第9話 目が疼く……!
「私、キースが苦手なんです」
「…………」
それは、薄々分かっていたことだ。
しかし、やはり俺は信じられない。
キースとラフィーのカップリングは『ソドアス』でもかなり人気があった。
幼馴染特有の雰囲気に包まれたその優しいストーリーはギャルゲーに明るくない人でもきっと気に入るだろう。
だから、ラフィーの口からそんな言葉が出ることが信じられなかった。
「それは、どうしてだ?」
俺の言葉に、ラフィーは鈍い剣筋で俺の木剣を叩きながら返す。
「ヴィクセン様の言う通り、私たちは幼馴染で昔からよく一緒にいました。村には小さい剣の道場があって、二人で通い出したんです。最初は楽しかった。二人で一緒に少しずつ剣が上手くなっていく感じがして。いつか一緒に騎士になろうって笑い合ったりして。……でも、段々とキースと私の間に差が出始めた」
「……」
俺は無言でラフィーの言葉に耳を傾ける。
今の所、ラフィーの言っていることは俺の知っている『ソドアス』のストーリー通りだ。
同じ村で生まれた同い年の彼らは自然と仲良くなり、地元の剣の道場に通う。
しかし、キースはめきめきと実力をつけていくが、ラフィーの剣の腕は全く伸びなかった。
「私は全然上手くならないのに、キースは道場の先生相手にたまに勝てるくらい上達していくんです。……悔しかった。私と彼の努力の量は一緒のはずなのに、大きな差が開いてしまって」
ラフィーは涙目になりながら、俺に剣を振るう。
しかし、その剣筋は彼女が本当に道場に通っていたのか疑問に思う程弱々しいものだった。
「悔しくて、自分の才能の無さに絶望して……道場を辞めようとしたんです。そしたら、キースが私の家に来てこう言ったんですよ。『大丈夫だよ。ずっと努力を続ければラフィーもきっと上手くなる』って……」
「うわぁ……」
俺は思わず声を出してしまう。
キースは人の心が分からないのだろうか。
天才の言葉は、時に凡才を傷付けてしまうのだ。
そこまで思って、俺は首を傾げた。
……あれ、キースがラフィーにそんなこと言うシーンあったっけな。
「それから私、彼のことが少し苦手になってしまって……。二人で騎士になろうって誓ってこの学園に来たんですけど……。彼の顔を見ると努力不足だってなじられているような気がして……」
ラフィーは悔しそうな顔で口を閉ざす。
ともかく、ラフィーの言葉で分かったのは、彼らの不仲の原因は、めきめきと上達していくキースに対して、ラフィーの剣の腕が全く伸びなかったから、ということだ。
そして、俺はそれが何故起きたのか
それはズバリ……ラフィーの成長率にある。
成長率……その言葉に馴染みのない人間は多いだろう。
それは一言で説明するなら、『そのキャラがレベルアップしたときにそのステータスが上昇する確率』である。
詳しい説明をする前に、『ソドアス』のステータスについて話す必要があるだろう。
『ソドアス』のステータスは以下の通りだ。
HP……生命力。0になると死亡。
筋力……物理攻撃に影響。
魔力……魔術攻撃に影響。
敏捷……回避率に影響。
器用……命中率に影響。
守備……物理攻撃を受ける時に影響。
魔防……魔術攻撃を受ける時に影響。
幸運……必殺率に影響。
そして、キャラクターはそのステータスに成長率というものが割り振られている。
目の前のラフィーの成長率も、もちろん『ソドアス』廃プレイヤーである俺は記憶している。
それが以下の通りだ。
HP……35%
筋力……15%
魔力……60%
敏捷……40%
器用……35%
守備……20%
魔防……55%
幸運……45%
……これを見て、分かるだろうか。
そう、ラフィーは元々剣を使って戦うような物理職向けのキャラではなく、ゴリッゴリの魔術師向けの成長率を持つキャラなのである。
それだと言うのに――
