第11話 最強の主従

――え!? ヴィクセンが仲間になるルートがあったんですか!?


『そうなんだよ。適当に作ったキャラだけど愛着沸いちゃってさぁ。俺一人でヴィクセンが仲間になった時の差分のセリフとか考えて大変だったんだよ』


――でも、実際にはないですよね?


『そうそう。結局『あのヴィクセンが味方になるビジョンが見えない』って総スカンくらって(笑)。泣く泣くボツになったって訳』


――へぇ~。あれ、そうなるとヴィクセンの従者、リーゼットも仲間になってたかもしれないんですか?


『お、鋭いね! そうなんだよ。ヴィクセンとリーゼット、二人とも仲間になるはずでさ。味方としての二人のデータもちゃんと作ってあるんだなこれが』


――本当ですか!? ちなみに二人はどんなステータスだったんでしょうか!?


『リーゼットは物理魔術両刀型って感じかな。敵としての彼女もそうだったでしょ?』


――確かに。彼女と敵対するルートは一つだけですが、中々の強敵でしたね。ヴィクセンはどうだったんですか?


『それがさ、ヴィクセンのステータスとか成長率考えてる途中にボツが決まって』


――あら、そうだったんですね。


『そーそー。でも俺、ヴィクセン好きだったのよ』


――え、そんな人いるんですか?


『そりゃいるよ~! ヴィクセンの設定考えたの俺だし、あんな奴だけど気に入っちゃって。それで、どうせボツになるならいいや~と思って適当に設定したんだよね』


――て、適当?


『そうそう。どうせ使われないならいいや~と思ってさ。めちゃくちゃ強くしてやったのよ』


――職権乱用ですね(笑)。そういえば、なんで二人のデータは『ソドアス』に残ってるんです?


『ほら、最近は発売後にDLCで追加シナリオとかあるでしょ? それ用に一応ね』


――へぇ~……。それじゃあ、最後に一言、『ソドアス』ファンの方にお願いしていいですか?


『あぁ、はいはい。……え~コホン。『ソドアス』に登場するヴィクセンは自分の身分に幅を利かせて主人公たちを下に見る嫌な奴ですが、まぁ、良い奴でもあるのでそこまで嫌いにならないでください』


――結局どっちなんですか(笑)


▼▼▼▼


「――ま! ――さま! ……ヴィクセン様!」

「んあっ!?」


 体を揺すられる感覚を覚え、俺は目を覚ます。

 

