第9話 第一将軍堕天使のサイザールの提案


「不敬ですか?」


 私は心外だと言うふうに、不満そうな表情を浮かべます。


「不服そうですね。では言い換えましょう。魔王陛下の身体を傷つけずに、精神攻撃を行い魔王陛下の意思の操作を行った大罪です」

「あら? 私は敬愛する魔王様に攻撃など一切行っておりませんわ」


 私は魔王様に対して攻撃は一切行っておりません。ただ現実を突きつけただけです。貴方の愛した人族の女は同じ人族に迫害され殺されたと。


「そうです。貴女は攻撃はしていない。ですが、魔王陛下が受けた傷はとても深いものとなっています。あんな鶏ガラのような下等生物を愛でるぐらいに」


 鶏ガラ。確かに食べ物が食べられず、魔王様の命令で人族領にある食べ物をこちらに運んでいるものの、“魔”がはびこる領域では新鮮な物は直に腐り果て、硬い殻に覆われた木の実などのごく一部のものしか、聖女の口に合わなかったのです。それは増々やせ細ってしまいますわね。


「ここで相談なのですが、私と手を組みませんか?」


 何故私がいけ好かないサイザール様と手を組まなければならないのでしょう?


「意味がわからないという感じですか? 少なからず貴女は魔王陛下の事を良くは思ってはいない。そうですよね。私はあのような魔王陛下に支配されたくはありません。ならば、私が魔王に成ればいいと思いませんか?」


 全く思いません。私は今でも魔王様に対する愛は変わりありません。

 物語と同じ様に聖女に執心しているようですが、どちらかというとアデルの母親の代わりのような感じです。魔王様にとって今の聖女は、聖女という女の人となりを知らずに私が送り付けただけですので、愛でる者のような扱いに近いです。

 聖女を失ったとき魔王様はどうされるのでしょうか? 再び心をどこかにとばされるでしょうか? それとも魔族を率いる王に戻られますか? それとも恋を追いかけるただの男と成り下がりますか?


 それでも魔王様が魔王であることには変わりはないでしょう。


「第一将軍堕天使のサイザール様。魔王が魔王である所以ゆえんは何でしょうか?」

「魔王が魔王である所以ゆえん?」


 私が言いたい意図がわからないようにサイザール様の美しいかんばせの眉間に深々とシワが寄ります。


「魔王様の前の魔王様をご存知でしょうか? ……そう誰も知らないのです。唯一ご存知であろうと思われるのが、魔王様ただお一人。何故でしょう? 不思議だと思われませんでしたか?」


 サイザール様はそのようなことは考えもしなかったと言わんばかりに目を見開き私を見てきます。


「では、例えば第一将軍堕天使のサイザール様が魔王様を弑逆されたとしましょう。それで貴方が魔王になったと何が証明してくれるのでしょう。我々は魔王様を前にして魔王という存在に疑問を抱くこと無く膝を折りました。違いますか?」

「違わない」

「魔王とは唯一無二の存在です。魔王様がこの魔王城にいらっしゃる。それが重要だと思いませんか?」


 それがどのような形であれ、魔王様が魔王として、この魔王城にいる。これが世界が定めた調和なのでしょう。


「淫魔族の始祖を母とするリリーベル殿。貴女は何を知っているのですか?」


 淫魔族の始祖。私が淫魔族を率いている大きな理由です。私は始祖の母から淫魔族をまとめ上げるモノとして産まれ育てられました。ですから、淫魔族の中でも飛び抜けて強くあるのです。

 そして、母から何を聞いているかと言えば魔王様の事に関しては何も聞いていません。


「何も。ただ……」


 ただ。別の知識がこの事に関しては警鐘を鳴らしています。なぜ、勇者というものが存在するのか。なぜ、魔王という者が存在しているのか。


「ただ?」

「第一将軍堕天使のサイザール様が半年前に勇者を倒され、たった半年で新たな勇者が現れた。この事に疑問を持ちませんでしたか? 今まで数百年に一度の割合でしか、勇者という者が存在しなかったというのにです」

「疑問?」

「そして、我々は魔王さまに従う存在であるにも関わらず、貴方は魔王さまに刃を向ける意を示しました。ただ人族という下等生物と戯れているだけの魔王さまにです」


 そう、魔王様を前にすると反抗の意思など持つことのほうが愚か者だと、肌で直に感じるものです。

 我々魔族を率いる魔王様が我々を裏切る行為をなさっているのであれば、それは魔王様の命を断ち切り、新たな魔王を迎え入れることを皆が納得するのでしょう。


 それに私は魔王様が魔王で無くなる事を阻止するために動いたに過ぎません。私の愛する魔王様が魔王で無くなることは、我々の死と同意義だということを私は知っている・・・・・だけなのです。


 そして、何も魔王様が魔王として在る現在。サイザール様はその魔王様に刃を向けようとしているのです。

 これはおかしなことではないでしょうか? まるでこれは……私は思わずため息を吐きます。


「おかしな事が起こっていると疑問に思わないことが異常だということです。我々の始祖はどのようにして魔王様にお仕えすることになったのか。それは貴方も聞いているのではないのですか? 第一将軍堕天使サイザール様」


 さて後ろからやって来る気配を複数感じますので、そろそろ会議が始まる時間ですわね。


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