第8話

 基本学園には貴族が通う。中には裕福な商家の子女等もいるのだが、その中で魔法を使えるのは半分より少し多い程度。

 魔法基礎の座学は全員受けるが、実技に関しては当然魔法が使える者のみとなり、それ以外の生徒は芸術関係の授業か武芸の授業を受ける。

 そして更に軍属を希望する者は放課後に定期的に開催される追加講習を受けることが多い。現役騎士・現役魔術師が実地訓練を行ってくれるという事もあり受講者も毎年多く集まる。

 元々騎士希望のオリヴァー、魔法も剣術も扱えるルフト、軍属魔術師として恐らく前線に出るであろうイリスは当然その追加講習を受けている。ヴァイスに関しては魔法が使えるとはいえ、軍属希望ではないと常々言っているのもあり追加講習は受けずにいつも図書館で時間を潰していた。

 そして今年入学したロートスも追加講習を受けている。態々教えを乞わなくても魔物討伐は嫌というほどやっているし魔法の制御に問題はない。ただ、風切姫が完全に天才肌だった為に魔法を教えるということに対しては絶望的に向いておらず、ロートスはほぼ独学と実践で腕を上げていたのもあり、一度きちんと習ってみるのも良いだろうと周りに言われたのだ。

 実際きちんと習ってみれば成程その方が効率が良いと感心することもあったし、姉であるイリスが言うように無駄ではないと思っている。

 そして何度かの制御訓練を経て問題がないと言われた生徒は、学園の裏山へ初めて足を運んだ。

 防壁魔具で裏山をすっぽり覆っている訳なのだが、その中には魔物が徘徊している。定期的に大物は騎士団が駆除しているし、言ってしまえば初心者向けの魔物ばかりなのでそもそも魔物と対峙したことがない者の練習場となっている。


「手におえないと思った場合は迷わず防壁外へ逃げるように。救援筒の使い方も大丈夫ですね」


 流石に緊張する生徒の多い中、ロートスは渡された救援筒を確認する。魔力が低い者は効率的に魔法を放つための補助として杖を持っている者もいるが、彼は母親も父親も使っていなかったので寧ろ手ぶらの方がやりやすいと持ち込んでいない。一応と護身用の剣を腰からぶら下げてはいる程度である。

 騎士志望の者たちはそれぞれ使い慣れた剣を持ち込み、それに手を当て落ち着かない様子であった。そんな中、ロートスの隣に立っている男が瞳を細めて笑う。


「あんま緊張しないクチ?」

「割と慣れてる。魔物討伐は自領でやってた」

「あぁ、いっぱい魔物出る地域だった?」

「いや、狩り尽くして他所に出てた」


 地域によっては魔物が多く領主が魔物討伐隊や自警団を作っているところもある。申請すれば中央から騎士団が派遣されるのだが、手続きや距離の問題である程度自領で処理できるようにしているのだ。ただ、ノイ領の様に乞われて他所にまで出張する余力のある所は少ない。


「え?ノイ伯爵領?お前ロートス・ノイ?」

「そうだけど」

「まじか!そんでレア様とかイリス様と一緒に昼飯食ってたのか!」

「姉さん知ってるの?」

「……いや、知らない奴学園にいないだろ。第二王子の婚約者だし。あ、おれはマルクス・クラウスナー」


 マルクスと名乗った男は人懐っこい笑顔をロートスに向ける。ちらりと確認したが杖の類ではなく剣を腰から下げているので騎士志望だろう。そう考えてロートスは短く、よろしく、と返事をした。学園に通いだして一ヶ月以上経ったが、余り自分に親しげに話しかけてくる者はおらず、それに対してなんら不便も感じなかったのでロートスはそのままにしていたのだ。この様子だと王族であるレアが親しげに話しかけてくるのもあり、敬遠されていたのかもしれない。姉は第二王子の婚約者であるがノイ家自体は伯爵家であるので、一応上位貴族に数えられるが敬遠されるという程ではない筈だ。

 建前上学園内では身分関係なく平等に学ぶ機会を与えられる、共に切磋琢磨する仲間であれ等と綺麗な話を入学時にされているが貴族内での身分の壁は厚い。親の身分がそのまま子にスライドする等というのはよくある話であるし、派閥同士で険悪な空気を出しているのもロートスは知っている。

 そういう意味では余りにも中央政治に無関心で、社交の場にすらイリス以外はまともに出ていないノイ伯爵家末っ子の顔が知られていないのも仕方がない話である。


「うちも小型はちょこちょこ討伐してるんだけどさぁ。貧乏で傭兵雇えないから自前で」

「魔物素材全部持ち帰って良いなら、うち割と安価で討伐引き受けてるけど」

「まじで。そうなの!?」

「飛竜ぐらいまでならうちの討伐隊狩る」

「……いや、飛竜とか上級じゃん。それ狩れたら何でも狩れるじゃん」


 呆れたようなマルクスの言葉に、そうなのかと言うようにロートスは僅かに瞳を見開いた。飛竜など身体が大きく素材が沢山取れるので嬉々として狩りに行っているし、翼をもいでしまえば騎士でも止めをさせるのでノイ領では古龍と呼ばれる特殊な竜ならともかく、飛竜程度であれば飛べるトカゲ扱いをされている。魔法を使う種類も多いので対応自体は細心の注意を払うべきであるが恐れるほどではない、あれは飛べるトカゲだ、ロートスの母親はそう言っていた。

