第7話

 学園生活一年目は何事もなく終わる。

 学園の自治を司る生徒会への勧誘に関しては、忙しい、とバッサリ断ったヴァイス、そしていずれ軍属魔術師になる可能性を考えてそちらの訓練へ時間を割きたいとやんわり断ったイリスであったが、ルフト、オリヴァーは生徒会へ所属する。

 いずれ国の中枢を担う者が選抜され、ある意味生徒代表という地位なので、それを二人が断ったことに周りは驚いたが、イリス等は風切姫の逝去もありゆくゆくは第二王子の伴侶となり王族代表として軍属で魔物討伐の御旗としての働きを期待されているので、学園で指導に当たる軍属魔術師に師事をと言う彼女の希望は寧ろ好意的に受け止められた。

 実際に自己鍛錬に励む姿も見られていたし、実技授業では抜群の成績を収めていたのだ。

 ルフトにはオリヴァー、イリスにはヴァイスが常にそばについているのが暗黙の了解となるのにもそう時間もかからず、生徒会の方へルフトは時間を大幅に割いているものの、昼食は一緒に取っている姿もよく見られたので傍から見れば仲睦まじい婚約者同士であっただろう。


 そして一年目が終わる少し前に、翌年に学園へ入る新入生の見学行事が行われる。


「助けてくださいお願いします」

「いくら出すんだ?」

「兄ちゃんから金毟るのかよ!!」


 吃驚したように声を上げたのは、ヴァイスの兄である現生徒会長。宰相の次男。彼はヴァイスとイリスに深々と頭を下げて、新入生の案内を頼むと言ってきたのだ。


「生徒会と有志の生徒で段取りしてたんじゃねぇの?」

「してた。けど見積もり甘かった。そこは反省してる。案内しに行った面子が帰ってこない」

「時間ちゃんと区切って仕切れよ」

「イリス嬢助けて!!」

「えっと……私は構いませんが……そのきちんと案内できるか……」


 イリスとヴァイスは事前の打ち合わせに出ていたわけでもなく、言ってしまえば当日ぶっつけ本番である。困っているのは案内を待つ新入生が少しずつ増えているのを見れば解ったので、自分で役に立つならと控えめに引き受けようとするイリスを眺めてヴァイスはため息をつく。


「どうなっても知らねぇし苦情はそっちに丸投げすっからな」

「イリス嬢とお前なら大丈夫!」

「案内順路の資料貸せ。あと明日はやらねぇから今日中に明日の手伝い増やす段取りしとけ」

「そこは既に手配してる。うん。頼りになる弟がいて俺は嬉しい」

「ミュラー家にそのうち行くけどな」

「まじでかよー。やだよー。ずっと俺と兄上の手伝いしろよー。お前補佐として有能なんだからさー」

「叔父貴に言えよ」

「やだよ怖い」


 ぶーぶーと文句を言いながら生徒会長はヴァイスとイリスに案内用の資料を渡す。最低限回るべき所、そして簡単な説明文などが書かれている。

 それにざっと目を通したヴァイスは、ちらりと集まりつつある新入生に視線を送って口を開いた。


「六人ずつ、三十分で回す」

「え?説明時間足りなくない?」

「説明は案内用資料に書いてあんだから自分で読ませりゃいい。質問に関しては移動時間内限定で受け付けるって前もって言っときゃ聞きてぇ事だけ聞いてくんだろ。ダラダラ案内すんの怠い。前もって資料は集まったやつに渡して読ませとけ。待ち時間に質問考えさせりゃいいんじゃねぇの」

「親切さのかけらもないけど、今はその思い切った判断が正しいと兄ちゃんとしては思ってしまうのが悔しい」

「煩ェよ」


 二人のやり取りを聞いていたイリスは小さく頷くと資料に目を通してそれを小さく折りたたむ。


「ルート覚えたか?」

「大丈夫よ。それじゃぁ行きましょうかヴァイス」




 本当に三十分丁度で帰ってきた、そう生徒会長が驚いた顔で二人を眺める。忙しない案内になるのかと思ったが、実際案内場所を回るだけであるなら十分だったのだろう、大きな苦情もなく新入生はヴァイスとイリスに礼を言って帰ってゆく。