 視界に入るのは眉を八の字にするリーゼットと、茜色に染まった教室だった。


「俺……寝てた?」

「はい。皆さんに進路相談をしてから程なくお休みになりました」


 そう言えば、そんなことしてたな……。

 確か全員にこれからの方針を伝えたあと、能力を使い過ぎた代償なのか目が疲れそのまま眠ってしまっていたんだ。

 ……それにしても、なんだか夢を見てた気がするが……思い出せん。


「ぐっすり眠られていましたが、もう30分が経ちましたので、起こさせて頂きました。申し訳ございません」

「いや、リーゼットが謝ることじゃない」


 俺は立ち上がって体を伸ばす。

 全員のステータスと成長率を見てアドバイスをしただけだが、案外体に疲労は溜まっていたらしい。ポキポキと小気味の良い音がした。


「今日はお疲れでしょう。寮に戻られますか?」

「ん? ん~……そうだな」


 欲を言えば、キースの様子を見たかったんだが。あわよくばキースとヒロインのイチャイチャを見たかったんだが。


 ……そう言えば、キースの副官はシスラだったか。上手いこといってるかな。


「じゃあ、寮に戻るか」


 帰りにキースとシスラの様子を遠目に見て行こう。

 そう思って一歩歩いた俺だが、何かに引っ張られる感覚に襲われる。


「……リーゼット?」


 見れば、リーゼットが俺の袖を掴んでいた。

 その顔は、珍しく赤く染まっていた。決して夕焼けのせいではない。


「あの、よろしければ私にも進路相談……してくれませんか?」

「え、あ、うん。いいぞ」

「ほ、本当ですか!?」


 何がそこまで嬉しいのか、リーゼットはぱぁっと表情を明るくさせた。

 まぁ、俺としても願ったり叶ったりと言うべきか、彼女のステータスもいつか見てみたいと思っていたのだ。


「それじゃあ、少し失礼するぞ」


 俺はリーゼットを視界に入れて、目に少し力を入れる。

 すると、先程も何回も見た文字の羅列が現れた。


「どれどれ……」


====

リーゼット・フォン・ローズ

Lv.1 【ハイサーヴァント】 得意技能:槍 暗器 氷魔術

HP 17(+4)

筋力 12

魔力 11

敏捷 14

器用 10

守備 8

魔防 8

幸運 10


成長率

HP……50%

筋力……40%

魔力……30%

敏捷……55%

器用……40%

守備……30%

魔防……30%

幸運……40%

====


「………………は?」


 俺は、リーゼットのステータスと成長率を見てそんな呆けた声を出す。

 目を見開く。何度も見る。しかし、表示される文字は何をしようと変わらない。


「ヴィ、ヴィクセン様!? もしかして私なにか失礼を!?」


 驚き戸惑うリーゼットだが、俺だって驚いている。

 理由は三つ。


 一つ目。

 レベル1にしては高すぎるステータス。これまで見てきた者よりもその合計値は圧倒的で、俺の記憶が正しければどのキャラよりもレベル1時点のステータスは高いかもしれない。


 二つ目。

 高い成長率。

 そのキャラがどれだけ有能かを示すために、成長率を合計した数字を使うことがある。

 『ソドアス』内で最も成長率の合計が高いキャラは、メインヒロインの一角、ローゼリアだ。帝国皇女である彼女は高いポテンシャルを持っており、その合計値は325。そしてそれに主人公であるキースの320が続く。

 この両者は他のキャラと別格とされており、縛りなんかをしなければどのプレイヤーでもスタメンに選ぶだろう。


 しかし、リーゼットの成長率の合計はそれにも劣らない315という数字だ。もし彼女が『ソドアス』にて味方になっていれば、どんな育成論が飛び出ただろうと心が弾みそうになる。


 しかし、そんな高揚感を押し付けるのが、三つ目にして彼女の兵種【ハイサーヴァント】だった。

 これは、ありえないこと・・・・・・・なのだ。


 ステータスと成長率が高いことはまだわかる。彼女は敵として登場した時も高いステータスを誇っていたし、それは彼女の潜在能力の表れなのだろう。


 しかし、【ハイサーヴァント】は駄目だ。

 だってその兵種は最上級の兵種であり……レベル30を越えなければなれない兵種なのだ!


「リ、リーゼット、お前の……兵種は……」

「……? はい、【ハイサーヴァント】にございます」

「いつ……からだ?」

「イドニック騎士学園に入学する際、【ハイサーヴァント】の資格を得ました」

「どう、やって?」

「もちろん、試験ですが」


 どういうことだ。どういうことなんだ。

 最上級の兵種はそもそもレベル30を越えないと試験を受ける資格すら……!?


「リーゼット、レベル……という言葉、分かるか?」

「申し訳ございません。無知な私には分かりません」

「では……ステータス、成長率といった言葉はどうだ?」

「寡聞にして存じません」


 この世界にはレベルという概念がない。そしてステータスや成長率といったゲームのような要素も。


「【ハイサーヴァント】の転職試験を受ける資格は、なんだっけか」

「はい。剣、槍、斧のどれか一つと暗器の練度が一定以上である必要があります」


 『ソドアス』において、【ハイサーヴァント】の転職試験を受けることが出来るキャラは、レベル30以上かつ、剣、槍、斧のどれか一つの技能レベルがB以上、暗器の技能レベルがA以上の全てを満たしている必要がある。


