第13話 悪役貴族の初戦闘(上)

 背の高い木々の葉が日光を遮った薄暗い森。

 ウエレ森は無駄に広く、ここで叫んでもきっと入り口を警護している騎士にはその声は届かないだろう。

 木々の隙間から生温かい風が吹く。その風は俺のこめかみから垂れる汗を撫で、俺は思わず鳥肌が立ってしまう。


 だが、その気味の悪さはそれだけのせいではない。


「ヘヘヘ……」

「覚悟しろよ? お坊ちゃんたちよぉ?」


 俺たちを取り囲むように立つ盗賊たち。

 全員が粗末なものに身を包み、浮かぶ表情は下卑そのもの。

 

 しかし、全員が握る武器は鈍い輝きを放っておりこちらに害意があるのは当然だった。


「……てめぇら、何が目的だ」


 俺の言葉を代弁するように、ユリヤが俺に対するそれよりも低い言葉で問いかける。

 ユリヤはローゼリアに仕える前までは暗殺者として生きていた。そんな人間の鋭い眼光は盗賊たちの目を伏せさせるには充分だった。


「そんなもの、当然だ。お前たちを捕らえ、莫大な身代金を手に入れる。考えなくても分かるだろう?」


 だが、その視線に耐える者が一人いた。

 その男は周りの盗賊と比べ一際屈強で、笑いながらこちらを見る余裕すら感じられる。


「そんなこと出来ると思っているの? あなた達が相手どろうとしているのはヘルタライア帝国そのものよ? 人攫いなんてやめて大人しく投降を――」

「……あ?」


 盗賊たちをなだめようとするローゼリアの言葉を、屈強な盗賊――盗賊頭は厳つい表情と共に遮る。

 その表情に滲み出ているのは、はっきりとした怒りだった。


「人攫いなんてやめろだぁ……? ふざけんな!」

「…………」


 森中にこだまするのではないかと思えるほどの怒号を吠える盗賊頭。

 しかし、その怒りを真正面から受け止めたローゼリアは表情をぴくりとも変えない。


「俺たちが盗賊に身をやつしたのはなぁ……もとはと言えばお前ら皇族や貴族がまともな政をしないからじゃねえのか!?」

「……!」


 その言葉に、ローゼリアは僅かに表情を歪ませる。


「上がる税に、魔物から村を守る騎士すら派遣しねぇ己が大事な貴族共……。こんな世の中でどうやってまともに生きろって言うんだよ!」

「そ、れは……」


 ローゼリアは僅かに震えた声を出す。

 俺は知っている。


 ローゼリアは腐敗した帝国を変えるべく、歴史上初の女性皇帝となるために生きている。それを人生の目標としている。

 そんな彼女だからこそ、盗賊頭の言葉は響いてしまうのだ。


「ローゼリア……。しっかりしろ。今はそんな言葉に耳を傾けている暇は無いぞ」

「……ヴィクセン」


 だが、俺はローゼリアに同情の言葉を与えない。

 盗賊たちに囲まれているこの現状で、落ち込んでいる余裕はないのだ。


 俺は冷静に周りを見渡す。

 俺たちは、俺、リーゼット、ローゼリア、ユリヤの四人。

 対する盗賊たちは六人。それぞれが剣、槍、斧を装備している。


(……ユリヤを一人だけ離脱させ応援を呼ばせるか?)


 そんな考えが頭に浮かぶが、俺はその考えをすぐに捨てる。

 確かに、【レンジャー】であるユリヤなら森の中も不自由なく素早く移動できるだろう。

 しかし、今自軍の一人を失う訳にはいかない。

 四対六と三対六では勝率が格段に変わってくる。


 じりじりと盗賊たちと距離を測りながら、俺は盗賊たちのステータスを確認する。


====

ノッド

Lv.2

HP 14

筋力 10

魔力 1

敏捷 4

器用 3

守備 5

魔防 2

幸運 3

====


====

グレー

Lv.3

HP 16

筋力 12

魔力 0

敏捷 6

器用 4

守備 6

魔防 2

幸運 4

====


 おそらく、全員が最近まではただの村人だったのだろう。レベルは低く、ステータスも相応のものだ。

 ほとんどの盗賊のレベルは2か3で、これならこちらにいる者は誰でも互角以上の戦いが出来るだろう。

 ――しかし。


====

オコボル

Lv.8

HP 24

筋力 17

魔力 4

敏捷 5

器用 3

守備 11

魔防 4

幸運 6

====


 オコボルという名の盗賊頭、あいつを除けば、だが。


「いけぇ、お前らぁ! 多少傷はついても構わん! 捕らえろ!」

「ひゃっはぁ!」

「ちっ!?」


 盗賊頭の命令で、盗賊たちが一斉にこちらに襲い掛かってくる。


 斧を持った盗賊はリーゼットへ吶喊し、槍を持った盗賊はローゼリアに襲いかかる。剣を持った盗賊がユリヤとの距離を縮める。


 俺は瞬時にローゼリアとユリヤのステータスを確認した。

 すると、二人ともレベルは2で、それぞれの盗賊とほぼ互角のステータスだ。


 一人を相手するのはなんとかなるが、盗賊二人と同時に戦うとなると厳しい。

 だが、盗賊は六人いる。

 ならば――


「こうするしか、ないか……!」

「ほう、一人で三人を相手取るか、小僧!」


 俺は余った盗賊三人に突撃する。

 この中で一番ステータスが高いのは何故か分からんが俺だ。これが最善の策だ。


 盗賊頭を除く二人のステータスは大したことがない。筋力が低く、俺に与えられるダメージはせいぜいが1だ。

 