「……ラフィーよ。お前の今の兵種はなんだ?」
「え? それは勿論、【剣士】ですけど……。学園に来る前までは剣しか習ったことがないですから……」
兵種と言うのは、他のゲームで言う職業やジョブみたいなものだ。戦士とか勇者とか、賢者とか。
『ソドアス』では、どのキャラも必ず何かしらの兵種になっている。
ラフィーの言う【剣士】とは、下級、中級、上級、最上級とある兵種の中で下級に位置する基本的な兵種であり、剣を使う物理職だ。
ラフィーは仲間になる時は、兵種が【剣士】の状態で加入する。
こういった職業システムに精通しているゲーマーの皆様はこう思うだろう。
「これバグじゃね?」「俺のラフィーちゃんを苦手な兵種に就かせるとかゲーム会社は無能なのか?」「これ考えた奴ゲームやったことないだろw」と。
だが、ラフィーが苦手な【剣士】として仲間になるのには理由があるのだ。
これは、『ソドアス』に存在する転職システムについて説明するための措置らしい。
職業やジョブといった設定が存在するゲームには大体転職システムが存在するだろう。
ごつい赤い鎧を着た屈強な戦士が、選択肢一つで青いローブに身を包んだガリガリのおじいさんの魔法使いになるあの転職システムである。
『ソドアス』では、一週間に一回『転職試験』を受けることが出来るのだ。
この『転職試験』に合格すると、そのキャラは別の兵種になることができる。
それを円滑にプレイヤーに説明するため、『ソドアス』は苦手な兵種に就くラフィーを得意な兵種、下級兵種で唯一魔術を扱える兵種【修道士】に転職させるように促すのだ。
そう、つまり今のラフィー――キースと同じ時間剣術を習ったのに全く上達せず歯噛みしている彼女は、『ソドアス』を作ったゲーム会社の被害者なのである!
(ゲームしてる時は全くそんなこと思わなかったけど、目の当りにしたら可哀そうがすぎるだろ……)
俺は目の前でしょんぼりと肩を落とすラフィーに声を掛ける。
「ラフィーよ」
「は、はい」
「昼食のあと、選択授業があるだろう? お前は剣術の授業を取るのか?」
「はい……。私には、剣しかないので……」
「そうか。では予定変更だ。お前は俺と一緒に魔術の授業を受けるぞ」
「ま、魔術ですか!?」
ラフィーは目を丸くする。
『ソドアス』の世界では、魔術を使えるのは主に貴族のみとされる。
これは貴族に特別な血が流れているという訳ではなく、魔術を使う魔術師は魔導書を読めなければ魔術を使えない。
そして、読み書きを出来る平民は少なく、また魔導書はとても高価で貴族や大商人などの富豪でなければ手が届かないといった事情があるのだ。
「で、でも私、魔術なんて……」
「これを断るのならお前にはキースの白組に行ってもらおう」
「え、えぇ!?」
「それが嫌ならば俺の言う事を聞け。……なに、心配することはない。お前には魔術の才能がある」
「わ、分かりました……」
今のラフィーをキースとくっつけようとしても無理だろう。
ラフィーは今の自分に自信がなく、一歩も二歩も先も行くキースに憧れるどころか苦手意識を抱いてしまっている。
そんなラフィーをキースの隣に立たせたいのなら、キースに匹敵する力を与えるしかない。
そうすれば……きっと俺に至高のキス×ラフィを見せてくれるだろう。
(フフフ……精々待ってろよキース。今からお前の幼馴染をお前色に染めてやるからな……)
訳の分からないことを考えつつ、俺は剣術の授業を程々にこなしたのだった。
▼▼▼▼
それから、俺は様々な授業を受けた。
剣、槍、斧、弓、そして軍術…………。
そのどれもが、平均的日本人として生きてきたはずの俺に馴染みのないものだったが、するすると理解することが出来た。
悪役で性格の悪いヴィクセンだが、やはり公爵家の子供という高い身分から、様々な武芸や教養に富んでいるようだ。
