第8話 満月の夜に現れた者


 薄暗く青い光に照らされた魔王城の廊下を進んでいきます。毛足の長い絨毯が先の見通せない廊下を満たしていますが、その先に人影は誰ひとりとしてありません。

 そう将軍の地位にいる私の行く手を阻む者は居ないということです。


 その私の背後には副官のガリウスとアベルが並んで付いてきています。アベルはなんと半年足らずでガリウスと並ぶまでになったのです。なんだか何れ私が追い越されそうですわ。


「リリーベル将軍、今日は普通でありますね」


 副官ガリウスの今日の衣装に対する感想です。普通……今日私が着ているものは、詰め襟の上着は分厚い生地で堅苦しい感じはあるものの、袖に向かうに連れ広がり袖口はレースで覆われ、胸元も同じくレースでふわりと覆われ腰のラインから太ももの辺りまで広がるようなスカートの裾も幾重にもレースが施されています。色調としては全体的に濃紺の生地ですが、レースは私の髪に合わせたかの様に紫の色を取り入れていました。そして足元はニーハイにパンプス。頭にはヘッドドレスに覆われ、薄い紫の髪は緩やかな縦巻きロールに仕上がっています。

 完璧にゴスロリファッションです。これのどこが普通なのでしょうか?ガリウスの目が腐っているしか思えません。

 しかし、使用人が用意して、アベルが選んでくれた衣装に文句はありません。


「あら?似合っていないのかしら?」

「いいえ。似合っていらっしゃいますが、最近は部下の者たちがこぞって将軍に似合う衣装探しに奔走していますので、今日はドレス姿なのですねと思っただけです」


 確かにフードにうさみみが付いていたり、一枚の長い布地を巻き付けただけのものを見せられたときはどうしましょうかと思ったときもあります。今日はゴスロリですが、ドレスではありますね。


 そんなどうでもいい話をしていますと、薄暗い廊下の前方に人影が見え、その人物が近づいて来ていることがわかりました。今日は会議があることが事前に報告されているでしょうから、この会議室に繋がる廊下を歩いている人物は決まってきます。


「相変わらずお早いお着きですね。第三将軍淫魔のリリーベル殿」


 胡散臭い笑顔を浮かべて私の前に立ち塞がりましたのは、この薄暗い廊下でもキラキラと光りをまとっているかのように煌めいている長い銀髪を背中に流し、月のような琥珀色の瞳を私に向けてきている、第一将軍堕天使のサイザール様です。

 濃紺の軍服のような衣服の背後には一対の鴉のような黒い翼を背負い、頭上には漆黒のトゲトゲしい輪を掲げた、正に堕天使そのものの姿をしています。


 そして私を第三将軍と呼んでいますが、私が勇者一行を切り崩すきっかけを作り、魔王様に贈り者聖女を贈ったことが評価され、第三将軍の地位を賜りました。因みに勇者に破れた人狼族は将軍の席から外され、代わりに魔猿族が将軍の席を賜りました。

 魔王軍は力が全て、この辺りはとても厳しいのが現実です。


 私は私の行く手を阻んできました堕天使サイザール様に微笑みを浮かべ頭を下げます。序列的にはサイザール様の方が上ですから。


「第一将軍堕天使のサイザール様。今宵は良い月の夜ですわね」


 これはただ単に、こんにちはという挨拶のようなものです。


「ええ、月を遮る雲がない空も珍しいことです」


 どうでもいい挨拶は良いので、私の前に現れた理由を言って欲しいですわ。いつも思いますが、この胡散臭い笑顔はムカつきます。


「それにしてもいつも遅れてこられる第一将軍堕天使のサイザール様がこのような早い時間に如何いたしましたの?」


 記憶を取り戻す以前の私が会議室に一番乗りをしていたのは、万全な体制で魔王様を迎えるためでありましたが、今は社会人としての癖が出ており、5分前行動を心がけているので、月が中天に差し掛かる前に会議室に入るようにしているのです。


「ものは相談なのですが」


 サイザール様の笑みが口が裂けるように深みを増しました。これは碌な相談ではなさそうですね。


「貴女は魔王陛下に人間を献上していましたね」

「そうですわね」

「その献上ブツがそろそろ弱ってきたというのはご存知でしょうか?」


 聖女はこの暗黒大陸に来てから食が細くなり、気が触れているかのように叫んでいるというのは聞いていましたし、この日が昇らない魔王様の国で人が生きることが出来ないこともわかっていましたし、そもそも魔王様の膨大な魔力に普通の人は耐えきれません。

 聖女はよく保った方だと思っています。


「ええ、知っていますよ」

「また、献上ブツでも考えているのでしょうか?」


 この問いにはどういう意図があるのでしょうか? さて、どう答えるのが正解でしょうか?


「それは魔王様の御心次第ではないでしょうか? 我々は魔王様の配下であります。魔王様がお望みとあらば、私はそのようにいたしましょう」

「くっ……ははははははははっ! 貴女がそのような事を言うのですか? 魔王陛下に対して行った不敬を私が知らないとでも?」


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