二枚舌の男

石花うめ

二枚舌の男

 ある所に幻の料理人がいた。


 名前をサナダといった。


 一人でひっそり店を構えていたが、あまりに美味しい料理を作る者として、国の王にその名前が知られていた。


 ある日、サナダは王が主催するパーティーにて料理を振る舞うことになる。

 料理は無事に完成。芳醇な香りが部屋に充満し始める。


 しかし彼は、完成した料理を王に振る舞おうとせず謝り始めた。


「……やっぱり、食べないでください」


「なんだと⁉︎」

 大臣の一人が激怒した。

「王の御前であるぞ! 無礼だ」


 他の大臣がさらにいちゃもんをつける。

「本当は不味いのではないか?」


「いえ、そんなことはありません。ですが、私の料理は美味しすぎるのです。食べてしまったら最後、王は二度と他の料理を食べられなくなります」


 焦らされる王は苛立ちを隠せない。


「いいから早く食わせろ! おい毒見! この料理を食べて、男が毒を盛っていないか確かめろ! 早くしろ!」


 毒見係が出てきて、サナダの料理を一口食べた。

 何も変化がない。毒は入っていなかった。


「よし問題ないな! 食べるぞ」


「待ってください」


 サナダは王を止めようとしたが、毒見がそれを制した。


 王は料理を口に運ぶ。

 次の瞬間、スプーンを口に突っ込んだまま、目をギンと見開いた。


「……美味い、どころではない。こんなもの初めて食べた……。他のどんな料理とも違う。ああ、なんという特別感。身体が幸せに満ちている……。ああ、これが——」


 王はまだ何か言おうとしていた。だが、口から泡を吹いて倒れてしまった。


「王様!」


 家臣たちが駆け寄る。

 医師も来て王の首に手を当てたが、首を横に振った。


「だから、私は止めたのです」


 サナダは俯きながら退室した。


「私の料理は美味しすぎるんですよ」


 その背中を、彼の料理を食べても死ななかった毒見がじっと見つめていた。

 なぜ、毒見は死ななかったのだろうか。




 話は一週間ほど前に遡る。


「はぁ……、またやってしまった。ただ、美味しい料理を作っただけなのに」


 サナダは、殺めてしまったお客さんを山奥に埋めに行っていた。

 自分の他に誰もいないはずの場所。しかし今日は、一人の男が立っていた。まるでサナダが来るのを待っていたかのようだった。


 故意でないとはいえ、殺しがバレた。

 サナダは逃げようとした。

 しかし男に腕を掴まれた。


 男は何も喋らず、手帳に書いた文字を見せてくる。


『お前がサナダだな? 私は王に仕える毒見である』


「そんな偉い方が、私に何の用でしょうか?」


 毒見は手帳のページを一枚めくった。


『王に料理を振る舞ってほしい。お前の作れる最も美味しい料理を』


「できません。私の料理は美味しすぎて人を殺してしまう」


 しかし毒見は引かない。


『その事を知ったうえで話している。王はこの世のほとんどの料理を味わい尽くした。よって普通の料理では満足できぬようになってしまった。非人道的なものさえも食べたが、彼が満足することはなかった。頼れるのはもう、お前しかいない』


「しかし……」


『不安なら、私で試すといい。私は毒見だ。私が食べて問題が無ければ王も食べることができるだろう』


 自信たっぷりに言うので、とうとうサナダは店に戻り、料理を作った。

 それを毒見が一口食べた。二口三口と、次々食べ進めていく。


「だ、大丈夫、なんですか?」


 毒見は頷いた。


『王もお前の料理を喜ぶだろう。パーティー当日でも、存分に腕を振るうのだ。報酬は弾むぞ』




 そして現在。

 倒れた王を見ながら、毒見は内心笑っていた。


 王の暗殺計画は成功だ。

 散々人を顎で使い、弄び、威張り散らしてたから、その報いを受けたのだ。

 高い報酬を積んでまでサナダに依頼した甲斐があった。


 その後、王の遺体は解剖されたが、もちろん毒は見つからず、誰も罪には問われなかった。


 後にその結果を知った毒見は、一人で笑った。


『お前に食べさせるために抜かれたものが、今になって活きたとはな。味が分からなければ美味しさを感じない。だから俺は死ななかったんだ、お前と違ってな! ざまぁみろ』


 毒見は大口を開けて笑った。

 舌が無い口の中では、自らの乾いた笑い声が高らかに響いていた。

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