第5話 ニャーニャーと猫がうるさいですわ

 今日は眠りには誘わずに、そのままで騎士アベルの前に出ていきます。今日は部屋の中にいるようですが、部屋の中の窓に寄り掛かるように立っているフルプレートアーマーがいました。ある意味怖いですわね。


「よい雨の夜ですわね。私のお誘いの話を受けてくれる気になりましたか?」

「長雨をわざわざ作り出していう言葉か」


 あら?私がわざわざこの雨を作り出したと思われてしまっているのですか?


「ねぇ。私はサキュバスだからこういう天候の操作は苦手なのよ。それにこの街の人から話を聞けば、この様な嵐はこの時期によくあることとわかるはずだけれど?」


 無言ということは、街の人とコミュニケーションをとっていなかったということですね。


「理解していただけました?私は今回行ったことは貴方の魔王軍へのお誘いのみ。それ以外は何もしていませんわよ。隣の部屋の盛っている猫も勝手に盛り上がっているだけなので、私は何もしていませんわよ」


 そう隣ではニャーニャーと盛っている猫の声が聞こえてきますが、思いっきり二股を掛けている勇者がやらかしていることです。私は何もしていないと両手をひらひらさせて、冤罪を掛けないで欲しいアピールをします。


「そこは別に疑っていない。勇者カインにけしかけるのであれば、今まで通り配下の者を送ってきただろう」


 あら?気づかれていたのですか。あの子たちは何かヘマでもしたのでしょうか?


「わかってくれて嬉しいわ。それで、私のお誘いを受けてくれる気になりました?」


 私は首を傾げて問いかけます。


「何故、俺が殺されると確定している」


 それは疑問にも思いますよね。私は猫が鳴いている隣の部屋を指し示します。


「聖女とは恐ろしい存在ですわね。サキュバスである私よりも強い魅了の力を持っています。だから、勇者は私の配下にはなびかなかった。そして、この先貴方の父親が聖女と出会い、居場所を得るために貴方を殺す。例え血が繋がった存在であろうと、あの方には何も意味をなさないのです」

「居場所を奪うため?意味がわからない」


 隣を差していた指を騎士アベルに向けます。


「それは騎士アベル。貴方の姿かたちがあの方にそっくりですから」

「そっくり?この恐ろしい姿がか?」


 騎士アベルはそう言ってフルフェイスを脱ぎ去りました。そこには雨が上がり雲の隙間から月明りが室内に差し込んできて、その姿がいっそ顕になります。漆黒の髪に私を睨みつけるような柘榴のような瞳。私の姿が柘榴の瞳に映ったことに打ち震えます。


「ええ、よく似ていますよ。騎士アベル」


 ただ、魔王様とは違い圧倒的な力は感じませんし、漆黒の髪から出ている角は見えるか見えないかぐらいの大きさしかない。まだ、力が十分育っていない証拠です。


「あの方は血のつながる貴方を探そうとするきっかけがこれから起こります。そして、貴方と共に旅をする聖女に心を奪われ、全身を鎧で隠した貴方と入れ替わろうとし、貴方を殺しあの方は騎士アベルとなり勇者と共に旅をするのです」

「そのような話をされても根拠もない未来の話をされても信じるに値しない」


 確かに根拠も何もありはしません。私にあるのは前世の記憶しかないのですから。クスクスと自笑する笑みが溢れます。これは一種の掛けです。


「貴方のお母様は、あの聖女のような方ではなかったですか?」

「は?聖女アリアのよう?」

「そうあの絶壁と言っていい体つき。あ、失礼しました心の声が漏れました。儚げな容姿でありますが、心が強く周りの人々に手を差し伸べる人という感じです」

「絶壁」

「そこは拾わなくていいですわ」


 しかし、この魅惑的な私が押し迫って、魔王様の目に留まらないということは、どう見ても勇者と同じく幼児体型が好みだということではないですか!あの聖女もあのエルフも絶壁!悔しいですわ!


「言われてみれば、その通りだが……」

「あの方に会えば全てわかります。あの方は貴方のお母様だけを愛していると、ただ国に帰った貴方のお母様は幸せでしたか?」


 これも私の予想ですが、魔王様が愛した女は騎士アベルを産み落としたことで、人としては扱われなかった可能性が高い。


「貴方は父親に貴方達が受けた理不尽をぶつけるべきではないでしょうか?貴方はその理不尽を黙って受け入れてきた。それは吐き出すところがなかったからです」


 騎士アベルは赤い瞳を動揺しているかのようにゆらゆらと揺らめかせています。もう一声でしょうか。


「貴方の居場所は私が作って差し上げましょう。貴方はまだまだ強くなれます。人の世界では今が限界でしょうが、魔族と共に居れば、貴方の力は飛躍的に伸びます。貴方の父親に今までの鬱憤を叩きつける機会も与えましょう。ここで勇者のおもりをしているより、貴方本来の姿で過ごす未来が楽しい日々であることを私は約束しましょう。騎士アベル。いいえ、魔人アベル。貴方は勇者の手を取りますか?それとも私の手を取りますか?」


 隣で盛っている猫の手を取るか。悪魔的に甘い言葉をささやく私の手を取るか。


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