それでも俺は学園ハーレムを選ばない

ヴォルフガング

プロローグ

プロローグ

 人生で2番目に思い出したくない日があるとしたら、俺はきっと、今日この日を上げるんだろう。


 学園のクラブ棟、3階建てのその建物の2階にある部室で、俺は頬杖をつきながらぼんやり窓の外を眺めていた。


 まだまだ分厚いコートが手放せないこの時期、3年生は今頃、体育館で卒業式を取り行っているのだろう。


 真面目な校風というべきか、1年である俺にも式への参加が求められていたが、生憎とここでこうしてサボりを決め込んでいる。


 もういっそ、下校してしまおうか。


 そんな思いにとらわれるも、家に帰ってもすることがないというジレンマが俺の頭を悩ませていた。


 いつもなら、こんな時に暇つぶしの駄弁りに付き合ってくれる先輩がいたのだが、それも今日で終わり。


 今頃、卒業証書を片手に涙ぐんでいるに違いない。


 ――などと思っていたら、ノックも無しに部室のドアが開けられた。


「――あ、やっぱりここでサボってた」


 闖入者に目も暮れず、俺は窓の外を眺めたままこう言った。


睦月むつき先輩はもう卒業したんだから、この部の部員じゃねーだろ」


 それが彼女、早緑さみどり睦月の名前だった。


 腰まであるライトブラウンのウェーブ髪。


 長いまつ毛に彩られた瞳は琥珀色。


 背丈はスラリと高く、モデル顔負けのプロポーションを誇っている。


 昨日まではこの部の部長だったが、今日からは赤の他人になるはずの人だ。


「何ふてくされてるの? 私がいなくなっちゃうのが、そんなに寂しいの?」


 クスクスと笑いながら、闖入者はテーブルを挟んで俺の目の前に座った。


 そこがいつもの彼女の席、定位置だった。


 右手には折りたたまれたダッフルコート、左手には卒業証書の入った丸筒が握られており、先輩はそれらをテーブルの上に丁寧に並べて置いた。


「アホか。俺は事実を言ったまでだ」


「そう? 私は寂しいけどなぁ、さつきに会えなくなっちゃうのは」


「そりゃ残念だったな」


 さつき――というのが自分の名前だというのは、この年齢になっても認め辛いものである。


 ガキの頃は女の子みてーなこの名前の所為で散々バカにされて来て、その度にクラスメートと取っ組み合いのケンカをして、その度に教師と母親から怒られて来たのだ。


 いい気分になんぞ、なるはずもない。


 俺のそっけない態度に見かねたのか、先輩は俺の背後に回ると、そのまま抱き着いて来た。


 ふわりとエキゾチックな香りが俺の鼻孔を惑わすように襲って来る。


「……あのな。最後だから言っておいてやるが、胸が当たってるのくらい、いい加減気付けよ」


「さつきこそ、わざと当てていることに、いい加減気付いたら?」


「どんな痴女だよ……」


 俺は先輩を引き離すと、その顔を見上げた。


 その時の先輩の表情を、俺の数少ない語彙では、どう形容していいかわからなかった。


 ただ少なくとも、ここでこれから起こるであろうことを喜んでいるようには見えなかった。


 先輩は俺から離れると、先ほどまで俺が見ていた南側の窓までゆっくりと歩いて行った。


「この部室とも今日でお別れかぁ……ね、今までありがとね」


「あぁ? んだよ突然、気持ち悪ぃな」


 先輩が俺に礼を言うなんて、珍しいことではあった。


「さつきのおかげでこの部が出来たんだし、そのおかえで私には居場所が出来た。1年にも満たなかったけど、ここでさつきと話す時間がすごく楽しかったの」


「なら、向こうの大学でも同じようなサークルでも作ってりゃいーだろ」


 先輩は今月にもこの国を立ち、海外の大学へ留学する。


 この人の学力のほどは知れないが、ほとんど毎日のようにここで俺と駄弁ってたクセに英語の試験に受かったのだとしたら、天性の何かがあるとしか思えない。


「さつきがいないなら意味ないよ」


「元々、俺がいないうちにこの部を立ち上げようとしてたじゃねーか」


「あの頃と今とじゃ、事情が違うもの」


 そう言って、先輩は俺の方を振り返った。


 そのわずかな動きの中、揺れる前髪の間から刃物で切られたような傷跡が垣間見えた。


 先輩はテーブルまで歩いて来ると、そこに置いてあった自分のコートと卒業証書の入った丸筒を再び手にした。


「――行くのか?」


「うん。引っ越しの準備もあるしね」


「そうか。じゃあな、せいぜい達者で暮らせよ」


「何? その古臭い挨拶」


 ふふ、と先輩は小さく笑うと、部室の出口まで歩いて行った。


 そこでクルリとスカートが翻るレベルで振り返る。


「最後に、私からさつきにプレゼントをあげる」


「あぁ? なんで卒業する側がプレゼントするんだよ?」


「さつきからはステキな思い出をたっくさん貰ったから、そのお返し」


 言いながら、先輩は荷物を抱えたまま両手を広げた。


「――この部活、さつきにあげるわ」


「……意味わかんねぇ」


 この人が卒業したら、実質的に俺が部長になるんだから、プレゼントでも何でもない。


「それから、部活で何か困ったことがあったら、禮華れいかを頼ってね」


「あぁ?」


 なんでここで俺の幼馴染の名前が出て来るんだよ?


 いや、あいつも一応、掛け持ち部員であるにはあるが……


「私からのプレゼントは以上。それじゃ、これでお別れだね」


「おう。とっとと去ね」


「最後の最後まで冷たいなぁ……」


 苦笑いをしながら、先輩は部室のドアノブに手をかけた。


 それから、今度は振り返らずにこう言った。


「――バイバイ、さつき」


「またね」でもなく、「さよなら」でもない。


 その別れの挨拶に込められた意味をどう解釈していいかわからないまま、先輩がいなくなった部室で、俺は拳で思い切りテーブルを叩いていた。


 それから間もなくして、俺は2年に進級した。




 〇------------------------------【あとがき】------------------------------〇



 さて、プロローグです。


 プロローグというと物語の一番最初に読まれるであろう箇所ですが、この小説においてはなぜか1番最後に書かれています。


 全部で200話以上ある長編ですので、このあとがきを書いている時点では「書き終わったぁ~」というのが率直な感想です。


 全体的にコメディ要素の強い作品で、『人は文章のみで如何に笑えるか?』を試行しながら書いたものでもあります。


 内容――というか主人公――にかなりクセがありますので、合わない人は拒絶反応すら引き起こすかもしれません。


 毎日2話ずつ、朝7時半と17時半にそれぞれ自動更新されていきますが、4話まで読んでクスリとも笑えないようであれば、他の作品を読まれた方がよいでしょう。


 それではご縁がありましたら、エピローグ後のあとがきでまたお会い出来ることを願っています。


                             by ヴォルフガング

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