第10話 悪役貴族の進路相談室
「え……な……え……?」
俺は自分の視界に映る光景が信じられず、目をこする。
パチパチと目を瞬かせると、もう一度ヘインリッヒという男子生徒を見つめる。
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ヘインリッヒ・フォン・リッド
Lv.1 【戦士】 得意技能:斧
HP 24
筋力 11
魔力 2
敏捷 8
器用 3
守備 7
魔防 3
幸運 4
成長率
HP……45%
筋力……55%
魔力……5%
敏捷……45%
器用……20%
守備……35%
魔防……15%
幸運……35%
====
な、なんか項目増えてますけど。
これは……ヘインリッヒのレベルと、兵種か。
兵種【戦士】は主に斧を武器とする下級の兵種であり、表示されている彼の得意技能と相性のいい兵種であろう。
そして、その下にはステータスと思わしき数値と、先程も見た成長率。
これはなんだ、俺に何が起きている。
まるでゲームのウィンドウ画面のように表示されるこれは一体……。
「ど、どうしたんだいヴィクセン様」
困惑した表情でこちらを見つめるヘインリッヒを無視して、俺はラフィーの姿を捉える。
「ヴィ、ヴィクセン様……?」
すると、どうだろうか。
心配そうな表情で俺を見るラフィーの隣に、ヘインリッヒと同じような文字の羅列が現れた。
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ラフィー・エレッタ
Lv.1 【剣士】 得意技能:炎魔術 杖
HP 14
筋力 3(+3)
魔力 13
敏捷 7
器用 5
守備 2(+3)
魔防 9
幸運 8
成長率
HP……35%
筋力……15%
魔力……60%
敏捷……40%
器用……35%
守備……20%
魔防……55%
幸運……45%
====
……間違いない。
視界に表示されるラフィーのステータスと成長率は、俺の記憶する『ソドアス』内のラフィーと全く同じだ。
つ、つまり俺はどういう訳かこの世界のキャラのステータスと成長率を見ることが出来る力を得てしまった……ということか!?
どうしてだ。
分からない。
もしかしたらこれが異世界チートというやつなのか?
だとすれば俺はこの力を誰からもらったんだ?いや、そもそもこれはどういう仕組みで……。
「…………」
「ヴィクセン様、大丈夫ですか? ご気分が優れないならお休みを……」
「……いや、大丈夫だとも、リーゼット」
……俺は、この力について細かく考えることを辞めた。
そもそも、この謎の力以前に、俺はどうしてこの世界にいるんだって話だし、考えても埒が明かない。
考えたって仕方のないことは考えても仕方がない。
それよりも、この力をどうやって有効に使うかを考えるべきだ。
ヴィクセンになってしまった俺の大きな目標。
それはキースとヒロインをくっつけてそのイチャイチャを眺めること。
そのためにいまやらなければいけないこと。
それは今月末の紅白戦でデッドヒートを繰り広げ、主人公とヒロインたちの距離を急接近させることだ。
俺は訓練場をぐるりと見渡す。
すると、一人で魔術の訓練をしていた男子生徒が目に入った。
確かあれは……紅組を選んだ貴族の息子だったか。
俺は彼を視界に入れ、目に力を入れる。
====
スリード・フォン・トーリ
Lv.1 【修道士】 得意技能:弓
HP 15
筋力 7
魔力 2(+3)
敏捷 4
器用 12
守備 6
魔防 5
幸運 9
成長率
HP……45%
筋力……35%
魔力……15%
敏捷……30%
器用……55%
守備……30%
魔防……25%
幸運……45%
====
「……見える」
モブキャラの、『ソドアス』では名前すら出ない人物のステータスと成長率が見える。彼のレベル、兵種、得意技能の全てが分かる。
「いける……いけるぞ…………」
「ヴィクセン様?」
「リーゼット。今日の放課後、紅組の者たちを全員集めることは可能か?」
「はっ。勿論です。私に万事お任せください」
「ありがとう」
俺の急なお願いにも、リーゼットは表情を崩さずにそう答えてみる。優秀すぎないか?
