第8話 主人公の幼馴染が何故俺に

「それでは、各自二人組を作り打ち込みを始めるように」


 イドニック騎士学園に併設された訓練場。 

 体育館のような広さを持つが、地面は石畳で整備されており天井は無く開いた場所だった。


 今は剣術の時間だ。

 担当の教師の言葉で、生徒たちは各自で二人組を作っていく。


「ヴィクセン様のお相手は私が」


 俺の分も持ってきてくれたのだろう、リーゼットが訓練用の木剣を二つ持ってきてくれる。


「いや、すまないが組みたい奴がいるんだ」


 だが、俺はその進言を断った。

 少し寂しそうな顔をするリーゼットの表情に罪悪感を抱きつつ、俺はある人物を探す。


「お、いたな」


 見つけるのにそこまで時間はかからなかった。何故なら彼女の髪は珍しい桃色。ぐるっと辺りを見渡せば見つけられる。


「ラフィー・エレッタ……ですか」


 俺の視線の先を見たリーゼットが呟く。

 その通り。俺が組みたいと思っていたのは『ソドアス』のヒロインで最も攻略が簡単な事からギャルゲー初心者はまず彼女を攻略しろと呼ばれた、全『ソドアス』プレイヤーの良心、主人公の幼馴染でもあるラフィーだった。

 彼女には、話したいことがあったのだ。


 俺は彼女の元へ歩みを進める。


「……ヴィクセン様のお相手は叶いませんでしたが、お傍にはいさせて下さい」


 そう言いながら、リーゼットも俺の後に続く。


 ……つくづく思うんだが、リーゼットはヴィクセンのどこを尊敬しているのだろうか。『ソドアス』内でも屈指の嫌な奴なはずなんだが。


 そんなことを考えているうちに、俺はラフィーのいる場所へ到達する。

 しかし……


「ラフィー! 俺と組まないか?」


 俺よりも一歩早く、『ソドアス』主人公、キースが爽やかな顔でラフィーを誘っていた。


(……仕方ない。ラフィーと話すのはまた後でにしよう)


 それを見て、俺は踵を返そうとする。

 キースとラフィーは平民であり、ほとんどの生徒が貴族であるイドニック騎士学園では浮いている存在だ。

 それに、今日は学園初日。二人とも気軽に誘えるような友達もおらず、彼らのことを考えるならここは幼馴染同士で組ませるべきだと思ったのだ。

 

「え、えっと、ごめんなさい、キース。私、実は他に組みたい人がいて……」


 しかし、俺の予想に反してラフィーはキースの申し出を断った。

 これは意外だ。


 ラフィーは内気な性格で、友達を作るのは常にキースの仲介が無ければ無理なくらいだ。

 そんな彼女が顔見知りなどいないこの現状で、キースと組むことを選ばないとは。


 一体、彼女はいつの間に友達を作ったのだろうか。


「え、だ、誰だい!?」


 案の定、キースは目を見開く。

 彼はラフィーの幼馴染だ。彼女のその内気さは彼が一番よく知っているだろう。だからその驚きは当然だ。


「え? え~と……」


 キースの当然の質問に、しかしラフィーは言葉を濁す。

 どういうことだろうか。そこは素直に組みたい人を言えばいいんじゃないか?それとも嘘をつくほどキースとは組みたくないのか?


 ラフィーは目を泳がせると、やがて近くにいた俺と視線を交わす。


「ヴィ、ヴィクセン様、お願いできますか!?」

「……!?」


 今度は俺が瞠目する。

 『ソドアス』では最後まで貴族に対し緊張を隠せないキャラだったラフィーが公爵の息子である俺を誘っている。


 だが、状況から察するにラフィーはキースと組みたくないのだろう。

 彼女の俺を見つめる瞳は強い意思が宿っているように見える。


 「私の考えを察して!!」。そんな意思が。


「ああ、もちろんだ」


 俺はラフィーの差し出された手を握る。

 すべすべした手……と、思いきや女性にしては少しごわついた手だった。平民であり村出身である彼女は生きてから今まで畑作業に人生のほとんどを費やしたはずだ。それに、かたくなったたこも感じられる。


