第4話 居場所なら私が作って差し上げましょう

 ざわざわと人々が歓談に楽しんでいる声が耳に入ってきて意識を集中させると、きらびやかな大きな空間に人々が集まり、その者たちは一様に着飾った姿をしている会場に私は立っていました。貴族のパーティー会場のようです。このような夢をみているとは意外でした。

 そこには言葉遊びを楽しんでいる者たち。中央でダンスを踊っている者たち。この場の雰囲気を楽しんでいる者たち。

 その中でも一際人々が集まっている場所がありました。キラキラの金髪が垣間見えることからあの辺りに勇者がいるのでしょう。

 私は浮いている町娘の格好から、一度だけ着た使用人の格好になり、会場の中に溶け込みます。勇者の近くにいるだろうと思ってみると何故かフルプレートアーマーは壁際から勇者と聖女とエルフを眺めているようでした。


 自分はあのきらびやかな世界には入ってはいけないということでしょうか?


 私は背後の壁の中からフルプレートアーマーに近づきます。夢ですからね。壁を通り抜けることぐらいできます。


「良いパーティーですわね。貴方はあそこに行かなくて良いのかしら?」


 私が声をかけるとフルプレートアーマーは手を腰に掛けて勢いよく振り向きました。


「貴方の剣は私が預かっていますわ。今日はお話に来ましたのよ?」


 そう言って私は胸に挟むように抱えた剣を見せつけます。そう、現実で取り上げた騎士の剣です。


「うっ……なんのつもりだ」

「ですから、お話に来たのです」

「俺はお前と話すことはない」


 確かに敵である私に騎士から話すことはないでしょう。ですが、私にはあるのです。


「騎士アベル。私は貴方を魔王軍にお誘いしにきましたの」


 すると途轍も無い殺気を放ってきましたが、魔王様のお力に比べれば赤子同然。


「ねぇ、騎士アベル。貴方はここに居場所を感じていないから、この様な壁際に立っているのでしょう?」

「黙れ」

「居場所なら私が作って差し上げてもいいわよ?」

「黙れ」

「魔王軍は実力主義ですから自分で居場所を作ることも可能ですわ」

「黙れ!」

「ですから、私と共にまいりませんか?魔王軍に」

「黙れと言っている!」


 まぁ、このような言葉如きでは彼が納得しないことは理解しています。

 ですから、もう一歩踏み込みます。


「貴方はこの先このままいけば、貴方の父親の手で殺されます。貴方はあの方には敵わない」

「お前、何を言っている」

「貴方は魔族の血を引いている。巧妙に隠していますが、私にはわかっていますよ」


 押し黙ってしまいました。私の言葉の意図を探っているのでしょう。


「人の世界では生きにくいでしょ?人は脆く弱い生き物。貴方は魔物や異形な姿をした魔族であれば剣を抜いていましたが、人の姿をした私には一度たりとも剣は抜きませんでした。勇者は嬉々として私に剣を向けていたにも関わらずです」


 そう言って、ふわりとした笑みを騎士アベルに向けます。騎士アベルは人の姿にコウモリの様な翼と細く長い尻尾がある私に対して一度たりとも剣を抜いたことはありませんでした。それは私が単独で戦いを挑んでいたということもありますが、魔族と人族の力の差は歴然。普通であれば1対多数で攻めるのが定石です。それを騎士アベルは避けていました。


「俺に魔族の血が混じっていようが俺の剣は魔族を斬ることのみに準じる。それが騎士だ」


 やはり一回での説得は厳しいようです。私は未だにキラキラと輝いている騎士アベルの夢の中の中心に視線を向けます。このキラキラとした夢はアベルの望みが込められているのかもしれません。


「今回はお誘いの話をしにきただけですので、また来ますね」

「来なくていい」

「お誘いにまた来ますよ。そうですね。勇者の怪我が治って大雨で足止めをされた日に」

「大雨?」

「そうです大雨です。これが当たれば貴方の死の信憑性も出てくるのではないのでしょうか?」


 そう言って私は騎士アベルの夢から抜け出し、剣を直立不動で立っているフルプレートアーマーの横に立てかけ、影の中に沈み込みます。またお会いいたしましょう。






 あれから5日後にバケツを引っくり返したような大雨が降り出し、その大雨が3日間続いています。この季節にこの地域ではよくある気象のようです。


「リリーベル様。勇者たち一行はこの長雨で足止めされているようです」


 配下のサキュバスが報告してくれます。


「3日間も外に出られないとなりますと、勇者も大断になってきましたね。聖女とエルフと部屋に籠もって仲良くしているみたいですね。英雄色を好むといいますが、あの聖女とエルフのどこがいいのか私には全く理解できません」


 このサキュバスは勇者を誘惑して失敗したのでしょう。私も以前であれば同じ感想をもちましたが、今では勇者を堕とそうだなんて爪の先程も思いません。


「さて、私も仕事に行きましょうか」

「え?リリーベル様。あの中に交じるおつもりですか?まさかの4ピー


 何を言っているのですかね。私が堕とすのは騎士の方です。

 私は影の中に潜ります。先日騎士の剣に私の魔力の痕跡を残しているため、それを頼りに影の中から身を出します。


「こんばんは。騎士アベル」

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