 技能レベルというのは、その武器をどれだけ扱えるかといった指標である。EからSまであり、そのレベルにおいて使える武器も変わる。

 例えば、鉄の剣は剣の技能レベルがEでも使えるが、銀の剣は剣の技能レベルがA以上ないと使えない。


 少し話が脱線したが、この世界においてはレベルやステータスといった概念は無いが、技能レベルの概念は一部引き継いでいるようだった。


 そう考えると、目の前のリーゼットはゲーム開始直後の段階であるにも関わらず、槍――彼女の得意技能に槍があるのでおそらくそう――の技能レベルがB以上あり、暗器の技能レベルはゲーム終盤でようやく到達するAはあるということになる。


 だが、そんなことありえるのか?ゲーム開始直後の段階なのに、こんなぶっ壊れキャラがいて……。


「あ……もしかして……?」


 その瞬間、俺の頭にある仮説が浮かんだ。

 リーゼットが敵対する唯一のルートにて、彼女は【ハイサーヴァント】の兵種で主人公たちに立ち向かう。

 だが、これはなんの不都合もない。だって、彼女と敵対するのはゲームは終盤も終盤。こちらが操作するキャラだって大体は30レベルを越えているし、敵サイドがレベルを30越えていようが何の不都合もなかった。


 だが、今はゲーム開始直後だ。

 【ハイサーヴァント】であれとのみ設定されたリーゼットが無理矢理レベル1にされたことで、兵種はそのまま据え置きになってしまったのではないか。


 まぁ、でも考えても仕方ないな。これはいくら考えようが解決できない問題な気がする。


「あ、あの……ヴィクセン様? 私はこれからどうしていけばよろしいですか?」

「お前はもう優秀だ。このまま努力を重ねていけばいい」

「ほ、本当ですか!?」


 まさに喜色満面といった表情を見せるリーゼット。


 だが、俺は内心興奮していた。

 何故なら……


(レベル1で最上級の兵種とか……これ成長率補正えげつないことになるぞ!)


 成長率補正とは、そのキャラ独自の成長率に兵種ごとに設定された成長率が加算されることだ。


 例えば、下級兵種【剣士】であればHPの成長率にプラス10%、速さにプラス10%される。

 だが、最上級兵種【ハイサーヴァント】であればHPプラス25%、筋力プラス15%、魔力プラス15%の恩恵を授かれるのだ。


 分かるか!?つまり、レベル1の時点で同じステータスだったとしても、そのキャラが下級の兵種としてレベルを上げていくか、最上級の兵種としてレベルを上げていくかではレベル10になった時の期待値はまるで違うのだ!


 これはとんでもないことになる……!リーゼットを丁寧に育てて行けば、やがてキースやヒロインを越える力を持ちうる……!


「……ふふふふふ」

「?」


 おっと。思わず『ソドアス』プレイヤーとしての笑みがこぼれてしまうが、俺の目的はあくまで主人公とヒロインたちの引き立て役。リーゼットにも充分にその役目を果たしてもらうつもりだ。


 でも、楽しみだ。リーゼットはこれから一体どんなステータスを俺に見せてくれるんだろう!


 ……ついでだ。どうせなら俺のステータスも見ておくか。リーゼットを見た後だから驚くことはもうない気がするが。


「……リーゼット、手鏡を持っていないか?」

「こちらに」


 リーゼットはどこからどもなく小綺麗な手鏡を取り出す。

 ……ほんと、優秀な従者だな。


「ありがとう」


 俺はその鏡を覗き込み、鏡に映る悪人顔のヴィクセンを見つめ、目に力を入れた。


====

ヴィクセン・フォン・アウドライヒ

Lv.1 【ハイロード】 得意技能:なし

HP 15

筋力 15

魔力 15

敏捷 15

器用 15

守備 15

魔防 15

幸運 15


HP……50%

筋力……50% 

魔力……50%

敏捷……50%

器用……50%

守備……50%

魔防……50%

幸運……50%

====


「……………………は?」


 そこに映っていたのは、リーゼットも目じゃない程の化け物の数値だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る