事前準備
「そういえば、NWOの当選通知ってもう配達されてる頃かしら」
大学二年生の夏休み。
大学生活には慣れ、特段すべきことがあるわけでもないこの季節、松浦紗良と桐島(きりしま)茜(あかね)は「当たればいいな」くらいの気持ちでNWOのソフト購入券を応募していた。
ダウンロード版があれば良かったのだが、VR機器自体は新型のものができているわけではなく、ソフトのカセットに色々な工夫がされているらしいのだ。
「紗良ちゃん、さすがに当選してないんじゃない?50倍とかじゃなかったっけ倍率」
この50倍という倍率は流石に紗良も茜も予想外で、せいぜい10倍程度と予想していた。
「まあ、見るだけ見てみるわよ。ちょっとポスト見てくるから」
そう言って紗良は部屋から出て行った。
紗良と茜は家が隣同士の所謂幼馴染というやつで、しかも幼稚園から大学まで同じという筋金入り。
休みの日にお互いの家に入り浸るほどには仲が良く、この日は茜が紗良の家に遊びに来ていた。
「うーん、もし私か紗良ちゃんのどっちかだけ当選してても嫌だなあ」
茜がそんなもしもの未来を憂いていると、玄関からドタバタから音がしてくる。
紗良が慌て動いているのだろう。
バタン!と激しくリビングの扉を開け、喜色を全面に押し出して言う。
「茜!NWO、私も茜も当たってたわよ!」
驚くべきことに、二人とも当選していたらしい。
「えええ!それすごくない?…っていうかなんで私の結果も知ってるの?」
当然どれだけ仲が良かったところで郵便等はそれぞれの家に配達されるので、紗良が茜の結果を知っているのは不自然だ。
「え、そりゃあ勝手に茜の家のポスト見たからよ」
一切悪びれることのない顔でそう告げられ、茜はもはや叱る気も失せる。
「そ、そっかぁ…いやにしても、一緒にゲームできて良かったね!」
このゲームの抽選に応募しようと誘ったのは紗良だ。
幼いころから紗良はゲームをよくしているのだが、茜は習っている剣道一辺倒だったため、なかなか一緒にすることはなかった。
それが、最近茜がようやく試験資格を得たということで、四段試験に挑戦し一発で合格したのだが、今までほとんど休むことなく剣道を続けていたので、しばらくは基礎練習だけにとどめて纏った休みを取ろうと言うのだ。
紗良は茜をゲームに誘ういい機会であった。茜とゲームができるなら例えスマホゲームでも良い紗良なのだが、どうせなら最近話題のゲームをということで応募したのだ。
つまり、紗良は最高の形で念願が叶ったわけで…
(やった、やったわ!ようやく茜とゲームできるのね…!)
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ紗良。
茜もそれを見て、そんなに私とゲームがしたかったのかなと少し嬉しくなる。
「茜、このゲームは一週間後に正式サービス開始よ、それまでにプレイスタイルは固めておいた方がいいでしょうね」
「プレイスタイル?えーっと、あんまりよくわかんないから紗良ちゃんにも手伝ってもらっていいかな」
茜はゲーム経験がゼロレベルでないので、ふわっとしてことは分かっても細かいところまでは理解していない。
「ええ、もちろんよ。まず茜はNWOがどんなゲームか知ってるかしら?」
「それくらいなら。ファンタジー系のオンラインのRPGで、すっごいリアリティがあるんだよね」
「その通り。NWOはリアリティが売りね」
『新しい現実を』というコンセプトを掲げているだけあって、そのリアリティは凄まじいらしい。
βテスター達の「草の匂いがする」「音の速さまでプログラムされてる」「動く時の違和感が一切ない」等の感想を聞く限り、確かにこのゲームは現実と遜色がないのだろう。
「次に基本的なキャラの設定についてね」
「お願いします紗良先生」
普段であれば揶揄われていると顔を顰めるであろう紗良だが、テンションが上がっていてむしろ嬉しいらしい。かけてない眼鏡をくいっと整える仕草をして説明を再開する。
「まずは、種族。例えば人間とか、エルフとか、ドワーフとか、そういったものね」
「なるほど。見た目以外に何が変わるの?」
「ステータスに関わってくるわ。例えば人間だったら器用貧乏だったり、ドワーフだったら今日だったりね」
「ほうほう。何がしたいかで種族を選ぶのがいいってことだね」
「そうね。このゲームは理由があって初期設定で選べるものだけでも種族がかなり多いから、ホームページなんかで確認しておくといいわ」