「ちっ、避けやがって!」

「それを食らう訳にはいかねぇんだよ!」


 盗賊頭の筋力は17、そして彼の振るう『鋼の斧』の威力は5であるため、(17+5)-16=6。

 つまり、彼の斧を食らえば俺のHPは16から一気に10まで減ってしまう。つまり、彼の攻撃を二回くらって雑魚盗賊の攻撃を四回ほど食らえばそれで終わり。


 意外とヴィクセン耐えられるじゃんとか思わないで欲しい。こっちには命がかかってるんだ。


 盗賊頭の器用のステータスが低いお陰で、彼の命中率は低く、また俺の敏捷のステータスが高いため高い回避率を誇る。

 そのお陰で彼の攻撃を高い確率で避け続けることができ、数回の攻撃をされたが、全てを避けきることに成功している。

 

「……くっ!」


 しかし、その動きに集中しているお陰で、雑魚盗賊の攻撃は三回ほどもらってしまう。

 そして、


「きゃっ……!?」


 その悲鳴に思わず振り返ってみれば、ローゼリアが槍を持つ盗賊相手に苦戦していた。

 そしてそれはリーゼットもユリヤも同様で、彼女たちは盗賊相手に劣勢気味だった。


「余所見してる暇があんのかよ!」

「ぐ、あぁ!?」


 そして、その隙を盗賊頭が見逃さず、彼の斧が俺の体に振るわれる。寸での所で回避したので致命傷は避けられたものの、これで俺のHPはおそらく7。


「ヴィクセン様!?」

「大丈夫だ!」


 斧を持つ盗賊の相手をしているリーゼットに大声で返事をして、俺は彼女たちの劣勢具合を冷静に分析する。


 その理由はすぐに思い当たった。

 『ソドアス』に存在する、『三すくみ』の概念だ。


 『ソドアス』に登場する近接武器と呼ばれる武器である剣、槍、斧にはそれぞれ相性が存在する。

 剣は斧に強く、斧は槍に強く、槍は剣に強いといったじゃんけんのような相性だ。


 相性の良い武器で攻撃すれば、命中率と回避率が上がり、立場が逆になればメリットがそのままデメリットに転じる。


 そして槍を装備するリーゼットに対峙する盗賊が持つのは斧。

 剣を振るっているローゼリアと戦っているのは槍を持つ盗賊だった。

 ユリヤが苦戦しているのは三すくみではなく、彼女が対面で戦うには不向きである【レンジャー】であることと、対面する盗賊のレベルが雑魚盗賊の中では高い3だからだ。


「リーゼット! お前はユリヤと戦っている盗賊を相手にしろ! ローゼリアはリーゼット、ユリヤはローゼットの相手をしてるやつだ!」


 俺は盗賊三人の猛撃を避けつつ、そう叫ぶ。

 突然の言葉に戸惑いを見せるローゼリアとユリヤだったが、俺の言葉に忠実なリーゼットが即座に行動を開始したことで、二人もそれに続いた。


「坊主、何考えてやがる? 相手を変えたとこで互いの力量差は変わらねえぞ」

「……それはどうかな?」

「……なに?」


 俺は精一杯の虚勢を張って盗賊頭を睨みつける。

 後ろから聞こえるのはローゼリアたちの喜色の声と、困惑する盗賊たちの声。

 どうやら形勢は逆転したらしい。


「なにが起きた……!? 見た限り皇女どもと俺の部下たちの実力はそこまで差がない。それがどうしてこんなにも如実な差が……!」

「リーゼット! そいつはお前と比べ敏捷性が桁違いに低い! 相手の反撃が来る前に追撃を叩きこめ!」

「御意に」

「ローゼリア、そいつは力はそこそこだが当てる力はない! 落ち着いて相手の攻撃をよく見ろ!」

「わかったわ!」

「ユリヤ! お前は暗器なんだから距離を取れ! 相手の間合いで勝負をするな!」

「ちっ! 分かってるよ!」


 俺は盗賊の相手をしながら、リーゼットたちと戦う盗賊のステータスを見て適したアドバイスを送る。

 

「なにが起きたかは分からんが……坊主。お前を黙らせばどうにかなると思わないか?」

「…………」


 だが、それが不味かったのか、盗賊頭の表情が今までより真剣なものへと変わった。

 俺のHPは7。盗賊頭の攻撃と、雑魚盗賊の攻撃を一回でも食らえば0になる。

 HPが0になればどうなるか。それは死だ。

 『ソドアス』において、HPが0になったキャラは基本的にその時点でゲームから退場する。死んだ者として扱われ、それ以降ゲームに出てくることはなくなるのだ。


 つまり、この世界でも俺のHPが0になった瞬間死ぬものだと考えた方が良い。

 俺の背中に嫌な汗が流れ始める。


 ……落ち着け。大丈夫だ。万が一のため持って来た武器があるじゃないか。


 俺は腰に差した『ヒールの杖』に手を伸ばす。


「隙を見せたな! ガキ!」


 その瞬間、血相を変えた盗賊頭が襲い掛かってくるのが視界に映った。

 


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