第6話 これが私が捧げる“愛情”であり“憎”です

 アベルが出した答えは、私の手を取るでした。これも私の策略でした。勇者が聖女とエルフに手を出すことは知っていました。アニメでは朝チュンで終わっていましたが、現実はかなり生々しかったです。そのような状況の勇者に仲間として命を預けられるかと私は問うたのです。

 それはもう、甘い言葉をささやきながら、魅了を使う私になびくでしょう。



「これから父親に会うのか?」


 フルプレートアーマーを抜いで軍服のような灰色の衣服を身に着けたアベルは最高です。これが漆黒であれば何も言うことはないですが、魔王様の色を纏うわけにはいきません。


「ええ、そうですよ。ああ、それにしてもよく似合いますね」

「サキュバスは俺の父親の事が好きなのだろう」


 あら?少しすねたような感じで問われてしまいました。着々と私の魅了が効いているようです。このまま私が居なけれが生きていけないぐらいにグズグズにしてあげましょう。


「私のことはリリーベルと呼びなさい。これでも第八将軍の地位を得ているのですよ」

「わかった。リリーベル」

「ふふふっ。アベルはアベルとして好きですよ。あの方はそうですね。絶対的な存在であるあの方は人で言うところの“神”ですわ。全てを捧げても苦ではない尊き存在。けれど、アベルは私だけのアベルですわ」


 そう、この柘榴の瞳に映るのは私だけでいいのです。そのアベルにフード付きの外套を被せ、魔王城の中を歩きます。


「ここ数日過ごしているが、本当に夜しかないのだな」

「ええ、それが暗黒大陸ですもの」

「リリーベル。なんだか段々と気が重くなってきたのだが」

「あっ。あの方の力に耐性がありませんでしたね。私の魔力で包んであげましょう」


 私はアベルの周りを私の魔力で覆います。魔王様の謁見で部下を連れて行く時によく使います。


「楽になった。リリーベル感謝する」


 アベルは礼を言ってきます。そのフードの中の柘榴の瞳は私に向けられていました。彼の姿はアニメでは過去のシーンで魔王様に殺されるところしか映像化されていませんでした。前世の私は死に際のシーンを見て思ったのです。魔王は碌でなしだと。


 私はその魔王がいる玉座の間の扉の前にアベルと共にたどり着きました。


「第八将軍リリーベル。ご報告にまいりました」


 すると蝶番の軋む音が響きながら扉が開いていきます。

 漆黒の闇の中に浮かび上がる私の最愛の魔王様。愛しく憎らしい姿を私の瞳に映し一歩踏み出します。


「魔王様!リリーベルは魔王様のお役に立つ者を連れてきましたの。この者の話を聞いていただけますか?」


 私の言葉に答えたのは魔王様ではなく、側近のヴァンレイド様です。


「こちらに連れてきなさい」


 魔王の姿を見て固まってしまっているアベルの腕を掴んで、私は玉座の前に進んでいきます。そして、いつもはしない床に跪いて魔王の言葉を待ちます。この姿にヴァンレイド様は眉を上げ私の行動に違和感を感じているようです。


「姿を見せなさい」


 ヴァンレイド様の言葉にアベルはフードをとります。


「っ!」


 ヴァンレイド様は口に手を当てて声を出すのを押さえているようです。そして、魔王は柘榴の瞳でアベルを捉えます。その姿に私は笑みを浮かべます。


「この者は私の元で魔王軍として働いてもらうことにした魔人アベルですわ。アベル。魔王様に言いたいことを言いなさい」

「リリーベル!何を勝手な……」


 私の勝手な行動を諌めようとするヴァンレイド様を睨みつけ、黙るように促します。この場に外野は必要ありません。


「母は運命に翻弄されたとよく言っていました」


 アベルが感情がない機械のように淡々と話しだしました。


「俺を産んだ母は牢の中で一生を終えました。魔族を産んだ魔女として蔑まれて数年間を生きました。母は必ず父親が迎えに来てくれるからと夢物語を語るように言っていました。何故、俺の父親は母を迎えに来なかったのでしょうか?」