 そして二人が案内する三組目。


「お義姉さま!」

「姉さん」


 ぱぁと表情を明るくした王家の末姫レアと、イリスの弟ロートスが声をかけてくる。


「一緒に来たのか」

「偶然レア様と入り口で会った」


 ロートスの言葉にヴァイスはちらりとレアに視線を送ると、彼女は嬉しそうにイリスに話しかけている。逆に他の面々は王族のレアがいることに萎縮しているのか居心地が悪そうな空気なのだが、それを気にした様子もなくイリスは全員に笑いかけると緩やかに挨拶をして案内を始めた。



「他質問」

「はい。裏山の魔物に関しては安全に管理されているのでしょうか」

「詳しくは一回目の実技授業で説明があるから良く聞いとけ。防壁魔具で敷地外には出ないようになってる。うっかり自分の手におえねぇ魔物に会ったら防壁外に逃げろ。次」

「図書館の照明魔具は最新型ですよね?」

「正確には一つ前の型ですわ。薄暗いと本を探し難いですので去年部屋全体を照らす照明魔具が設置されました」

「あれうちの本邸のお下がりだよな……」

「え?そうなの?ノイ領本邸の?」

「父さんが作った最新型の試作品本邸で使ってるから、要らなくなったの寄付した」

「そこうっせーよ。質問次」


 ヴァイスに注意されてロートスとレアは小さく肩を竦める。王家の末姫に平然と注意を飛ばすヴァイスに一同ぎょっとしたような顔をしたが、レアが気を悪くした様な顔をしなかったのでそのまま何事も無かったかのように移動を続けたのだが、ふと新入生の一人が足を止めたのでそれに気がついたイリスが声をかけた。


「どうかしましたか?」

「いえ、あそこに人がいるので迷子かなと」


 そう言われ指し示された先には噴水の前でぼんやりとする黄金色の髪の少女。制服を着ていないので部外者……今回の場合は入学予定者であろう。

 イリスが声をかけに行こうとしたが、ヴァイスが小さく舌打ちした後彼女を引き止める。


「他の組から逸れたんだろ。下手にこっちが回収して向こうが探し回っても面倒だから放っておけ」

「大丈夫かしら……」

「名簿で兄貴が管理してっから後で人数足りなきゃ本部で探す」


 そんな話をしている間に、その少女に駆け寄るルフトの姿が見えたのでイリスはホッとしたような表情を浮かべる。


「殿下の組だったのね」

「多分な。行くぞ」

「お兄様ももっとちゃんと案内すればいいのに。お義姉様やヴァイスの方がしっかりしてるわ」


 流石に迷子を出すのはいかがなものかと言うようにレアが眉をひそめるが、ロートスは苦笑しながら口を開いた。


「珍しくてよそ見してる間にはぐれたんじゃないの」

「それでも遅れたらお義姉様もヴァイスもちゃんとフォローしてる」


 先程足を止めた新入生にも直ぐにイリスは気がついたし、遅れればヴァイスがそれとなく追いつくように促していた。

 不服そうなレアの言葉にロートスは二人に視線を送る。そういえば新入生の案内をするとは聞いていなかったのに何故二人が案内しているのかと思いロートスは手を上げた。


「何で生徒会じゃない二人が案内してんの?」

「生徒会長の見積もり甘くて急遽頼まれた。あと一、二組案内したら帰る。次質問」


 心底面倒くさそうな顔をして返事をしたヴァイスを眺め、ロートスとレアは小さく笑った。




「帰る」

「助かった。本当に悪かった。イリス嬢もありがとう。この御礼は近いうちに」

「お気になさらないでください会長」

「ほらぁ!この優しさが弟に足りない」

「煩ェよ。明日は時間区切って回らせろ」

「それは反省会で改善案として出す。この後会議するし。あ、イリス嬢はお前送っていけよ。何かノイ家の馬車出払ってて迎えできないってロートス言ってたし」

「あぁ聞いてる。ロートスが今年から学園通う関係で荷物やら運んでんだろ。アイツは一足先に馬で来たって言ってた」


 現在中央にあるノイ家の屋敷に住んでいるのはノイ伯爵とイリスだけであるのだが、今年からはロートスも一緒という事もありイリスも楽しみにしていた。逆に一人先代当主と共にノイ領本邸に残る彼らの長兄は、長期休みの時は絶対帰ってくるようにとしつこい程言っていたとヴァイスは聞いている。

