第16話 カップル厨の葛藤
「ヴィクセン。私、貴方が好きよ」
綺麗な夜空をバックに、ローゼリアはその美しい顔にほんのり朱を差しながらそう言った。
「あ、え、あ……?」
そしてその言葉に、俺は思いっ切り混乱していた。
だが、仕方ないだろう!?
俺はこの世界で何故かヴィクセンとなってから、ヒロインたちと主人公をくっつけることを目標にして動いてきたんだ!
それがどうしてこんなことになっている!
ローゼリアがヴィクセンに告白するなど『ソドアス』プレイヤーから総突っ込みが飛んでくるぞ!
「返事を、聞かせてくれる?」
しかし、ローゼリアは俺の混乱をよそに返事を急かしてくる。
その表情は真剣そのもので、少しの体の震えから緊張が伝わってくる。
「む、無理だ……」
「どうして?」
「……俺は嫌われ者のヴィクセン。乱暴者のヴィクセンだからな。皇女ともあろうお前がそんな俺と恋仲になるなど醜聞がたつだけだ」
なんというか、この会話は原作を考えればまるで立場が逆だな。
だって『ソドアス』ではヴィクセンがローゼリアにしつこく求婚し、ローゼリアはそれをあしらっていたからな。
現実逃避でそんなことを考えていると、ローゼリアはゆっくりと首を横に振った。
「確かに、少し前までのあなたならそうかもしれないけれど、今の貴方ならそんな評価すぐ覆るわ。明日にでも変わっているかも。だって、身を挺して私たちを守ってくれたのだもの」
「い、いや……じゃあ、あれだ。俺はお前の相手に相応しくない」
「そうかしら? 皇女が公爵の息子に嫁入りするのは不思議ではないわ。それに、貴方は次男と言っても、貴方のお父様は侯爵の爵位ももっていらっしゃるし」
だめだ。逃げ道を全て防がれてしまっている。
自分の顔が青くなっていくのを感じていると、俺の両手が優しく包み込まれる。
「それに。貴方の評価とか出自とかに関係なく、私は貴方が好きなの。お分かり?」
「っ!」
ローゼリアは緊張が解けてきたのか先ほどまでの震えがなくなり妖艶な笑みでこちらを見つめる。
危ない所だったぜ。十年以上カップル厨をしてなければ思わず頷いてしまう所だった……。
勝気そうな女の子の流し目はくるものがある……!
「い、いやだが俺は――」
「…………」
改めて彼女の告白を断ろうとするものの、彼女の真剣な表情に圧され二の句が継げない。
ま、まずい。本格的にまずい。このままでは俺のヒロイン全員主人公にくっつけさせちゃえ作戦が破綻してしまう!
このままではカップル厨として人生を捧げてきた俺の人生に顔向けできない……!
「はぁ……」
「……?」
俺が頭の中でどう切り抜けようかと画策していると、ローゼリアは呆れたような表情で溜息をついた。
あ、諦めてくれたか?
「まぁいいわ。今日は貴方も疲れているでしょうし、無理に答えを聞くつもりもない」
ローゼリアはすくっと立ちあがり、ドアの方へと歩いていく。
俺は思わず胸を撫で下ろした。
どうやら一難去ってくれるらしい。
「でも、私は勝利に貪欲な女よ。一度はあきらめた遠い昔の初恋、今度こそは勝ち取って見せるんだから」
こちらを見ずにそう言った彼女は、今度こそ医務室から出て行った。
い、一難去ってまた一難……。
▼▼▼▼
どうやら、彼女の言葉は本気のようで次の日からローゼリアの猛アタックが始まった。
「おはよう、ヴィクセン様!」
「ああ、おはよう」
翌日、イドニック騎士学園三日目。
リーゼットと登校した俺は、相変わらず元気な斧使いヘインリッヒと挨拶をして席に着く。
一時間目は戦術の授業だ。教本を机に出し先生を待っていると――
「隣、お邪魔するわよ」
「チッ!」
視界の右端に深紅が映る。
それと同時にそれだけで人を殺せるんじゃないかと思える程鋭い舌打ちも。
「ロ、ローゼリア!?」
「えぇ。おはようヴィクセン。せっかくなのだから一緒に授業を受けましょう?」
「何が折角なんだよ!」
「おいてめぇ! ローゼリアの言う事が聞けねえのか!?」