「ふむふむ」
βテストの時点で出回ってはいるが、正式サービス前に公式から初期の種族が発表されているので、どうせなら確実な情報で考えるべきだろうというのが紗良の考えだ。
「それと、職業ね。これは例えば剣士とか、魔法使いとかそういうのよ」
「これは、武器と…種族と同じでステータスにも影響が出たり?」
「あらよく分かったわね。正解よ。これは種族よりも多いから、やっぱりある程度目星はつけとくのがいいわね」
「りょーかいです!」
紗良はひと段落説明を終えると、一旦机の上にあるお茶を胃に流し込む。
冷房が効いているとはいえ夏真っ盛りなので、水分補給は必須だ。
「それじゃあ、次はNWOの少し特殊なところについて教えるわね」
「はーい」
「まず、このゲームにはプレイヤーのレベルが3つあるの。他のゲームにも、種族のレベルと職業のレベルで2つレベルがあるゲームはあるけれど、それに加えて武器レベルと言うのがあるわ」
「えっと、まず種族のレベルとかからわからないかも」
「これはゲームによっても違ってくるから確実にとは言えないのだけど…このゲームでは種族レベルをあげるとおそらく種族が進化するのでしょうね。あとこれは確実なのだけれど、種族レベルが10上がるごとに種族に適したスキルが手に入るわ」
「種族が進化…?」
「うーん、これもゲームによって違うけれど、まあパワーアップするくらいの認識があれば大丈夫よ。スキルはわかるかしら」
「それくらいなら」
「わかったわ。それで、職業スキルね。こっちは初期職業のカンストレベルが割と低かったからβテスト時点で分かっているのだけど、レベルマックスになったら職業がランクアップするわ。あと10レベル刻みでスキルを獲得したりスキルが強くなったりするそうよ」
「ふむふむ。それで武器レベルっていうのは?」
「これね。まあそうややこしいものでもなくて、レベルが上がると武器の扱いの補正が強くなっていって、スキルを獲得したりスキルが強くなったりするくらいのものね」
「補正ってどんな感じなのかな」
剣道をずっとやってきた茜は、自分の動きが他のものに変えられてしまうとなるとそれには少し苦手意識を覚えてしまう。
「なんとなく体の動かし方がわかるような感覚になるそうよ。たぶん、体が動かされる様なタイプではないでしょうから安心していいわよ」
紗良はコミュニケーションが苦手だが、物心ついたときから幼馴染の茜のことは流石に想像がつく。
なので、茜の懸念もしっかりと拭ってやる。
「それでこれが最後ね。このゲームにはSPが存在しないわ」
「SPって何?」
茜はいくらゲーム経験がゼロとはいえ、今までの話に出てきた概念はなんとなく知ってはいたのだが、SPともなると聞いたことすらない。
「スキルポイントとか、ステータスポイントとか言われるポイントね。ステータスに振り分けて能力値を伸ばしたり、消費することでスキルを獲得したりできるのよ」
「それがないってことは、どうやってステータスが上昇するの?」
「βテスターによれば、種族レベルの上昇に伴ってステータスも上がるらしいわね」
「でも、それじゃあみんなのステータスに差がつかないんじゃない?」
地頭がいい茜は、すぐに話の内容を理解し核心に迫る質問をした。
「そこが上手なところでね、種族と職業、それから武器防具のステータスへの影響がかなり大きいらしいわ」
「なるほど…じゃあスキルは、3つのレベル上昇以外では得られないってことなの?」
「今のところはね。ただ、私はイベントの景品とか、称号とかで何かしら獲得する機会はあると思っているけれど」
「ふむふむ。にしても、なんでSPを取り入れなかったんだろうね」
「そうねえ。私はゲーム制作に関わってるわけではないけれど、たぶんプレイヤーごとに明確な役割を持たせたかったんでしょうね。みんながみんな一人で十分になれば、プレイヤー同士の交流は少なくなるだろうし、それではコンテンツの衰退が近づくばかりよ」
「おお、言われてみると確かに…紗良ちゃんすごいねぇ〜」
感心した茜は思わず手を伸ばして紗良の頭を撫でる。
「えへへ、そうかしら」
(紗良ちゃんのこんな姿、大学の知り合いは想像もできないだろうなあ)
茜はそんな優越感に浸りながら、紗良との作戦会議に戻った。
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