第12話 ぶっ壊れキャラ
学園初日を終えた次の日。
完全に上の空で授業を終えた俺は、騎士学園の裏にあるウエレ森にいた。
ここには魔物が生息しているが、そのどれもが弱く一人前の騎士に到達していない生徒たちでも対処が容易ということで、腕試しや訓練のために入ることが許可されている。
それに万が一のために騎士たちが常駐しており、『ソドアス』でも序盤のレベリングに使われる場所である。
「ヴィクセン様、何故ウエレ森に?」
今日も今日とて俺の一歩後ろをあるくリーゼットがそう問いかける。
彼女は俺の言葉にしっかりと従っているようで、言いつけ通り『鉄の槍』と『鉄のナイフ』を持っていた。
「……気分転換だ」
『鉄の剣』を腰に差した俺はそう返す。
だが、これは建前だ。ウエレ森に来た本当の目的、それは――
(ヴィクセンがあんな強いわけないだろ!!)
昨日見た、
ステータスは全て15で揃えられており、成長率も全て50%の文字が並んでいた。
この数値は、強いと言う言葉も烏滸がましいほどありえない数値だ。
だって、レベル1の時点でHP以外のステータスが15を越えてる時点でおかしいのに、全部が15だぞ!?ふざけんな。
そして、成長率。
俺の成長率を全て足すと400。
『ソドアス』に慣れ切った俺がその数字を見ると、逆におかしくて笑えてしまう。
だって、一番高いローゼリアですら325だぞ。操作できるキャラで一番低いのが確か……285だったか?
そう、『ソドアス』に登場するキャラの成長率は285~325。
そう考えれば400という数字がどれだけおかしいか分かるだろう。
(ヴィクセンが、ただの悪役で当て馬である
今日ウエレ森に来たのは、俺が見た俺のステータスが本当かどうか確かめるためだ。
普通なら、自分が強いことを知れば嬉しく感じるのだろうが、今の俺はそれを素直に受け止めることが出来ない。
だって、ヴィクセンは悪役貴族だ、
そんな人間が本当は強いなんて……。そんなのもうNTRじゃないか!!??
「ヴィ、ヴィクセン様!? な、涙が……」
「な、なんでもない……!」
俺は最悪の想像をなんとか振り払いながら、森の中を歩く。
生い茂った葉が青い空を覆い、森の中は薄暗い。土や木のまさに自然と言った匂いが鼻孔をくすぐり、心地よい風が俺の体を優しく包む。
「ギャアアァ……」
「お、出たな」
しかし、そんな雰囲気をぶち壊す声が一つ。
人間の腰ほどまでしかない背丈に、薄汚い緑色の肌。小さい目でこちらをぎょろぎょろと見つめ、歯が数本しかないその口は下品に歪んでいる。
ゴブリンだ。
彼らは五匹ほどの群れで俺たちの前に現れた。
なんのために来たのかなんて、彼らが持つ棍棒を見れば明らかだ。
「やるぞ、リーゼット」
「御意に」
俺は一匹のゴブリンを視界に入れると、目に力を入れる。
====
ゴブリン
Lv.1
HP 9
筋力 6
魔力 0
敏捷 2
器用 1
守備 3
魔防 1
幸運 2
====
「……相変わらず弱いな」
ゴブリンのステータスを確認した俺は、思わず口角をあげてしまう。
ゴブリンは『ソドアス』で最弱の魔物――いや、最弱の敵だ。
大勢で囲まれれば苦戦はするが、こいつに負ける奴は中々いないだろう。
「キシャシャ!」
彼我の戦力差などわかるはずもない知能の低いゴブリンが、頭数では勝っていると言う薄い根拠のもとこちらへ突撃してくる。
それを見て俺は剣を抜くが……。
『ソドアス』のダメージ計算式はいたって簡単だ。物理攻撃の場合は以下となる。
ダメージ=(攻撃側の筋力+武器の威力)ー(防御側の守備+防具やアクセサリーなどの補正値)
ゴブリンの筋力は6で、彼が持つ武器は威力1の木の棍棒。
それに対して俺の守備は15。
つまり、ゴブリンは俺に攻撃を与えることが出来ない。
でも、普通に考えて欲しいのだが、棍棒で殴られればいくら相手が赤ん坊でも擦り傷くらいはするんじゃないだろうか。
そう思った俺は、とりあえずゴブリンの攻撃を食らってみようと思った。
