東の草原(1)

 人間種の初期リスポーン地点の街は[セイリス]という。

 セイリスの周囲は、北が強大な森、西東南には広大な草原が広がっていて、北以外は他の街に繋がっている。


 北の森の魔物は他と比べてかなり強いが、草原の魔物はほとんど変わらない。


 出てくる魔物もウルフ系やラビット系にスライム、たまにゴブリンとそれほど物騒ではない。

 まあゲームだから言えることではあるのだ。


 現在シャルロットとリシアの二人は、東の草原へと来ていた。


 春のような暖かい風が草木を揺らし、自然を感じるシャープでクリアな香りが鼻腔をくすぐる。

 青々とした空はどこまでも広く、この世界の広大さを直に感じる。


「シャルちゃんすごいね〜!こんな草原日本じゃなかなかないよ」


 二人は都会とまではいかないもののそれなりに栄えた街に住んでいるため、自然に直接触れる機会はなかなかない。


 風が髪を靡かせる感覚も、地面を踏み締める感覚も、全ての感覚が現実と相違なく脳に伝わってくる。


「そうねえ。横になったら気持ちよくて寝てしまいそう」


「はは!魔物もいるし危ないんじゃないかなあ」


「ふふふ、言ってみただけよ」


 雄大な自然に心を穏やかにする二人だったが、視界の隅に二匹の角が生えたウサギが二人に向かって走って来るのが映る。


「あれは…ホーンラビットね」


 シャルロットが見ただけでウサギ型の魔物の名前を分かったのは、βテスト時代に存在した情報系のクランのウェブサイトに大量の魔物の情報があるからだ。


 セイリス周辺の街までに出て来る魔物は、名前から攻略法まで全てそのサイトに記載されている。


「見たところそんな強い魔物でもなさそうだし、一匹づつ対応しよう」


「わかったわ」


 シャルロットは走って来る左側のホーンラビットに意識を向ける。


 おそらく時速30キロくらいは出ているだろう。普通のウサギに比べると巨大なので、若干速度は劣っているものの十分に早い。


 すぐにホーンラビットはシャルロットの目の前まで移動し、腹部目掛けて角を突き刺そうと飛びかかって来る。


 それをシャルロットは難なく避けた。


「あら?だいぶ遅く感じるわね。走ってきている時はもっと早く感じたのだけれど…AGIのおかげかしら」


 自分が早いせいで相手の動きが早く見えるなんてのは、ファンタジー系の物語でたまに見かける。それと同じようなものだろうかとシャルロットが自己完結したところで、もう一度ホーンラビットが飛びかかって来る。


「芸がないわね」


 それもシャルロットは避け、すぐさま腰のダガーに手を掛ける。


 狙うのはホーンラビットが地面に着地したその瞬間の硬直。


「…うわぁ、刺す時だいぶ生々しいわね…このリアリティはあまり求めていなかったわ」


 そこまで固くなかった皮膚にダガーはしっかりと突き刺さったのだが、あまりに感覚にリアリティがありすぎて、少し気分が悪くなる。


 そして、ホーンラビットの死骸がポリゴンになって消滅した。


 このゲームは戦闘終了を管理AIが判断するまで、魔物の死骸がエリアに残り続ける。

 つまり、リシアは既に戦闘を終えているということだ。


「終わったね。シャルちゃんお見事!」


「観戦するほどすぐ終わったのね。さすが剣道四段だわ」


「へへ、それほどでもないよ〜。こういうのってドロップアイテムとかないの?」


「あるわよ。通知は来ないけれど、所持品の欄には表示されてるはず…うん、あるわね」


 所持品の欄にはホーンラビットの毛皮と角が表示されている。


「あっほんとだ」


 リシアも確認したらしい。


「ああそうだ、これは街中でやっておくべきだったけれど、パーティを結成しておきましょう」


「おお、パーティ!それは何が変わるの?」


 リシアに対し、シャルロットは説明を始める。


「視界の隅の方に自分のHPバーがあるのは気づいてるわよね?」


「うん」


「パーティを組むと、パーティメンバーのHPバーも見られようになるわ」


「なるほどなるほど。それだけ?」


「いいえ。あとこれが一番大事なのだけれど、経験値が均等に分配されるようになるの。パーティを組んでいなければ、その戦闘での活躍に応じての配分になるけれど、活躍の度合いに関わらず均等になるわ」


「それは便利だね!シャルちゃんと考えてた作戦だと、私の方が多く経験値が入ることになりそうだし…」


 二人が考えていた作戦というのはシンプルなもので、リシアがヘイトを買って、シャルロットが生まれた隙をつく、そういうものだ。


 リシアのすることはヘイトを買うだけでなく攻撃もあるため、2対多の状況になればどうしてもヘイトを買ってリシアの負担が大きくなり、シャルロットの成長が遅れてしまう可能性がある。それを防ぐのにパーティ機能はうってつけだった。


「そういうことね。じゃあまず、フレンドになりましょうか」


 シャルロットが、表示させたパネルを操作してリシアにフレンド申請を送る。


「わ!なんか来た。これをOKすればいいんだよね」


 リシアはフレンド申請を受け入れた。


「よし、ちゃんとフレンドになれたわね。それじゃあパーティを…」


 シャルロットは再び手元のパネルを操作する。


《[シャルロット]と[リシア]のパーティが結成されました》


 アナウンスが二人の頭の中に響く。


「おお、わかりやすいわね」


「じゃあ狩りを続けよっか!シャルちゃんの感覚も取り戻さないとだしね!」


「ええ。頑張りましょう」



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