第17話 カップル厨の矜持
例えばの話だ。
A君という男の子がいたとしよう。
彼にはB君とCさんという友達がいて、よく三人でつるんでいた。
三人で遊ぶうちに、A君はB君とCさんがお似合いだという事に気付き、二人の恋の手助けをしていたんだ。
B君はCさんの相談によく乗っており、CさんはB君と一緒にいればきっと幸せだろうと考えていた。
しかし、そう考えていたある日のことA君はCさんに告白されてしまう。
A君は、B君がCさんのことを憎からず思っていることを知っている。
A君はCさんのことを女性として魅力的だと考えているが、恋心は持っておらず、友人として大切な存在だと思っている。
▼▼▼▼
「この場合、A君がするべき行動は何だと思う?」
「…………」
俺が口を閉ざすと、リーゼットとラフィーはぽかんとした表情で顔を見合わせた。
まぁ、自分でも突拍子のない相談だとは分かっているから、それに突っ込むことはない。
「……私には、恋心というものが分かりません」
最初にポツリと口を開いたのはリーゼットだった。
彼女はいつもと同じ真顔で俺をじっと見つめている。
「え?」
しかし、その言葉に不思議そうな反応が返ってくる。
心底驚いたような顔をしたラフィーのものだった。
俺とリーゼットは思わず彼女の方を向いてしまう。
その視線に気付いたラフィーは慌てるように顔の前で両手をパタパタと振った。
「え、えっと、リーゼットさんはいつもヴィクセン様の側にいて甲斐甲斐しい様子だったので、私はてっきり……!」
どうやら、ラフィーの目にはリーゼットが俺に恋慕しているように映っていたらしい。
もしかしたら、平民である彼女には従者という概念がないのかもしれないな。
そう思えば、確かにリーゼットは自分から俺の世話をする恋する乙女に映る……のかもしれない。知らんけど。
「いいえ。私がヴィクセン様に従っているのは、受けた恩を返すため、そして忠誠心ゆえのみです」
「恩、ですか」
「ヴィクセン様は孤独だった私を救ってくださいました」
「へえ……」
俺はその話を聞いて、非常に興味が注がれた。
何故なら、『ソドアス』において最期までヴィクセンに従ったリーゼットだが、何故彼女が悪役でクズのヴィクセンの従者を最後まで止めなかったのかは語られることが無かったのだ。
その疑問を晴らしたい欲に駆られるが、それよりも早くリーゼットが口を開く。
「私は、恋を知りません。そういった感情を理解できず、また持ったこともありません。ですので、ヴィクセン様のご相談に適した答えは導けないでしょうが……告白をする女性には非常に大きな勇気が必要だと聞いたことがあります。ですので、A殿は今一度C殿の告白を改めて考えるべきかと」
「改めて?」
「はい。A殿はC殿に恋慕をしていませんが、魅力的だとは思っているのですよね? でしたら、改めてC殿のことを見つめなおすと、C殿の気付いていなかった魅力を再発見し、恋仲になってもいいかもしれないという考えが浮かぶかもしれません」
恋を知らないと自分で言っているが、リーゼットの助言には舌を巻いてしまう。
しかし、今回ばかりは、彼女の話を正面から受け止める訳にはいかない。
だって、それではA君――ヴィクセンはCさん――ローゼリアと付き合ってしまう可能性があるではないか!
俺はどうにか穏便に当たり障りなくローゼリアの告白を拒絶しキースとくっつけさせたいんだが、その意図は伝わっていないらしい。
いや、当然と言えば当然なんだが。自分でA君とか言ってぼかしてる訳だし。
「そうか、ありがとうリーゼット」
「いいえ、従者として主人の悩み事を聞くのは当然のこと。むしろ解決する術を持たず申し訳ない気持ちです」
「そんなことはない。お前の存在はいつだって俺の支えになっている」
「ほ、本当ですか!?」
俺の言葉に鉄仮面が剥がれ嬉しそうな顔を覗かせるリーゼットだが、別に俺の言葉に嘘はない。
ヴィクセンの悪い噂は全校生徒に知れ渡っているらしく、時に俺は冷たい視線に刺されることがある。
そういった見覚えのない悪意に晒されても平静を保てているのは、後ろに俺を絶対裏切らないだろうと確信の持てるリーゼットがいるからだ。
「リーゼットさーん! 少し手伝ってもらっていいですか!?」
しかし、そんな表情を見せるリーゼットに水を差すような声がかけられる。
見れば、訓練中の生徒たちだった。
リーゼットは紅組の中でも戦闘力が高い。そのため、模擬戦の相手として引っ張りだこであった。
「申し訳ありません、ヴィクセン様。行って参ります」
「ああ。気にするな」
リーゼットは足元の訓練用槍を拾い上げると、タッタと生徒たちの方へ駆け出した。
そうなると、必然的にその場にいるのは俺とラフィーだけになる。
ラフィーは以前であれば大貴族である俺と二人きりになると過剰に緊張していたが、短い期間ですっかり慣れたようでこの状況でも平然としていた。
「あ、あの、ヴィクセン様」
「ん?」
リーゼットが生徒たちのもとへ行ったのを見て、ラフィーは恐る恐ると言った様子で口を開く。