この世界は分からないことが多い。現実世界の法則と、『ソドアス』の法則が入り乱れた世界だ。
俺がこの世界で違和感なくヴィクセンとして生きていくためには、この世界を知ることは必要だ。
なに、相手はゴブリン。小学校低学年の背丈に、手に持つのは粗末な棍棒。当たったとしても多少痛い位だ。
それに、念のため『ヒールの杖』も持ってきている。何かあればそれで回復できるだろう。
「来いよ、ゴブリン!」
「シャシャ!」
ゴブリンは棍棒を振りかぶり、汚い笑顔で俺にそれを叩きつけようとした。
「……!」
その瞬間、俺の体が
森一帯に、鈍い音が響く。
「お、おぉ……?」
どうやら、俺がゴブリンの棍棒を剣で防いだ音らしい。
らしい、というのは、自分でそれをやった自覚がないからだった。
だって俺はゴブリンの攻撃をわざと受けるつもりだったからだ。
しかし、何故か俺の体は勝手に動き、剣でゴブリンの棍棒を防いでいる。
「ア……? ……シャシャシャ!」
自分の棍棒が防がれたことに不思議そうな表情をしていたゴブリンだったが、今の攻撃を防がれたことを覚えていないのか先ほどと同じような動きで俺に棍棒を振り下ろす。
だが、またしても俺はそれを防ぐ。
それを何回か繰り返し、俺は推測した。
思うに、この世界では守備というステータスは『物理攻撃をどれだけ上手くいなせるか』の値なのではないだろうか。
ゲーム内では、守備の高いキャラは剣で斬りつかれてもピンピンしていたが、現実ではそんなことありえない。
どれだけ筋肉モリモリのマッチョマンでも剣で刺されれば死ぬ。
しかし、守備という言葉が敵の攻撃を防ぐ力を意味すれば今俺に起きている現象は理解できる。
何故なら、今俺は一歩も動いていないがゴブリンの攻撃で傷を一つも負っていない。つまりHPが減っていない。
これはゴブリンの『MISS』ではなくゴブリンの攻撃力に対して俺の守備が高いことで起きる『NO DAMAGE』だろう。
「なるほどなぁ……」
俺に必死に棍棒を叩きつけてくるゴブリンたちを見つめながら、俺は暢気に呟いた。そう考えれば少ししか緊張感のなかったゴブリンとの戦いに割く緊張感など皆無になる。
ザシュッ。
そんな音が聞こえ隣を見ると、そこには槍でゴブリンを殺しているリーゼットがいた。見る限り、彼女も傷一つ負っていない。
よく見れば、彼女の周りにはゴブリンの死体が三匹。
「ってことは……」
俺はリーゼットのステータスを見るべく目の力を発動させる。
====
リーゼット・フォン・ローズ
Lv.2 【ハイサーヴァント】
HP 18(+3)
筋力 13
魔力 11
敏捷 15
器用 11
守備 8
魔防 9
幸運 11
====
すると、彼女のレベルが1上がっており、HP、筋力、敏捷、器用、魔防、幸運が上がる奇跡の良成長をしていた。
流石キースやローゼリアにも劣らない成長率を持つリーゼットだ。
「俺もそろそろ倒すとするか」
俺は剣を構える。
俺の筋力は15。そして構えた鉄の剣の威力は3。計算をするまでもなく、ゴブリンをワンパンできるステータスだった。
とはいえ、剣で生物を殺すなど今までの人生でしたことがないだろう経験に少しの緊張を覚える。
「ッシュ……!」
覚悟を決め、ゴブリンめがけて剣を振り下ろす。
すると、その剣はほとんど抵抗なく、ゴブリンの頭から股下まで切り裂いた。
「ギィ……ヤ……」
悲鳴を上げる暇もなく、ゴブリンは一刀両断にされ地に伏せる。
予想通り一撃だったな。
「ギャ……ア……?」
最後に残ったゴブリンが俺を怯えた顔で見つめている。
自分の仲間が瞬殺されたことで、その小さい脳みそでもこの現状のやばさが分かったらしい。
「もう遅い、けどな!」
「ギャァ!」
だが、お前を逃がすわけにはいかないんだ。俺の経験値となってくれ。
そういう訳で、俺は再び剣を振る。すると、これまた何の抵抗もなくゴブリンは斬り伏せられた。
「お、おぉ……?」
その瞬間、体が温かい何かで包まれたような全能感が溢れるようなそんな妙な感覚に包まれた。
もしや、これがレベルアップ……?