 頭を下げる生徒会長と別れてイリスはアイゼン侯爵家の馬車へ乗り込むとはぁっと息を吐き出した。


「やだぁ。緊張したぁ」

「兄貴が悪かったな」

「生徒会の勧誘断っちゃった手前これくらいは良いけど、練習時間欲しかった」

「上手く喋れてたんじゃねぇの」

「まぁ、何かあってもヴァイスがフォローしてくれたし。ありがとう」


 無愛想なので周りから敬遠されがちであるし、本人も余り周りに興味のない素振りを見せるので勘違いされがちだが彼はよく周りを見ている。寧ろ観察に近いだろう。幼い頃からミュラー商会に出入りしているので、人をよく見る癖がついているのだ。それもあって、細やかなフォローを目立たないがよくしているのを知っているイリスは瞳を細めて感謝の言葉を述べる。

 それに対してヴァイスは特別に表情を動かしはしなかったが、赤い瞳をつまらなさそうに馬車の外の風景へ移した。


「ロートスは生徒会どうするって言ってた」

「私やヴァイスがいないなら興味ないって。ロートス君はともかく、レア様も入るつもりがないのは問題よねぇ」


 はふぅ、とため息を思わずイリスがついてしまったのも仕方がないだろう。生徒会は役職上最低六名は必要で、基本生徒会役員からの指名制である。今年最上級生の役員が三名卒業するので、最低新入生から三名は選ばなければならないのだ。

 魔力が高く何事もなければ姉であるイリスと軍属魔術師となるのを希望しているロートス、そして末姫であるレア、この二人は新入生の中では生徒会に勧誘されるであろう事が予測されていたわけなのだが、周りの期待に反して二人は首を横に振っているらしい。


「そんでもまぁ、最低限は確保できんだろ」

「候補者今年は多いの?」

「第三魔術師団長の息子と財務トップの息子が入学する。この辺は多分断って来ねぇだろ」


 イリスは僅かに眉を寄せ、ルフトに付き合って出た社交の場で見かけた面々の顔を思い出す。第三魔術師団長は母親が懇意にしていたので何度か直接挨拶をしていたが、財務担当の方は遠目にしか見たことがなかった。


「団長の方は眼鏡の子で水属性……財務の方は……金髪のおっとりした感じの子だったかしら」

「そんだけ覚えてりゃ十分だ。眼鏡がオスカー・クレマース伯爵令息、財務はベルント・ゲルラッハ侯爵令息」

「頭に入ってるの凄いわよねぇ。でもそれじゃ二人だわ」

「……後は神殿推しの聖女候補辺りじゃねぇの」

「聖女?認定されたの?」

「国からはされてねぇな。病は治せねぇみてぇだ」


 魔法を使えるものはその能力の強さを問わなければそこそこいるのだが、治癒魔法を使える人間と言うのはこの国に限らず少ない。

 医学・薬学が他の国より発展しているので治癒魔法に頼らねばならないと言う程ではないが、それでも他所の国であれば喉から手が出る程渇望される能力で、治癒能力者を狙った人身売買や人攫い等も大昔は横行していた。それを防ぐために基本的に治癒魔法が使える者に関しては神殿が身分を問わずに後ろ盾につく。能力自体はかすり傷を治せるものから、大怪我を治せるものまで幅はあるのだが、その中でも病を治せる治癒能力者に関しては建国以来指の数で足りる程しか出ていない。

 そしてその者は国から聖女認定されて、神殿に加えて国からも後ろ盾を得るのだ。


「病を治せないのに聖女候補なの?」

「魔力量が多いらしくてよ。鍛錬を積めば至るだろうってのが神殿の主張だな。国としては至らねぇと認定できねぇから神殿の治癒師と同じ扱いだけどよ」


 傷を癒やす、病を癒やす能力は神からの福音である。そもそも魔法も神からの授かりものであるという主張の神殿とノイ家というのは折り合いが悪い。

 魔具という道具を以て擬似的に魔法を使えるようにするというのは神を冒涜していると初代ノイ伯爵はこれでもかという程神殿に嫌われた。本人は全く気にしていなかったし、気に入らないなら使わなければ良いと言い放ち更に油を注いだと言う話は有名である。

 ただ、国が魔具の開発に熱心であった上に、人間というものは一度便利なものを使ってしまえば抜けられなくなる。

 湯を沸かすのにわざわざ薪をくべなくてよくなった為に、湯をたっぷり使う贅沢とされていた入浴習慣が庶民にまで広がり公衆衛生の底上げになったし、物を冷やす事のできる魔具は地方特産品を国内隅々まで、果ては国外まで運べるようにした。

