4 魔女の回想 前編

 もし貴方に、三度生き返ることのできる能力があったとするのなら、貴方は三度の生き返りで何を得るのだろうか。

 "命を大切に"を軸に、老い朽ち果てる末に三度延命するだろうか。

 自分の命よりも誰かのために身を投げ出し、その誰かを救うのだろうか。

 思いのままに生き、能力のことなど気にかけることなく人生に幕を下ろすのだろうか。

 もしそれらが貴方の理想とするのなら――否、もし貴方が理想を掲げられるとするのなら、その理想は大層立派な物であり、私のような時々考えを巡らしては、理想など見つからず、自身の人生の終止符の打ち方を探し迷うことなどないのだろう。私のように、曖昧な生き物を自身の胸中で飼うことなどないのだろう。

 私はそれを羨ましく思う。

 思考を繰り返しても答えに辿り着かない不安を、居もしない他人に投げつけた私は、今日も一人、旅を続ける。


 旅をすること。それは私にとって生きがいそのものだった。良い国、悪い国、普通な国。様々にあれど、どれも私を"前へ"動かしてくれる。時には元気を得て、足取り軽く歩を進める。時には正義感に駆られて悪と対峙するため足を動かす。貧しさに苦しむ人が居るのなら、私は役に立ちたいという安直な考えで後先考えず動いた。きっかけが良かろうと悪かろうと、旅をすることで私は目的を持って行動することができる。だから、私は旅を続けていた。私にとって旅は人生であり、友であり、自分の映し鏡である。旅を振り返ることで、自身の形を捉えている。だから、旅を終えた先を、私はまだ想像できない。

 それほどに私は旅に"依存"し、旅と"共存"していた。


 世界には魔力を持たない人間と、魔力を持つ魔女・魔法使いと、きっと他にも知らない種族が共存しているはずだ。ここでいう共存とは同じ世界で生きているという意味に過ぎない。彼ら、あるいは彼女らが関わりを得て存在し合っているかは、旅を続けていても確信を得ることができない。

 比較的確信を持って語ることができるのは魔女であり、自身の立場をより明確に示すのならば、上級魔女と言えよう。能力により分けられた三つの位のうち、ほんの一握りと言われる上級魔女。下級、中級魔女ないし人間は、敵わないと分かるから恐怖感を覚え、叶わないと突きつけられるから悔しさを嫉妬の餌にする。上級魔女に向けられる感情は決して美しい物ではない。そのため私が自ら上級魔女だと公言することは殆どなかったが、それでも私は上級魔女であることを恨もうとは思わない。むしろ誇りに思っている。強さで守れるものは必ずあるから。

 せめて私だけでも、自身の味方でありたいから。


 ◇


 泳いでしまいたいくらいに青い空に、私は箒で翔けていた。雲という障害物のない晴天には、ただただ純粋で新鮮な空気が存在し、時々吹く風が私を受け止めた。

 意味もなくくるくると回転しながら空を飛び、その浮遊感を楽しんでいると、やがて国は見えてくる。

「あそこね、次の国は!」

 箒から降りて正面に捉えた新しい国は、太陽という照明に照らされて無機質な門までもが、美しく私の目に映った。素晴らしい始まりと共に迎えた国に密かなる期待を抱き、私はその門をくぐった。


 門を越えた先には、門と同様にシンプルな外装の建物と、人の賑わいを見せる露天、商店街、そしてさらに奥にはシンボルの如く立派な城がそびえ立っていた。私は早速人混みに揉まれ、なんとか宿屋を見つけると、そこでやっと人混みから解放された。

 それにしても、なんという人の数だろう。これが毎日続いているとしたら、私はこの国では到底暮らしていける気がしない。私が隠すことなくため息を溢すと、宿屋のおばさんは笑い声で返した。

「お嬢ちゃん、見ない顔だね。もしかして、今日の予選に参加するために他国から来たのかい?」

「……?いいえ、私は旅人でただ通りがかっただけで……。ですがやっぱり、今日は何かイベントがあるのですね」

「あぁ、今日から五日間、魔術大会があってね。見ての通りそりゃあもう、たくさんの人が参加するんだよ。あぁ、そうだ、お嬢ちゃんは魔女かい?」

「はい」

「それは運が良いね!もし魔術に自信があるなら、ちょっくら大会に参加してきなよ。今日は予選だから飛び入り参加ができる。それに勝ち進んで最終日の試合に出られれば、一試合勝つ毎に賞金がもらえるんだ。どうだい?旅人は何かとお金がかかるんだろう?」

 それはつまり、数少ない収入源…………!

