第2話 クズの頂上決戦
私立
首都圏の政令指定都市に在りながら、その名のとおり広大な林に囲まれた俺たちの通う学園。
敷地内には新旧校舎にクラブ棟、体育館に屋内プール、果ては図書館からグラウンドまで贅沢に設えているが、森林が敷地面積の三分の二を占めている。
まるで森の監獄のような学園だったが、私立では県内で1、2を争う偏差値を誇っており、少子化の煽りを受けて尚、毎年の受験倍率は高止まりの様相だった。
明治時代から優に100年は超える歴史を誇り、奉仕・静謐・学識を尊重する校風からか、教師も生徒も一様に真面目で意識高い系のヤツらが多い。
そんな学園にあって、俺のような人間は異分子でしかない。
いつも遅刻ギリギリで登校している俺が、クラス委員長と2人で教室入りを果たしとあったら、一体どんな噂をされることか。
尾ひれに背びれが付くどころではな済まないだろう。
――ということで、俺は屋上へ行く事にした。
屋上は基本的には解放されていて、昼休みにランチを楽しむ生徒も多い。
この学園の生徒は良い子ちゃんばかりだから、屋上でボールを遊びをしたりスケボをしたりと言ったマナーと頭の悪い行動はしない。
そうやって生徒を信頼しているからこそ屋上も解放されているのだが、さすがにこんな朝早くから来るヤツはいないだろう。
屋上は日当たりが良くかつ風が涼しく、眼下には学園を支配する森林が悠然と拝められる。
朝限定の隠れたスポットだった。
俺は扉から屋上の端にあるフェンスに向かって歩いて行こうとして、足を止めた。
「……よう、こんな朝から出勤とは珍しいねぇ」
「……
この清らかな朝の学園で、最も汚れた人物に出会ってしまった。
白髪交じりのボサボサ頭に無精髭。
薬品の染みついた白衣と、ヨレヨレのワイシャツにズボン。
目は常に座っていて、他人をねっとりと嘗め回すような口調に、俺は反吐が出そうになる。
コイツの名前は時枝
1年の化学担当の教師であり、俺とも浅からぬ因縁がある。
俺たち2年の担当じゃないのがせめてもの救いだ。
「『時枝先生』だろ? ったく、シツケが成ってねえなあ。親の顔が見てみたい――おっとっと、いけねぇいけねぇ。お前はもう親がいないんだったなぁ?」
どの口が言うのか。
「単なる暇つぶしだ。そっちこそ、朝からこんな所で――」
と言いかけて、ヤツの右手から仄かに煙が上がっているのが見えた。
「――ここは喫煙禁止区域だと思うんですがね、時枝センセイ?」
「まぁ、そう堅い事言うなよ。ここ場所から登校してくる生徒共を見下ろすのが、俺の数少ない愉しみなんだ」
俺がクズの生徒代表だとしたら、コイツはクズの教師代表だ。
いや、コイツだったら学園代表のクズにだってなれるかもしれない。
それくらい、この時枝という教師はこの学園に相応しくなかった。
1秒だってコイツと同じ場所で空気を吸いたくない。
俺が黙って踵を返そうとすると、背後から呼びかけられた。
「待て、
静馬――というのは俺の父方の姓だった。
「何だよ。ヤニのことなら別にチクりゃしねえぞ」
お前がこの学園から確実に消えるなら話は別だがな、と心の中で付け加えておく。
俺の心中を察してか、時枝は漫画に出てくる殺人鬼みてーに口の右端をいやらしく上げる。
これが生徒を導く教師で、かつ1年の生徒指導委員だってんだから、世も末だ。
「今日の放課後、生徒会からお前に呼び出したがある」
「……はぁ?」
生徒会?
この学園の生徒会と言えば、禮華みたいな真面目生徒のトップオブトップの集団。
俺みたいな人間なんかとは、全身スキャンしたって接点が見当たらないハズだ。
いや、トップにいるからこそ底辺が目に余る――そういうこともあるのかもしれない。
「生徒会が俺に何の用なんだ?」
時枝はタバコを一口吸うと、俺に煙を吐きかけるようにしてこう言った。
「それは呼び出されてからのお楽しみだぁ」
人を殴っても咎められない法律があったら、俺はコイツの顔面をぶん殴っている自信がある。
そう確信できるほど、下卑た笑みだった。
「まぁ、せいぜい放課後を楽しみにしておくんだな」
時枝は携帯用灰皿を取り出してタバコを始末すると、手をヒラヒラさせながら屋上を後にした。
……ちっ。
今朝は禮華と言い時枝と言い、面倒な連中にばかり遭遇するな。
ったく、早起きは三文の徳なんて大嘘だ、ロクなことがない。
俺は時間を潰すべく、フェンス越しに景色を眺めていた。
正面には正門があり、生徒たちが続々と登校し始めていた。
俺の右手、西側にはカフェテリアと図書館、そしてクラブ棟が見える。
ここからでは見えないが、図書館の北側には体育の時間以外では全く用のない室内プールがあった。
一方、俺の左手、東側にはグラウンド、同じくここからでは見えないがその北側に体育館がある。
そしてそれら施設を覆い囲むように学園と外界とを遮断する天然樹林たち。
風に吹かれて木々が揺れる。
その度に小鳥たちの囀りが俺の耳を駆け抜けていく。
「ふぅ……」
時枝じゃないが、こんな所にいたらヤニが吸いたくなってくるな。
だが、俺はもうやらないと決めたのだ。
あの日、ここであの人――先輩に出会ってから……
……やめだ、やめ。
そういうおセンチに浸るのは俺のガラじゃあない。
しかし、暇なものは暇である。
特にやることもなかったので、登校してくる生徒たちをぼーっと眺めていた。
普段は俺のことを煙たがる彼らも、ここからではアリが行進しているようにしか見えない。
…………
はっはっは! 見ろ、人がゴミのようだ!!!
……
…………
…………アホくさ。
俺はスマホで時間を確認する。
ホームルームが始まるまで、まだ少し時間があった。
ま、のんびり行けばいいだろう。
大きく伸びをしてから、屋上を後にした。
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