 そんな事をぼんやりと考えていると、班分けがされるらしく次々と名前を呼ばれる。恐らく教官がバランス良く組んでくれたのであろう、ロートスの班は騎士二名、魔術師二名の班であった。

 騎士の一人はマルクスとその友達らしい男モーリッツ・ベック。そして魔術師の男が自己紹介をする。


「オスカー・クレマースです」

「ロートス・ノイ。よろしく」


 ロートスが名乗ると、オスカーは神経質そうに眉を僅かに上げた。


「よーし!がんばっちゃうぞー!」


 元々人懐っこい雰囲気を持つマルクスは、笑顔を浮かべてロートスとオスカーの間に割って入る。緊張をほぐすためであろう、にこやかにオスカーに声をかけた。


「準備いい?課題は下級魔物討伐。種族は問わない。最低三体」

「解っている」

「眉間の皺は癖になるぞ!」

「貴方こそ真面目にやったらどうなんだ」


 お世辞にも自分も愛想が良いとは言えないが、かなりツンケンとした性格なのかとオスカーの態度に僅かにロートスは呆れたが、言われたマルクスは気にした様子もなく前の班が出発するのを眺める。

 すると教官が彼らのそばへ来て班のリーダーを確認してきた。


「俺です!」


 相談すらしていないのにも関わらずさっと手を上げたマルクスに頷くと教官は名簿を確認した。


「ロートス・ノイ」

「はい」

「今日は初心者に魔物に慣れてもらう訓練です」

「……サポートに回ります」


 恐らく魔物狩りの経験があるのを教官も知っているのだろうと思ったロートスがそう言葉を放つと教官は満足そうに頷く。


「彼だけ特別扱いという訳ですか」

「彼だけではありません。マルクス・クラウスナーもサポートに回ってください」

「了解しました」


 オスカーのムッとしたような言葉に教官は涼しい顔でマルクスにもサポートの指示を出す。


「あなた方は領地で魔物討伐に参加したことがあるので本日の実地訓練は退屈なものかもしれませんが」

「いえ。普段やらない事をするのも勉強になると姉から言われていますので」

「そうですか。では皆さん頑張ってください」


 教官は柔らかく笑うと一同を送り出す。制限時間内に魔物を探すところから始めなければならないのは面倒だが、全く遭遇しないと言うこともないだろうとロートスは元気よく先頭を歩くマルクスに視線を送った。すると彼はくるりと振り返り口を開く。


「ロートスは魔物の気配わかる?」

「いや、あんま得意じゃない。普段はヴァイスか姉さんが探してるから」

「ヴァイス?ヴァイス・アイゼン様?」

「そう。魔法は追跡魔法だけど、魔物探すのも上手い。完全にサポート型」

「まじで。前線でガンガン行きそうな感じなのにな」

「ヴァイスも知ってるんだ」

「いつもイリス様と一緒にいるだろ?おっかない雰囲気出して」

「そう?割と面倒見いいけど」

「無駄話するなよ」


 心底嫌そうにオスカーが眼鏡を上げながらそう言葉を放つ。それを眺めてマルクスは口元を緩めた。


「緊張解けた?」

「は?緊張してないし」


 いやしてただろ。杖握りしめて猫背だったろ。思わずロートスは突っ込みたくなったが、きっと言えば反感を買うだろうと黙っていた。逆にモーリッツはおっかなびっくりの様子を隠しもせずにマルクスに張り付いている。


「ロートスは小型一撃でいける?」

「小型ならいける。中型だと森に引火したりするから一撃で倒せる火力出したら逆に危ない」

「火魔法そこが厄介だよなぁ。オスカーは水だっけ?多少森に燃え移っても消せる?」

「当たり前だろ!」

「そっか。そんじゃ二人の魔法で怯ませて、俺たちがボコればいいか」

「簡単に言うなよ!!マルクス!!」

「大丈夫だって。俺とお前ならいける!!」


 腰が完全に引けているモーリッツに対しマルクスは笑顔を向けるとバンバンと肩を叩く。怯ませてと言うことは一撃で倒さないように加減するのかと考えてロートスは僅かに眉を寄せた。しかしながら教官が言っていた趣旨ならば仕方ないだろうと頷く。