 結局神殿側も魔具が浸透すれば強くノイ家を批判する事はなくなったのだが、それでも何かと目の敵にされている。

 因みにノイ領は最低一つは領地に置かれる教会すらない。本来教会は庶民に簡単な勉強を教えたり、貧しい者を救う施設として機能しているのだが、あれこれと理由をつけて教会を神殿側が撤収させたのだ。ないならこっちで勝手にその機能を持つ施設を作ればいいと、その施設に魔具で稼いだ金を投じて更に神殿の神経を無意識に逆撫でしてくるのがノイ家である。元々信心深くないのもあるだろうが、神殿側が噛み付いて来るたびにどうでもいいと歯牙にもかけない態度なのだ。

 それもあってイリスは神殿というものに縁がなく、婚約手続きをした時に訪れたりなにかの儀式の時に王族の婚約者として参加する程度の繋がりしかない。

 一応王族教育の一環で神殿の立ち位置等は把握しているが、昔ほどこの国の民は熱心に信仰している訳ではない。祈っても魔物は襲ってくる、それを嫌と言うほど知っている大破壊世代等は寧ろ金食い虫だと蔑む者もいた。それでも国のセーフティとして必要だとそれなりに予算は割かれているし、熱心な貴族などは多大な寄付を行っていたりもする。

 割と神殿に対して意見は分かれる所があるのだ。

 ヴァイスはといえばミュラー商会自体が余り神殿に好かれていないので必要がなければ関わりにならないというスタンスである。商売相手ではあるが、積極的に仲良くしたいとも思わないし、お義理、そんな感覚なのだろう。


「聖女って事は女の子ね」

「子爵令嬢だと。まぁ、子爵じゃ生徒会入るのにやっかみも多いだろうな」

「でも聖女候補なんでしょ?」

「そう神殿が言ってるだけだよ。さっきも言ったけど、国からすりゃちょっと珍しい治癒能力者ってだけだ」

「まぁ、聖女認定なんて中々降りないわよねぇ」

「そーだな」


 そもそも怪我を治す魔法と病を治す魔法が同じ能力の延長線上にあるのかすらよく解っていない。全く別の能力なのかもしれないが、今まで認定されている聖女が両方出来たために恐らくそうであろうと思われているだけなのだ。だから怪我を治せる能力者の魔力量が多ければ病を癒やす能力が開花する保証があるわけではない。探せば怪我を治すことは出来ないが、病は治せるという能力者もいるかもしれない。ただ、少なくとも国の聖女認定を受けるには両方の能力が必要であるのだ。


「まぁ、魔力量多いなら病を治せなくても、治癒師としての能力も高いだろうから重宝されるだろうし大事にしないとね」

「……神殿からそうゴリ押しされてルフトが頭抱えてたんだよ」

「あー」


 聖女候補であると推してくる神殿と、認定していないのだから他の同じだという国側の間にルフトは立つことになる。無論神殿の話を聞かなければならない義務はないが、配慮ぐらいはしたほうがよいかもしれない、そんな所だろうかと考えてイリスは眉を寄せる。


「その辺は!次期生徒会長ルフト様の手腕の見せ所かと!」

「……助けるとは言わねぇのな」

「外野、ましてやノイ家が口出したらこじれるやつよ。まぁ、外野でできることはするけどね」

「あんま甘やかすなよ。これ位ェ手前ェで何とかできねぇなら王の補佐なんざ無理だろうしよ」

「ヴァイスは厳しいわよねぇ。口ではそう言ってもいつも裏では色々やってくれてる訳だけど」

「それが俺の仕事だからな。アイゼン家にいるうちだけだよ」

「ミュラー家に入るのは卒業の後?」

「そーだな」


 卒業をしてしまえばルフトは正式に兄である王太子の補佐につく。そうなれば既に宰相の手伝いをしている己の兄が上手く面倒を見るだろう。そう考えてヴァイスは口元を緩めた。


「漸くお役御免ってわけだ。存分に俺のやりたいことができる」

「乳兄弟なのにいいの?」

「好きでなった訳じゃねぇし」


 つまらなさそうに言い放ったヴァイスを眺め、イリスは困ったように笑った。

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