「ヴィ、ヴィクセン様? 一体どうされたんですか?」
上目遣いでこちらを心配そうにチラチラで見るラフィーに、俺は親指を挙げてこう返す。
「なに……少し目が疼いてしまってな…………」
「流石です、ヴィクセン様」
うん。真面目に受け止めるのやめてね、リーゼットさん。
▼▼▼▼
「はぁ……」
溜息をこぼしながら、重い足取りで廊下を歩く。
私の名前はフィール・フォン・コイン。ヘルタライア帝国の南西に領地を持つコイン子爵の長女だ。
ヘルタライア帝国では女性が家督を継ぐことが出来ない。
そのため、子爵の娘として生まれた私の役目は貧しい実家の援助をしてくれる貴族――なるべくなら伯爵以上の身分を持つ貴族へ嫁入りすること。
この学園にも、自分に箔を持たせるために入学したに過ぎない。
それに加え、同じ年に
私は彼の悪い噂を知っている。
見目麗しい貴族の令嬢にしつこく求婚したりだとか、身勝手な振る舞いで使用人を困らせているだとか、夜な夜な奴隷を痛めつけているだとか……。
そんな彼に自分を売るなんてまっぴらごめんだが、父親の言いつけを破る訳にはいかない。
そんな訳で、私は来たる紅白戦、ヴィクセンが率いる紅組を選んだ。
イドニック騎士学園の紅白戦と言えば中々大きな行事であり、生徒の親――つまり現役の貴族当主たちが見に来ることもあるらしい。
聞けば今回の紅白戦は父親が自ら見に来るのだとか。
父親の目の前で、ヴィクセンと敵対する白組にいる訳にはいかなかった。
ヴィクセン率いる紅組にいるだけでも嫌なのに、なんと今から作戦会議をするらしい。先程、ヴィクセンの従者であるリーゼットさんからそう聞いた。
だが、これが事実なのかすら眉唾物だ。
指定された教室に行っても、いるのはヴィクセンだけで、私はその場で襲われるかもしれない。あのヴィクセンのことだ。可能性が0とは言い切れない。
しかし、もしここで私が行かなかったら何をされるか分からない。
ヴィクセンは性格こそ最悪だが、出自は代々宰相を務める公爵家。私のような木っ端貴族などどうとでも出来るだろう。
「……着いちゃったな」
やがて、指定された教室に着いた。どれだけ足取りを遅くさせても、いつか目的地には着いてしまうものだ。
ああ、私はここで、純潔を散らしてしまうのだろうか。
……そう言えば、なんでリーゼットさんはヴィクセンの従者なんてやっているんだろう。彼女自身も貴族のご令嬢なのに……しかもヴィクセンは性格最悪だし!
「……ん?」
扉の前で悶々としていると、教室から話し声が聞こえた。
その声はたくさんで、男女どちらの声も聞こえる。
よかった。どうやら本当に作戦会議らしい。
「し、失礼しま~す……」
私は恐る恐る扉を開いた。
するとそこには、予想外の光景が広がっていた。
普通、作戦会議と言えば机を囲んでやるものだろう。
しかし、そこにあったのは一本の列。
ヴィクセンを先頭として、紅組を選んだ生徒全員が並んでいた。
「ヘインリッヒ・フォン・リッド」
「ああ! 僕の番だね!」
先頭を見ると、歴史の長いことで知られるリッド侯爵家の御曹司が、ヴィクセンと対面していた。
僕の番……とはなんのことだろう。
「お前は……魔術が使いたいと言っていたか?」
「いかにも! 斧を振り回すことには自信があるんだが、やはり僕は貴族! それに由緒正しきリッド侯爵家嫡男! 魔術の一つくらい使っておくべきだろう!?」
「却下だ。お前に魔術の才能はない。今まで通り【戦士】として斧を振り回して欲しい。そのため、週末の転職試験では【弓兵】の試験を受けるように」
「【弓兵】? 何故だい?」
「【弓兵】になれば器用の成長率に補正がつくからな」
「成長率……? 補正……?」
「あ、え~と……弓を使えば手先が器用にるだろう? そうすれば、斧の命中率が上がると思ってな」
「なるほど! 確かに僕の悩みは相手に攻撃を避けられやすいことだ! そんなこともお見通しなんて、やはり君は慧眼だね!」
な、なにをしているのだろう。
ヴィクセンに何かを言われたヘインリッヒは、なにやらウキウキした様子で部屋を出て行った。
ヴィクセンと話してそんなことになることある……?