「そう言うなら、お前はまずその目を止めろ!」
俺の右隣に座ったのはローゼリアだった。
隣にはこちらを睨みつけるユリヤもいる。
「……リーゼット、席を変えるぞ」
「よ、よろしいのですか?」
「だめよ」
「おぉ!?」
思わず席を立ちあがった俺の腕を、ローゼリアが掴み無理矢理にでも座らせる。
その衝撃で、俺と彼女の顔は近く――ガチ恋距離とでもいうべき近さになってしまった。
「…………」
「……えっと」
相変わらず、綺麗な顔だ。威厳すら感じられる顔だが、所々年相応の表情も見える。
きっと、俺が元いた世界で同じ学校に通っていても一生話すことはなかっただろう、まさに高嶺の花。
そんな美貌を持つ彼女とこんな至近距離で見つめ合っているこの現状に気付き、俺は自分の顔が熱くなっていく感覚を覚えた。
「や、やっぱり席を――」
「もう無理よ、ほら」
ローゼリアが指さす方では、すでに教壇にヨーレが立っていた。
どうやら授業が始まる時間らしい。
「さあ、一緒に楽しい授業を受けましょう?」
本当に楽しそうな表情で見つめられ、俺はただ顔を赤くさせることしかできなかった。
▼▼▼▼
その後も、彼女のアタックは続いた。
例えば、剣の授業。
二人組を作って模擬戦をしろと言われれば、リーゼットよりも早く俺の側に来た。
慌てた俺は、キースと組めと言ったが、
『彼も悪い人ではないけれど……今の私が一緒に組みたいのは貴方よ』
という言葉で逆に説得されてしまった。
その後の昼休みでも、無理矢理腕を引かれ一緒に学食で昼飯を摂った。
嫌われ者のヴィクセンと人気者のローゼリアという不思議なコンビは奇異なものを見るような視線を集めたが、ローゼリアは非常に楽しそうだった。
一日中絶世の美女と過ごすと言うのは体に悪い。
最早俺は今日だけで一生分の鼓動を鳴らしてしまったのではないだろうか。
そして放課後。俺はとうとうローゼリアから解放され、紅白戦に向けて紅組の者たちと訓練をしていた。
しかし――
「はぁ……」
「あの、リーゼットさん」
「なんでしょうか、ラフィー殿」
「ヴィクセン様、どうしたんですか? 今日はずっとあの調子ですが……」
「分からないのです。どうも今朝からため息が多く……」
俺の頭を占めるのはローゼリアのこと。
俺はラノベなんかの鈍感系主人公じゃない。ローゼリアが俺のことをちゃんと好きだという事は分かっている。
だが、それはヴィクセンであって、俺ではないのだ。
俺はヴィクセンの体に乗り移ってしまった一般人二宮繁。
ローゼリアが恋しているのはそんな哀れな日本人じゃなく、彼女の幼馴染であるヴィクセンなのだ。
彼女の初恋は、俺じゃない。この身体本来の持ち主のはずだ。
そう考えれば考える程、俺は心臓が縛られるような感覚に陥る。
それに、ローゼリアが救われるためには
ヴィクセンとローゼリアのカップリングには、カップル厨としての俺は勿論、一『ソドアス』プレイヤーの俺としても許容できない事情があった。
「あ、あの、ヴィクセン様よろしければ私たちにお話しください」
その声に頭を上げると、心配そうに眉を下げるラフィーがしゃがみこむ俺を覗き込むように見ていた。
「ああ……ラフィーか。……お前もそろそろ【修道士】として立派な力が付いた。この辺りでキースの組にいかないのか?」
「え? な、なにを仰いますか。私に正しい道を教えてくれたのはヴィクセン様じゃないですか! 私は紅組で戦いますよ! と、というかそうじゃありません! 何か相談事があるなら乗りますよ!」
「相談、ごと……」
ラフィーの後ろでは、彼女と同じような顔をしたリーゼットが立っている。
相談、相談か……。
確かに、これは一人で考えても仕方がないことだろうし、俺は少しでも体を苛むこの苦しみを軽くしたかった。
だから、その甘言とでもいうべきその言葉に俺は、乗っかってしまったんだ。
「た、例えばの話だが――」
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