匹の狼が先頭を張って前に出て来る。


 狼の体長は、四足歩行なのでだいたい1メートルほど。


 直線的に突っ込んでくる狼を前傾姿勢で飛んで躱し、頭の部分の毛を手で掴む。


 遠心力が生まれ、つま先で円を描くように回転し狼の背中に腰を下ろすと、頸動脈をダガーで切り裂いた。


「グルァ!?」


 このゲームのリアリティはHPの減り方にも現れる。


 実際の人間でも急所になる部分のダメージは大きくなるし、出血量が多ければそれでもダメージを受ける。


 シャルロットの攻撃力では体をダガーで切り裂いて一撃で倒すなんてことはできないが、頸動脈を切り裂けば流石に大ダメージだ。


 だがそれでも一撃では倒せない。

 シャルロットはすかさず頸静脈にも刃をなぞらせた。


「流石に死ぬでしょう」


 そう判断したシャルロットはウルフから飛び降り、他のウルフを見渡す。


「グルルル…」


 4匹のウルフは半円状に広がっており、先ほどまでとは違い、明らかにシャルロットを警戒していた。


「ふむ?さっきのがこの群れの長だったとかかしら?」


 その状況を冷静に分析したシャルロットは、まあ敵が怯えるのに越したことはないと再び行動を開始する。


 俊敏さを生かして一番右のウルフと一つ左のウルフの間に入るように移動し、左側のウルフに襲いかかる。


 そのウルフはシャルロットの首に向かって口を開いて近づくが、それをシャルロットは頭を下げて回避する。


「お父さんのナイフのほうが速いわね」


 ウルフの隙を見逃さず、素早く首の左右を切り裂く。


 ドサっと体が倒れると、元々右側にいたウルフが後ろから飛びかかってきた。


「飛びかかってどう攻撃するつもり?」


 所詮狼の知能か、と少しつまらなく思いながらも飛びかかって来るウルフと地面との間に入り込む。


「そいやっ!」


 長い爪に注意して前足の付け根を片手で掴むと、前方、つまり元々左から2匹目のウルフに向かって投げ飛ばした。


 もちろんシャルロットにはウルフを持ち上げられるほどのSTRはない。しかし、これは力のベクトルを変え、そこに自分の力を追加しただけだ。

 動体視力に加え、技術が必要なことに違いはないが、STRが少なくとも可能である。


「「グァッ!?」」


 間抜けな声を出して2匹のウルフが地面に倒れる。


「立ち上がるのが遅いわねえ」


 すぐさま近づいて、喉の奥までダガーを突き刺し、切り裂きながら取り出す。


 喉を開く形で首を切られたウルフは、一撃で絶命した。


 その死骸の下敷きになって身動きが取れないウルフの首にも同じことをして殺害する。


「さて、最後ね」


 残り1匹のウルフに体を向けた途端、最後のエルフは尻尾を見せながら全力疾走で逃げ出した。


「えぇ…根性なし」


 シャルロットはそう呟くが、魔物も生きているので仕方がないだろう。


《[シャルロット]の種族、職業、武器LVが上昇しました》

《[リシア]の種族、職業、武器LVが上昇しました》


 頭の中にアナウンスが響く。戦闘が終了したようだ。


「いや、やっぱりすごいね!お疲れ様」


 リシアは満面の笑みでシャルロットを労う。


「でもまだ感覚が戻らないわね…ま、リシアも退屈でしょうし、次から二人で狩りましょうか」


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