……だけど、本当はそれはおかしいはずなんだよな。
本来、『ソドアス』に登場するキャラには『得意技能』というものが一つや二つ設定されている。例えば、このキャラは剣が得意だったり、あのキャラは斧が得意だったりという形だ。
それこそ、ラフィーは【魔術】の得意技能を持っている。
得意技能からは、それに対応する武器を使う職業に就くための『転職試験』に合格しやすいなど様々な恩恵を得られるのだが、ヴィクセンの身体で受ける授業はどれも同じくらいの理解さだった。
まぁ、これに関しては考えすぎかもしれない。ヴィクセンは『ソドアス』で味方になることのない敵専用キャラ。そんなキャラにわざわざ得意技能を設定したりしないだろう。
……ん?そういえば海外の熱心なゲーマーが解析した結果ヴィクセンが味方になるボツルートを発見したとか言ってたっけ?……うーん、うろ覚えだからよく覚えてないな。
「ヴィクセン様、準備出来ました!」
「ん、あ、ああ……」
「? 大丈夫ですか? 少しぼーっとしてたみたいですけど……」
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
今は昼飯休憩直後の選択授業。
生徒が好きな授業をとれる自由な時間で、『ソドアス』プレイヤー的には主人公の鍛えたい技能を重点的に伸ばせる嬉しい要素である。
先ほどと同じ訓練場に俺とラフィーはいた。あと、俺の後ろにはリーゼットが控えている。
「俺の言った通り『炎魔術』の魔導書は持って来たか?」
「は、はい。これですよね?」
ラフィーは俺に、真っ赤な表紙を持つ六法全書くらいの分厚さがある本を見せた。うんうん。『ソドアス』で見た炎魔術の魔導書そのままだな。
「では、まずは俺が手本を見せる」
「ヴィクセン様は魔術が使えるんですか?」
「ああ」
流石公爵家の人間と言うべきか、ヴィクセンは魔術を使うことが出来た。これは『ソドアス』で敵として出てくるヴィクセンも魔術を使っていたし、先程昼休みで実証済みだ。
「それでは――」
「お待ちください」
本気で魔術を使おうと思ったのなんて中学生ぶりだなと俺がうきうきしていると、それを冷ますかのような声がふりかかる。
「……どうした、リーゼット」
それはリーゼットのものだった。
振り返って見ると、彼女の頬は少し膨れており拗ねたような顔をしていた。
「……ここは私が手本を見せます」
「……え?」
見れば、彼女の手には真っ黒な表紙の魔導書が握られていた。た、確かに俺の記憶が正しければ彼女も魔術を使えたはずだが……。
何故わざわざ出しゃばるような真似をしたのだろうか。俺のリーゼットのイメージはどんな悪に堕ちようが最後までヴィクセンの忠実な従者であり続ける真面目な人物なのだが。
「私は、ヴィクセン様の、従者、ですから」
「え、えっと……?」
リーゼットは俺ではなくラフィーを見ながら、言い聞かせるようにそう言った。
これは……もしかして……ヤキモチというやつなのでは……!?
俺がさっきからラフィーにばかり構っているからリーゼットが妬いているのでは!?
おいおいおいおい、この従者、可愛すぎか?
流石俺が一目で惚れたヒロイン(※攻略非対象)だ。俺のドツボを分かりつくしている。
「ふ、ふひっ……。ん、んんっ! それでは、リーゼット、頼めるか?」
「はい、お任せください。……『ダーク』!」
黒い魔導書を開いたリーゼットがそう唱えると、彼女の右手から真っ黒な球体が現れ、数メートル先の案山子のような的に直撃する。
今のは初級闇魔術、『ダーク』。初級の魔術にしては威力が高いことで知られる魔術だが……。
闇魔術ってなんなんだろうな。炎魔術とか氷魔術とかは聞けばどんな魔術か大体は分かるよ?炎の球とか氷の槍で相手を攻撃するんだろう。
でも闇って……なに?