「リーゼット、手鏡を」
「はっ」
有能な従者から鏡を受け取ると、俺は自分の姿を視界に入れる。
====
ヴィクセン・フォン・アウドライヒ
Lv.2 【ハイロード】
HP 16
筋力 16
魔力 16
敏捷 16
器用 16
守備 16
魔防 16
幸運 16
====
「なんでだよ!」
「……?」
そこに映ったのはリーゼットが霞むほどの良成長を見せた俺のステータス。
『ソドアス』をやっていた時には嬉しくてついスクショをしてしまう程の大偉業だが、今の俺はヴィクセン。強くなっても仕方がないんだ。
そもそも、俺が強くちゃダメなんだ。
俺が強くなってヒロインが俺に靡いたらどうする!?
一人になる
これなんて趣味の悪い
そんなことになれば俺は狂い悶え最終的に死を選ぶだろう。
俺が活躍する事なんてあってはならないんだ……!少なくともヒロインの前では……!
「お見事です、ヴィクセン様。ゴブリンを一太刀でとは」
「……そんなことはないさ。リーゼット。現にお前の方がゴブリンを倒しているしな」
「いえ、私は一匹に対し二つ攻撃しなければ倒せませんでした。まだまだ鍛錬が必要な身です。私もヴィクセン様を見習わなければ」
「そ、そうか……」
「あら? 奇遇ね」
談笑する俺とリーゼットに、昨日も聞いた言葉、聞いた声が届いた。
振り返ると、そこにいたのは燃え盛る髪を持つ威圧感たっぷりの美女。
ローゼリアだ。隣には俺を見て不機嫌そうな顔になるユリヤもいる。
「ローゼリアか。どうしてこんな所に? 皇女サマはこんな所で油を売らずにやるべきことがあるのではないか?」
俺は昨日彼女と接した時のことを考えて、悪役貴族らしく冷たく接することに決めた。
それはまずい。俺はローゼリアにそこそこ嫌われつつキースに誘導する天命を授かっている。俺に対する好感度を上げる訳にはいかんのだ。
「おい、てめぇ。ローゼリアがわざわざ声をかけたのにその態度はな――」
「――いいのよユリヤ。今のは私のことを心配してくれたのよ。『こんな危ない場所じゃなく安全な所にいろ』ってね」
「……は? いや、そういう訳じゃないが」
何故か俺の言葉がいいように解釈された挙句、ローゼリアは俺に向かって『全部わかっているわよ』とでも言いたげにウィンクしてくる。
あれ……?俺はどこで彼女の好感度を上げてしまったんだ……?
「……チッ。リーゼット、行くぞ」
「は、はい」
「あら、行ってしまうの?」
「ああ。これ以上お前たちと同じ場所にいたくはないからな」
「てめぇ……!」
「あらあら、照れ屋なのね」
「…………」
ローゼリアさん?あなたキャラ変わってません?皇女らしく威厳たっぷり接する凛としたあなたは何処へ行ってしまったのん?
これ以上ローゼリアたちと一緒にいたら本当に不味い気がする。
俺はヴィクセン。主人公の当て馬で、悪役貴族なのだ。
そう思いその場を後にしようとした、その瞬間。
「おっとぉ、そいつは困るな」
「!? 誰だ!?」
ゴブリンのような下卑た声が森に響く。
しかし、声のした方から現れたのはゴブリンなど比べ物にならない屈強な男たちだった。
「俺たちのことなんて関係ねぇ。皇女サマがせっかく隙を見せてくれたんだ。その恩には返さねえとな?」
その声に続く下品な笑い声。
こいつらは恐らく、人攫いや盗賊と言った類だ。帝国皇女であるローゼリアの身を狙っているのだろう。
「あ? 隣にいるのは……あぁ、公爵家のガキか! おいおい、追加報酬まで用意してくれているとは、今日の俺は女神様に愛されているな!」
おどけたような男の口調に、男たちは笑う。
それに反して、俺たちの顔は段々と強張っていく。
こいつらが俺たちを狙っているのは一目瞭然。ここで取るべき最善の手は……。
「……逃げるぞ、ローゼリア」
「……ええ」
小声で小さくやりとりをして、俺たちは同時に後ろへ走り出す。
しかし――
「おっとぉ。逃がすわけにはいかねえな」
「っ!?」
進行方向から現れたのは新手の男。
……どうやら、囲まれてしまったらしい。
「は。痛い目見たくなければ抵抗しないこったな。なに、悪いようにはせんよ。精々高い金で趣味の悪い商人たちに売りつけるだけだからな。ハハハハ!」
俺の背中に、気持ち悪い汗が流れた。
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