 ラフィーは表情をぱぁっと明るくさせる。どうやら、よっぽどキースとは組みたくなかったらしい。

 俺は困惑する。


 本来、キースとラフィーの仲は幼馴染ということもあり大変良好はずだ。

 二人の会話は最早熟年夫婦といった雰囲気を醸し出していると評判で、キス×ラフィのカップリングは俺のお気に入りの一つだ。


 それが、どうしてこんなことになっているのだろうか。

 少なくとも、ラフィーの後ろで目をがん開きにしているキースはラフィーのことを憎からず思っているはずだが……。


「そ、それでは済まないな、キース」

「え、あ、は、はい……」


 困惑を隠せない俺は、本来ならここで「ふはは残念だったなキース。お前の幼馴染は貰っていくぞ」という悪役ムーヴをかますべきなのだろうが、気まずい雰囲気にそう言うのがやっとだった。


 俺、ラフィー、そしてリーゼットの三人で場所を移す。


「さて、ラフィーよ――」

「おい」


 俺が少しびくびくしているラフィーに声をかけようとした瞬間、ドスの聞いた声が響いた。


「……ユリヤか」


 振り向けば、そこにはローゼリアの従者ユリヤがいた。

 彼女の表情は憤怒に歪んでおり、その水色の瞳で俺を睨みつけている。恐らく、先程ローゼリアたちを紅組から追い出したことを根に持っているのだろう。


 普段なら悪役貴族として彼女の怒りに応えることも吝かではないのだが、今の俺は早くラフィーと話したい。


 俺はリーゼットに目配せをする。

 すると、それだけで全てを察したリーゼットがユリヤの元へ歩き出す。

 やだ、この従者……優秀すぎ……!?


「ユリヤ。ヴィクセン様は現在非常にお忙しいのです。話があるのならまずは私を倒してからにしなさい」

「あ? なんでそんなまどろっこしいことしなくちゃなんねえんだよ。あたしはヴィクセンに用が――」

「――へぇ、自信がないんですか?」

「……は?」

「私をさっさと倒せば貴方はヴィクセン様と話せると言っているんです。それをまどろっこしいなど……私相手に苦戦すると言っているようなものではないですか。あぁ……それとも、勝てる自信がないんですかね?」

「安い挑発だが……乗ってやるよ。吐いた唾は呑めないってこと教えてやる!」

「それではここから少し離れた場所へ移動しましょうか。貴方の剣筋は少々乱暴なので」


 リーゼットは俺にアイコンタクトをした後、ユリヤと共に離れて行った。

 有能過ぎる……。ヴィクセンには勿体ない従者だよあいつは……。


「さて、待たせて悪かったなラフィー。それでは――」

「え、えっと! ごめんなさい、ヴィクセン様。私なんかの相手をさせてしまって」


 俺がラフィーへと振り返ると、彼女は頭を下げて桃色のつむじを俺に見せていた。

 貴族に恐縮しっぱなしの彼女のことだ。その言葉は本心からのものなのだろう。


「頭を上げたまえ、ラフィー。俺も君と話したいことがあったのだ」

「え……?」


 俺は体を震えさせる彼女の頭を上げる。


「君が俺の紅組に入りたがる理由だ」

「え、えっと……」

「聞けば、君とキースは幼馴染の関係なのだろう? それならば彼の白組に入ることが自然だと思うのだが……」


 そう、聞きたいこととはこれだった。

 さっきも聞こうと思ったが、授業の時間となってしまい聞くことが叶わなかったのだ。


「それは……」

「あっと……一応今は剣術の授業中だ。適当に剣を打ち込みながら話すとしよう」

「は、はい」


 俺とラフィーは少し距離を取る。

 俺はリーゼットが持ってきてくれた剣を握り、構えた。


 俺の記憶は相変わらず曖昧なままだが、それでも俺が剣を持って敵と戦ったことはないだろう。

 それでも、俺は何の違和感もなく剣を握り、剣士のように構えることができた。


 これは恐らくヴィクセンの記憶なのだろう。

 確かに俺はヴィクセンの体に乗り移ってしまったが、ヴィクセンの記憶の残滓とでもいうものが、俺の底に残っている。


 例えば、先程の授業は座学だったのだが、教師が黒板に書く文字は明らかに日本語ではなかった。それにもかかわらず、俺は何の疑問も持たずにそれを読むことが出来たのだ。

 

 きっと、ヴィクセンとしての記憶の一部がこの身体に残っているのだと、俺は推測できた。


「それじゃ、適当に打ち込んでくれ」

「は、はい!」


 俺たちは周りに溶け込むように木剣で打ち込みを始める。


「それで、聞いていいだろうか。君は平民、それに見る限りあまり人と関わるのが苦手のように見える。それにも関わらず、君は唯一の知り合いであるキースがいる白組ではなく貴族ばかりがいる紅組を選んだ。その理由を」


 ラフィーは弱々しい力で剣を振るいながら口を開いた。


「……私、キースが苦手なんです」

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