「もしかして、今の話はローゼリア殿下とヴィクセン様の話でしょうか……」
「ぶっ!」
俺は思わず噴き出す。
「……なぜ、分かった?」
「あ、その様子ですと当たっていましたか」
「……ちなみにB君にも心当たりはあるか?」
「もしかして……キース、ですか?」
「お前もしかして祖父が探偵だったりしないか?」
「た、たんてい……?」
あまりの名推理っぷりに、俺は動揺してしまう。
ラフィーが急にじっちゃんの名にかけてとか言い出したらどうしようと思ったが流石にそれは大丈夫だった。
「い、いえ、だって今日からローゼリア殿下はヴィクセン様にべったりですし、噂では昨日、盗賊に襲われたローゼリア殿下をヴィクセン様が救ったと……」
「ああ……」
昨日の盗賊騒ぎについては、未だ学園は沈黙を保っている。
いや、秘匿しているというより、情報を集めているのだ。
学園内に盗賊がいたなど、そのまま公表してしまえば何を言われるかたまったものじゃないからな。
だがまぁ、ことがことだ。その話はあれよあれよと噂になり生徒たちの大半に知れ渡っているらしい。
「なぜキースだと思った?」
「ヴィクセン様って、やけに私をキースの方へと行かせようとするじゃないですか。それと、以前ギリアさんやローゼリア殿下にも白組に行かせようとしていたのでもしやと思って」
「…………」
なんて鋭い洞察力なのだろうか。
「あの、ヴィクセン様の望むような言葉じゃないとは思うんですけど、いいですか?」
「……言ってみてくれ」
ラフィーが言いたいのは俺の相談事についてだろう。
リーゼットと違って、ラフィーは俺がA君であることを理解している。
より芯の食った答えを聞けるかもしれない。
「……私の村に住む一番年上のおじいちゃんの話なんですけど」
「……ん?」
全く予想していない角度の言葉に、俺は思わず首を傾げる。
しかし、ラフィーは口を閉ざさず、話を続けた。
「おじいちゃんは六十を越えるのに独身なんです。それも、奥さんに先立たれたとかではなく、生涯で一度もそういった関係の相手を作らなかったんです」
流石に無関係の話ではないだろうと思い直し、俺はラフィーの言葉に耳を傾ける。
「なんでも、おじいちゃんにも昔々好きな人がいたらしいのです。素朴なお人ですけど、気立てが良くて誰とでも仲良くなれる女性だったと聞いています。おじいちゃんたちはとっても仲良しで、村の誰もがいつか結婚するだろう……そう考えていたある日、貴族様が村に来たんです」
あ、なんか嫌な予感がする。
カップル厨にして純愛過激派である俺が憤死してしまう話が来る予感が。
「おじいちゃんが好きな人が貴族様の目に留まったらしく、側室にならないかと言われたそうです」
「うっ……」
「ど、どうしたんですか!? ヴィクセン様!?」
「なんでもない、続けてくれ……」
「は、はぁ……。それで、その女性はおじいちゃんがいるから断ろうとしたんですけど、おじいちゃんはこう思ったそうです。『こんな貧しい村で俺なんかとくっつくよりも、側室とはいえ貴族の庇護下に入った方が彼女としては幸せなんじゃないか』」
「…………」
何故だろう。
本来NTRモノは自動的に排除する俺の脳に、ラフィーの言葉はするすると入ってくる。
「それでおじいちゃん、村の皆の前でその女性に『俺はお前のことなんか好きでもなんでもない』って宣言して、それにショックを受けた女性は貴族様と一緒に村を出て行っちゃったんです」
「…………それで?」
「はい。その数年後、その女性が出産と共に亡くなってしまったという手紙が届いたんです」
「――」
「その手紙には遺族の家族に少なくないお金と、遺品が入っていて……。その中には遠い昔おじいちゃんが女性に贈った装飾品が」
「それ、は……」
「深く落ち込んでしまったおじいちゃんはそれからも誰とも結ばれることなく、未だあの時の選択を悔やみ独身を貫いている……という理由だそうです」
「…………」
なんというか、細部は違うが俺と状況は似通っているかもしれない。
間違いなくその女性もおじいちゃんのことが好きだったはずだ。
だが、おじいちゃんはその女性は自分よりも貴族と結ばれた方が幸せだと考えた。
ローゼリアも、俺の事を好いてくれている。
しかし、俺の知る限りローゼリアが幸せになる方法は、キースと結ばれることのみ。
……身につまされる話だ。
「だから、こういう言い方は不敬かもしれませんが……」
「構わん。言ってみろ」
「ヴィクセン様は、一度自分の心に正直になった方がいいかもしれません」
「……」
自分の心に正直、か……。
確かに俺は、ローゼリアを魅力的な女性だと思っている。
だが、彼女が俺と結ばれて幸せに――女帝となる彼女の夢を叶えられるか分からないし、そもそも彼女が好きなのは俺じゃなくヴィクセンだろう。
それに、ローゼリアの隣にはキースがいて欲しいというカップル厨の俺もいる。
…………どうしたらいいんだろう。
頭の中をぐるぐるさせていると、いつしか空が真っ黒に染まっていた。
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