第1章 強襲! 開幕篇
第1話 完全無欠の幼馴染とクズい俺
ピピピピピピ……
目覚まし時計の音で目が覚める。
俺は重たい瞼を開けながら、耳障りな目覚ましを止めた。
「ふあぁぁぁ……」
あくびを半分噛み殺しながら、布団から這い出る。
夏休みが終わり、新学期が始まってからもう一ヶ月。
さすがに休みボケなんて言えない時期だったが、いかんせん俺の身体は鉛の様に重く、制服への着替えも覚束ない。
3年間の学園生活も今日で折り返しを迎えていたが、未だに朝起きるのはつらい。
きっと、俺には学園生活は向いてないに違いない。
決して大きいとは言えない一軒家に、しかし1人住まいの俺は、誰を説得するわけでもなく、言い訳じみたことを考えながら制服に着替え終えてから、ハタと気付いた。
……今日から冬服じゃないか。
くそぅ、面倒だが仕方がない。
俺はクローゼットから冬服を引っ張り出し、再び着替える。
なんでまだこんなに暑いのに、冬服に着替えにゃならんのか!
心の中で悪態を吐く。
……着替えだけで1日分の体力を消耗した気分だ。
俺は2階の自室から1階の洗面所に行き、最低限の身だしなみを整える。
もう朝食を取るのも面倒だ。
リビングに置きっぱなしにしてあったカバンを手に取ると、再びあくびを噛み殺しながら家を出た。
玄関扉を開けると青空が広がっており、日差しがこれでもかと自己主張してくる。
温暖化のせいだろうか、この時期に冬服だと昼頃には汗ばむ陽気になりそうだった。
俺はカバンを持っていない方の手で遮りながら、家の門扉を開ける。
「……げ」
道路へ出た途端、厄介なヤツに出くわした。
キャラメルブラウンの長い髪をハーフアップにセット。
二重瞼のパッチリとした瞳、透き通るような鼻筋、そして薄紅の唇。
ウエストはアホみたいに細いくせに、出る所は無駄に出ているわがままボディ。
制服の身だしなみも完璧に整えた少女が、俺の前に立ち塞がった。
「……よう」
俺は気だるげに挨拶してやった。
「おはよう、さつき」
すっかり染みついた作り笑顔で答えるソイツの名前は、
名前からして厳めしいが、実際のところ家が江戸時代から続く豪商の家系らしく、近所でも知らぬ者はいないくらいの、ちょっとした豪邸に住んでやがる。
本人曰く、「今ではだいぶ没落しちゃってるけどね。祖母の代で親族経営も終わりにするみたいだし、私が後を継ぐことは無いと思う」だそうだ。
そうは言っても、俺なんか貧乏学生からすれば立派に裕福な家庭だった。
禮華自身はお嬢様風を吹かせないので、家格や格式を気にして付き合うのもアホらしい。
ちなみに、禮華の本家は東北の方にあって、禮華と祖母は離れて暮らしているため、俺は現当主の祖母という人物に会ったことはない。
「いつも遅刻ギリギリなのに、今日は随分と早いのね」
「たまたま早く出ただけだ。そっちこそ、今日は随分と胸がデカいじゃないか」
嫌味に嫌味で返してやった。
「朝から品性を疑われるような言動はやめてくれる?」
カバンを持ってない方の手で胸を覆いながら、非難の眼差しを向けて来る。
胸がデカい事は否定しないのな……
昔はもうちょっとからかい甲斐があったんだが、最近では軽くあしらわれることが増えて来た。
禮華とは幼馴染で、小さい頃はよく一緒に遊んでやっていた。
コイツのカバンの中に昆虫を入れてやったり、禮華の自室に爬虫類を投げ込んでやったり、新品の服の上から水風船をぶつけてやったり……
……つくづく最低だなぁ、俺。
禮華もよくもこんな性悪に辛抱強く付き合っていたもので、その忍耐の甲斐あってか今ではタフなメンタルの持ち主になっているようだ。
「今日から冬服ね」
禮華はさりげなく俺の隣に並んで歩くと、フレンドリーを装って話し掛けて来やがった。
学園までは徒歩で20分ほどかかる。
つまりその間、コイツの世間話に付き合わなければならない。
「そうだな。おかげで朝食が食えなかった」
「冬服と朝食に何の関係があるの?」
「気にしたら負けだ」
「誰と、何の勝負してるのよ……」
呆れ顔の禮華を、俺は横目で見下ろすように観察する。
ピンと張った背筋、キレイなボディライン。
冬服からわずかに除く雪のような白い肌――
はっきり言って、目に毒だ。
なんでこんな超人みたいなのが、俺みたいなのと並んで歩いてるんだろうな?
禮華は成績優秀、品行方正、容姿抜群、おまけにクラス委員長で家が金持ち――とくれば、学園で人気が出ないわけがない。
友達は多いし、教師からの覚えもいい。
彼氏はいないみたいだが、『付き合いたい学年女子の筆頭候補』なんてどうでもいい情報を、アホのクラスメートから聞いた記憶がある。
対して俺は成績劣悪、素行不良、外見平凡、おまけに口が悪くて家が貧乏――とくれば、人気なんか出るわけがない。
同じクラスでも禮華の周りには常に人が集まっており、俺の周りには大抵誰もいない。
正反対と言っても過言ではない俺たちだったが、どういうワケが同じ学園、同じクラス、同じ部活動に所属していた。
そういう腐れ縁を超えたような関係性が俺たちにはあった。
「そういえば今日、私たちのクラスに転入生が来るみたいよ」
禮華が思い出したように言う。
「転入生?」
「うん。昨日、吹奏楽部の用事で職員室へ行ったら、
風町というのは俺たちのクラス担任だ。
「ふん、こんな時期に転入ってことはいじめに遭ったか、犯罪まがいに手を染めて地元にいられなくなったか、そんなところだろう」
「どうしてそんな悪意に満ちた二択しか出来ないの? 普通に親御さんのお仕事関係みたいよ」
何でそんなことまで知ってるんだ? と疑問に思ったが、こいつは人脈があるし、女子ならではのネットワークかなんかで知り得たのだろう。
「それはそうと、お前まだ吹奏楽やってんのな」
「もちろん。大学受験までは続けるつもりよ」
「よく続くな……何だっけ? お前の吹いてる楽器。あの大魔王みてーな名前の」
「……ピッコロのこと? 私はフルート担当だけどね」
「あぁ、それだ。来月の文化祭でも吹くつもりか?」
「ええ。だから、当面は文化祭に向けた練習とかクラスの出し物準備とかが忙しくて、そっちには顔が出せないと思う」
そっちというのは、俺が部長を務めているクラブ活動のことであり、禮華は吹奏楽と掛け持ちしていた。
「気にするな、どうせやることは何もないんだ」
「……そう、ね」
少しだけ、沈んだような表情になる禮華。
そんなくだらない話をしていたら、学園の正門前に到着した。
俺はいつも遅刻ギリギリに登校するから、人はほとんど見かけないのだが、この早い時間も人は同じく見かけない。
つーか、禮華はいつもこんな早い時間に登校してるのか。
真面目というか、クソ真面目というか……
「じゃあ、私は先に行くから」
俺の返事も待たずに、スタスタと校舎へ向かっていった。
禮華の言葉を意訳すれば「アンタと一緒に登校なんかしたら、皆に勘違いされちゃうでしょ?!」となる。
言わば、照れ隠しなのだ。
そうに違いない。
………………
アホか。
俺は妄想を一蹴すると、校舎へ向かってのんびりと歩いて行った。
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