 感情が浮かんでいない問いに対して、魔王の柘榴の瞳に炎が灯りました。私はその瞳をみて増々笑みを深めます。


「ヴァンレイド」


 大地を揺るがすような低い声が玉座の間に響き渡りました。名を呼ばれたヴァンレイド様は恍惚した表情をして魔王に向かって跪きます。


「はっ!」

「お前たちは今まで何をしていたのだ?ローズが居ない世界に何の意味がある?ないだろう?」


 ああ、なんて勝手な言い分なのでしょう。


「人類を駆逐しろ!人という種族など必要ない」


 なんて傲慢な考えなのでしょう。ただ一人の女の死に対して言う言葉ではありません。

 ですが、魔王様?これが私が捧げる“愛情”であり“憎”です。私を見ない柘榴の瞳など憎しみに囚われてしまえばいいのです。







後日。

「リリーベル。あれは何をしているんだ?」


 日々、他の魔族たちに魔王のご子息ということで、色々もまれた結果、淫魔部隊の隊長クラスまで昇進したアベルが目の前の光景を指して言いました。


「堕天使サイザール様に命乞いをしている勇者ですわね。醜いですわ。やはり聖女が居ないと勇者など虫けら同然ですわね」

「しかし、リリーベル。良かったのか?」

「何がです?」

「聖女アリアを魔王に献上して」


 そう騎士アベルを失った勇者一行は進むペースがぐぐっと遅くなり、何度も魔族から返り討ちされる回数が多くなったのです。人として逸脱した力を持ったアベルは実は勇者一行の要だったのです。騎士アベルとして魔王が入れ替わっても、騎士アベルの強さは勿論変わることはなく、何も問題はなかったのです。ですが、アベルを失った勇者一行は剣を失ったように攻撃力が落ちていったのです。

 そして、次に攻めるとなれば、聖女アリアです。

 堕落の涙という聖属性を失わせる水を飲ませれば、ただの人族の女となり下がり、魅了も結界も回復の魔術も使えなくなり、何も恐れることなくなるのです。

 そんな女など、あの魔王の慰み程度には役には立つでしょう。人の身でしか無い女など儚い生き物に過ぎません。


「ええ、魔王様も大変お喜びいただいて、私とアベルの婚姻を認めてくださいました。私とアベルの役に立って聖女も喜んでいることでしょう」

「あ、いや、食べ物が食べられないとか水があわないとか、家に帰りたいとか嘆いていると噂に聞くが?」

「あら?聖女のお陰で魔王様は人類を滅ぼすという計画をお止めになったのですよ。魔王様に紹介した私とアベルに感謝すべきですわ」

「あ……うん。それでこれはどこまでリリーベルの計画の内だったのだ?」


 アベルの言葉に私は笑みを向けます。私を見下ろす柘榴の瞳はこの世界で一番美しい赤色。


 前世の記憶を思い出した時点で私は手に入れようと思っていました。あの場で死ぬはずだった私が魔王に殺されるアベルの命を手に入れようと。


「全てよ。愛しい私のアベル」






___________


 数多く在る小説の中からこの作品を読んでいただきましてありがとうございます。


 今回は正義側ではなく、悪側の物語でした。いかがでしたでしょうか?

 「賢いヒロイン」コンテスト。色々書いてはみたもののしっくりこずに、ぎりぎりになってこれを投稿しました。

 もう少しリリーベルとアベルの駆け引きのシーンがあってもよかったかもと思いつつ書く時間が足りませんでした。

 参加することに意味がある……と思いたいです。「賢いヒロイン」ってなんだろうという疑問がつきまとうお題でした。


 少しでも面白かったと評価をいただければ、最後にある☆☆☆を押していただいて評価をしていただければ嬉しく思います。


 ご意見ご感想等がありましたら、下の感想欄から入力してください。よろしくお願いします。


 ここまで読んでいただきましてありがとうございました。


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