まぁ、別にいいか。俺の心の中二心は悦んでるし。
「流石だな、リーゼット」
「勿体ないお言葉でございます」
「さて、ではラフィー。闇と炎で属性は違うが、要領は同じだ。いけるか?」
「や、やってみます!」
ラフィーはふんふんと鼻を鳴らすと、やる気十分と言った様子で的と対面する。
「ファ、『ファイアー』!」
分厚い魔術師を恐る恐る開き、慣れていないだろう大声で叫ぶラフィー。
すると、彼女の右手に炎の球が現れ、それは的目掛けてつっこんでいく。
しかし、それは的の少し横に逸れ、壁に激突し消えてしまった。
「外れてしまったか……」
魔術を発動する事には成功したが、外してしまった。
ラフィーが落ち込んでいるかもしれないと思い、彼女の顔を覗き込んだのだが……。
「ぉぉぉぉ……」
ラフィーは奇怪な声を上げながら、目を輝かせていた。
「ラ、ラフィー?」
「ヴィクセン様! 私やりました!」
何が嬉しいのか、彼女はその場でピョンピョンと跳ねだした。
「魔術なんて、物語でしか聞いたことのない雲の上の存在だったから……! 私、嬉しくて!」
「そ、そうか。魔術を一回で成功させるものは珍しい。お前には才能があるよ、ラフィー」
本当にそうかどうかは分からないが、とりあえず今は彼女に自信を付けてもらうことが先決と思った俺は、そう言った。
「本当ですか!? やった! これなら、私だってキースに一泡吹かせられるかも!」
ラフィーはそう言って、はしゃぎだす。うんうん。これならなんとかなりそうだ。
彼女に合った兵種、【魔術師】になれば、きっと彼女もキースに負けず劣らずの力を持ったキャラになれるだろう。
「……うん? これ、結構いいかもな」
俺は、嬉しそうな彼女を見てある妙案を思いつく。
今月末に行われる紅白戦では、俺率いる紅組は15人で、キース率いる白組は45人だ。
俺は負けるつもりではいるが、キースとヒロインのドキドキを提供するために接戦を演じるつもりでいる。しかし、この圧倒的な戦力差では、接戦になることも難しい。
そこで、俺が紅組の奴らをラフィーのように適した兵種に導いてやれば戦力の底上げが出来るのではないか……!?
俺は興奮した。
これが異世界転生チートというやつか。
俺の気分は高揚した。
まるで自分が物語の主人公になったようだった。
そして俺は落胆した。
いや、モブの成長率とか知らねえな。
俺が知っているのはあくまで『ソドアス』に登場するキャラの成長率だ。
そして、『ソドアス』で操作可能なキャラは、例外を除いて主人公とヒロインのみ。俺の紅組に与する生徒はほとんどがモブキャラ。『ソドアス』で操作することの出来ないキャラであり、勿論俺が彼らの成長率を知っている訳ではない。
(ダメか~~……。いい案だと思ったんだけどな)
「おや、これはヴィクセン様。貴方も魔術の授業を?」
肩をがっくり落とす俺に、爽やかな声がかけられる。
顔を上げると、そこにいたのはまさに金髪の王子様と言った好青年だった。
「……貴様は?」
「おや、先程自己紹介をしたと思ったのだが、忘れてしまったのかい? 僕だよ。ヘルタライア帝国建国から続く由緒正しきリッド侯爵嫡男、ヘインリッヒ・フォン・リッドとは僕のこと、さ!」
俺の感想を言おう。
誰だコイツは。
俺が知らないという事はこのいかにもキャラが立っていそうなヘインリッヒという男はモブキャラということだ。
だが、よく見れば彼の顔に見覚えがある。確かこいつは、紅組を選んだ生徒の一人だった。
「おや、隣にいるのは……」
「え、えと、ラフィー・エレッタ、です……」
「ああ、平民ではあるもののヴィクセン様率いる紅組に入った女生徒か。……ふむふむ、ヴィクセン様は彼女に魔術を教えていたのかな?」
「まあ、そんなところだが」
「おお! それなら是非僕にも教えてくれないかい? うちの家系は武芸には秀でているんだけど魔術はからっきしでねぇ」
「……今は忙しい。他を――」
当たれ。
俺はそう言おうとした。
だって、彼はモブキャラ。成長率もステータスも設定されていないモブキャラだ。
俺がそんな彼にアドバイス出来る事なんて一つもない。
だからここで別れようとした。
――だが、その瞬間。
====
ヘインリッヒ・フォン・リッド
成長率
HP……45%
筋力……55%
魔力……5%
敏捷……45%
器用……20%
守備……35%
魔防……15%
幸運……35%
====
俺の視界に映る彼の隣に、そんな文字が浮かび上がったのだった。
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