「フィール・フォン・コイン殿」
「は、はい!?」
呆けている私に、声がかけられる。
そこにいたのはヴィクセンの従者、リーゼットさん。
相変わらず綺麗な顔だ。見つめ合っているだけで自分が恥ずかしくなってくるほどに。
「貴方の今の兵種は?」
「え、えっと、【修道士】……です」
ヘルタライア帝国に仕える騎士は、全員が何かしらの兵種を持っている。兵種でくくった方が、軍の編成がやりやすいんだとかなんとか。軍事には疎い私はあまり詳しくないが、イドニック騎士学園でも入学する際に最低でも一つの兵種を持っていなければならないのだ。
そこで私は、昔から花嫁修業と称して魔術の勉強をしている。これは、初代皇帝の正妃が優れた魔術師であったため、皇族や貴族の妃は優れた魔術師であるべしという古くから伝わる習わしだ。
正直、自分ではあまり才能が無いとも思うが、やらないよりはマシだろう。
「なるほど……」
リーゼットさんは、手元のメモに何かを書いていた。
そっと見ると、そこに書いてあったのはこの列に並んでいる者の名前と、全員の兵種だった。
「あ、あの、リーゼットさん。これは一体何を?」
「月末の紅白戦に向けての進路相談室だそうです」
「しん……なに?」
「具体的には、ヴィクセン様が皆さんに適した兵種を伝えるのだとか」
「そ、そんなことどうやって分かるの?」
「不出来な私には分かりません。しかし、ヴィクセン様は素晴らしきお方ですので」
「は、はあ……」
正直、それしか言えない。
リーゼットさんはなんでここまでヴィクセンに心酔しているのだろうか……。
ていうか、皆に適した兵種を伝えるって……そんなこと女神様でも無理じゃない?
「次」
「それではフィール殿。前へ」
あれよあれよという内に、私の出番になったらしい。
私はリーゼットに促され、ヴィクセンの対面に立つ。
「……ほうほう」
あのヴィクセンにじろじろと見られる。
……でも、なんだか不快ではない。彼の顔は真剣そのものだし、その視線からは不純な感情が一切感じ取れなかった。
それになんだか、彼が見ているのは私ではなく、私の横の空間のような……。
「フィール・フォン・コイン」
「ひゃ、ひゃい!」
「お前、今は【修道士】らしいな。これからは魔術を重点的に学ぶつもりか?」
「は、はい」
「……自分には向いていないと思ったことはないか」
「っ!? あ、あります……」
驚いた。もしかして、ヴィクセンは本当に人に適した兵種が分かるというのだろうか。
正直、ヴィクセンにそれを伝えられるのは癪だが私にとってはいいことかもしれない。
私の魔術は全く伸びないし、きっとこれから先努力をしたところでいい成果は遺せないだろう。
……そうなると、私に適した兵種というのは一体なんだろうか。
【剣士】もいいな。やはり貴族と言えば剣を振るうものだし。
それとも【治癒師】だろうか。傷を癒す淑女というのもいい。
「……そうだな。リーゼット。あれを」
「はっ」
すると、リーゼットさんがどこからか持って来た物を私に持たせた。
え……?でも、これ……え?
嘘、冗談よね。だってこれ……。
「えっと……これは……」
「訓練用の木でできた斧だ」
ですよねぇ~~!
「お前は【戦士】の転職試験を受けてこい。お前にはその武器が似合う」
「いや、でも、これ、え? これ斧ですよね?」
「そうだが」
「私、これから斧を振るうんですか!?」
「そうだ」
ヴィクセンの表情からは一切おふざけの感情が読み取れない。それどころか、彼の表情は真剣そのものだ。
「いいか、お前の力の成長率は50%だぞ、50%! こんなの物理職向けのキャラでも中々いない数値だ! しかも得意技能が斧だぁ……? いいか! お前は斧を振るうために産まれたと言っても過言ではない!」
「過言ですよぉ!」
私は大声で否定する。
私とて貴族家の令嬢だぞ?斧なんて野蛮な武器を振るうのが似合うと言われて喜べるもんか!
「……大丈夫だ。きっと、魔術なんかを練習するより手っ取り早く成果が出る」
「うぐ……」
そんな真剣な顔で言われたら言葉に詰まってしまうというか……。
「大丈夫ですよ、フィールさん。ヴィクセン様のいう事は正しいです」
「あ、貴方は確かラフィーさん……?」
「はい。私もヴィクセン様の言う通りにしたらうまくいくようになって……。だから、フィールさんも斧、頑張ってください!」
「その通り。ヴィクセン様の言うべきことは絶対正しい。貴方は斧を振るうべきです」
キラキラした表情でヴィクセンを見つめる平民のラフィーさんや、絶対的な信頼の視線をヴィクセンに向けるリーゼットにおされ、私はとうとう首を縦に振ってしまったのだった。
「分かりました……頑張ります…………」
それから、毎日斧を振り続ける私の日常が始まったのだった。
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