「おばさん、ありがと!」

 私が慌てたように宿を出ると、後ろからおばさんの豪快な笑い声が聞こえた。そして私は再び人混みに揉まれるのだった。


 予選の会場と思われる広場はより一層賑わい、笑い声や忙しさの感じられる声で満ちている。大会本部の天幕では、お偉いさんが背を仰け反らせて椅子に座り、参加者の記された木札で優雅に扇ぐ。

「すみません、飛び入り参加可能と耳にしたのですが……」

「あぁ、飛び入り参加ね。ここに名前を書いて名前が呼ばれたら出番ね」

 お偉いさんは見た目に反した軽快な口調と明るさを発揮しながら、扇いでいた木札を私に渡す。

「え、あっ、はい。…………参加要項は?」

「参加要項?飛び入り参加で参加要項を確認するのは珍しいねぇ」

「えっと……あはは」

 悪事に荷担しないようにするための癖だ。馬鹿正直に言うわけにもいかず私は笑って誤魔化した。

「はい、参加要項」

「あ、ありがとうございます」

「まぁ、それほどこの大会の知名度があるからかもしれないけどね!ハッハッハッ!」

「は、はは…………」

 当日に大会のことを知った私は苦笑いを返すしかない。だが、お偉いさんが私の苦笑いに気づく様子はなく、私は受け取った参加要項へ視線を移した。いつの間にかお偉いさんの語る話題が変わり、大会の起源について話すのを片手間に聞きながら、内容の確認を終える。

「それでね、王子様は――――」

「名前書きました、お願いします」

「えっ、あぁ」

「それでは、のちほど」

「ちょ、ちょっと!話の続き聞かなくていいの!?」

「お邪魔になるといけませんのでー!」

 その後、お偉いさんが放った言葉を、私は賑わいの声に紛れて聞こえなかったことにした。


 実際に大会へ参加すると自分でも驚くくらいにあっという間で、予選はおろか決勝戦まで私は勝ち進んだ。伊達に旅の魔女はやっていない。見覚えのある攻撃パターンに私は武術も交えて対応し、相手の驚きの表情を捉えるとともに、止めを刺した。賞金を得て懐が温かくなること、また、小娘に負けたと逆上する人が居ないことに安堵し、今までにないほどの順調を噛み締める。飛び入り参加で決勝まで進んだことに野次を飛ばす人はおらず、むしろ応援の声を飛ばす会場の温かさに試合直前まで私は頬を緩めていた。


 箒の上から炎の地面を見下ろし、私は杖を一振りして大きな弧を描いた。弧は円となり、模様のないその円に息を吹き掛けると、一瞬にして文字が刻まれる。パリンッと硝子が割れて現れる亀裂のように、文字という呪文は突然に現れた。そして円は無数の光の矢を生成していく。実際には"光"とは形容であり、鮮やかで細やかで、どんな花畑の花々よりも多彩な光を放つ宝石のようだ。

 飛行を可能とするのは上級魔女の証である。自ら上級魔女と明かすことのない私は、悔しく思いつつもそれほどまでに相手が強かったのだと自分に言い聞かせ、相手を見つめた。一面を炎で包み、勝利を確信していた対戦者は、上級魔女だとは聞いていない、と言わんばかりの顰めた表情を、驚きと恐怖へと変える。

 今だ。

 光の矢は残像を見せながら対戦者に向かう。

「そこまで」

 試合に水を差すような審判の声が響いた。だが私は結果に確信を得て胸を撫で下ろす。

「勝者、ルイナ!」

 そうして私は魔術大会での優勝を収めた。


 ◇


「聞いていません」

「もう決まったことです」

「ならば取り消してください」

「王が決めたことです」

「私はこの国の民ではありません」

「郷に入れば郷に従うものだ」

「参加要項に記載されていませんでしたが」

「記載するまでもありません、伝統ですから」

「そうだとしても他をあたってください、私は旅人です」

「他などありません、優勝したのは貴方一人です」

「私には分不相応です」

「相応になるよう教師をつけましょう」

「私は……………………嫌、です」

「王命に逆らうのならば拘束いたします」

 お祭り騒ぎを終えた次の日、早朝から宿屋のロビーに不機嫌な声が飛び交う。

「これからの出国は許されません」

「……っ、そんなっ!」

 城からやってきた騎士。目の前に居るのは人間ではなく権力の塊だ。

「罪人となるか、王子妃となるか」

 拒否権のない命令。終わりはいつだって突然だ。

「選ぶのは貴方です」


 私が魔術大会で得たのは多額の賞金ではなく、逃れようのない王子妃の座であった。形ある物、形ない物、この世に存在するすべてはいつか終わりを迎える。

 旅も然り。

 その日、私は荷物を抱えてシンボルの如く建つ美しき城へ、次期王子妃としての笑顔を貼り付けながら"連行"されるのだった。

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