「そんじゃ先にオスカーな」

「は!?」

「いや、同時に打ったら相殺される。別にこっちが先でもいいけど」

「やる。でしゃばるな」


 ムキになった様にオスカーが声を上げたので、ロートスはあっさり引き下がり集団の一番後ろにつく。先頭はマルクスで初心者を間に挟む感じになる。

 そして小さな物音。それにロートスだけではなくマルクスも気がついたのか、足を止めて剣に手をかけた。


「一角うさぎ。多分前にそのまま突っ込んでくるから角に当てて」

「解ってる」


 ささやく様なロートスの声にオスカーは杖を構えた。肌に刺さるような気配が近づいてくるのに気が付き、例えばヴァイスなら三倍の距離でも察知しただろうと考えて彼の魔法とはまた違う危機察知能力に改めてロートスは感心する。


 飛び出した一角うさぎにオスカーは水球をぶつける。あいにく角には当たらなかったが、顔面には当たったので仰け反った。その瞬間ロートスは小さな火球を一角うさぎの後ろ足に当てる。これで脚力は奪えたはずだとロートスはマルクスに視線を送った。

 あとは二人に任せてロートスは周りに視線を走らせる。一角うさぎは群れで行動するので他の個体が飛び出してこないか注意を払う。今日に関しては大人数の生徒が追い回しているのでバラけている可能性のほうが高いが、念の為に、そう思ったのだ。


「よし!」


 怖い怖いと悲鳴を上げながらも剣を奮っていたモーリッツにマルクスは元気よく声をかける。ぐったりして動かない一角うさぎのそばにヘナヘナとモーリッツは座り込んだ。


「一応焼いとく?今回素材は取らなくていいんだよね」

「素材は何も言ってなかったなぁ。念の為に焼いとくか。いける?」

「いける」


 リーダーであるマルクスに一応確認してからロートスは指を鳴らした。するとあっという間に一角うさぎが炎に包まれる。

 それをオスカーは言葉もなく眺める。


「姉さんなら首落とすんだけど。いい匂いするから他の魔物寄ってくると思う」

「ひぇ!」


 思わず悲鳴を上げたモーリッツにマルクスは笑いかける。


「だいじょーぶ。お前今頑張ったじゃん。初勝利おめでとー。次はオスカーに止め刺してもらう」

「水魔法はあんま知らないんだけど、水球で昏倒させる感じ?」

「窒息させればいいじゃん。できるよなオスカー。水のボールみたいなの魔物の顔に作るやつ」

「できる。っていうか、あれこれ指図するな」

「俺リーダーだし!今はチームだし!」


 成程、マルクスは確かにまとめ役に向いているとロートスは感心する。魔法に対しても幅広く知っているし、個々の得意なことはきちんと把握して指示を出せる。ヴァイスにタイプが似ているかなと考えながら、またロートスは最後列につこうとした。

 しかし、突然悲鳴が聞こえて声の方へ視線を送る。


「何だろ」

「行く?一応教官も森に散らばってるみたいだけど」

「一応見に行くかぁ。やばかったら逃げる感じで。それだけは守れよー」


 生徒の監視と手助けをするために教官が特に今日は多めに森に配置されているとロートスは聞いていた。するとマルクスは授業の一番最初に聞いた、手におえないと思ったら防壁外へ逃げると言う指示を再度確認するように言い放つ。

 今までは何かと反発しがちであったオスカーもその言葉には素直に頷いたので、満足そうにマルクスは笑い早足で移動をはじめた。

 そして目視した魔物に対し、ロートスはすぐさま魔物の目の前に派手な火柱を一瞬上げる。

 灰色の毛を持つ熊型の魔物。中型に分類され、冬場は活動しないが春先は凶暴になるという厄介なソレに思わずロートスは舌打ちをした。


「二人は腰抜かしてる生徒担いで逃げろ。俺とロートスで気を引く」


 そう言い放ったマルクスはどこから取り出したのか細身の短刀を三本抜き、熊の足元に放った。当たりはしたが硬い毛皮に弾かれ地面に落ちる。しかし気は引けたのだろう熊はロートス達の方へ身体を向けた。そのすきに腰を抜かした生徒をオスカー達が担いで逃げ出したが、杖を握りしめたまま動かない女生徒の姿が視界に入りロートスはまた舌打ちをする。それにマルクスも気がついたのだろう。声を上げた。


「君も逃げろ!」

「でも!ここで私達が逃げたら他の生徒達が!」

「はぁ!?授業聞いてた!?逃げろって!!」


 涙目で杖を構えながらそう言う女生徒にマルクスは怒鳴りつける様に声をあげる。その間にロートスは再度火柱を上げて熊型魔物を威嚇する。燃やしても良いが、余りにも木が密集しすぎている。逃げる逃げないの問答をしている間があればさっさと逃げればいいのにと考えながら視線を巡らせると、魔物の右目に刻まれた印に気がつく。


「マルクス!その女と姿勢低くしろ!」

「は!?」


 驚きの声を上げたもののマルクスの反応は早く、女生徒のそばに滑り込むと足払いを食らわせて転ばせた。それを確認したロートスは身をかがめながら火球を作り魔物の足に放つ。その熱と衝撃で魔物の身体が一瞬硬直した。

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