冷たく閉ざされた悪役令嬢 ~母が冷蔵庫壊れたから令嬢庫買ってきた~


 家の冷蔵庫が壊れたので母が家電量販店に行った。母が帰ってくると業者が真っ赤な冷蔵庫を搬入してくれた。


「なんかすごい色だね」

「すごい安かったのよ。しかも最新式で音声で操作も可能らしいわ。」

「へえー凄いもんだね。」


 母と呑気にそんな会話をしていると突然、冷蔵庫から女性の声が飛んできた。


『ここの家は客にお茶も出さないの??呆れてものも言えないわね!!』


「えっ!! お母さん冷蔵庫喋ったよ!!しかも怒られたんだけど!?」

「そうね、やっぱり元気で良い令嬢庫だわ!」

「いや令嬢庫ってなに!?」

「なにってこの最新型の音声ガイダンス付き悪役令嬢庫の事よ!!」

「なにその気持ち悪い日本語!!……流行ってるからって冷蔵庫業界にまで悪役令嬢は進出してたの??」


 母と会話しているとまたしても冷蔵庫、改め令嬢庫から声が聞こえた。


『ねえ、この私をいつまで待たせる気なの?? 信じられないくらい使えないわね!!』

「あらごめんなさいね。えーっと、さっきいれたムギ茶でいいかしらね。ちょっと待っててね。」

『あー本当に要領が悪いわね!!このグズ!!下働きからやり直したいの??』

「そうねー。……ねえ空いてるペットボトルなかったっけ?」

「お母さんのスルースキル高すぎない!? この令嬢庫かなりめちゃくちゃ言ってるよ??」


 母がさっきヤカンでいれた麦茶をペットボトルに移し、令嬢庫のドアサイドに入れる。そしてドアを閉じるとすぐに反応した。


『うぇ!なにこれ!? そこのグズ、こんな貧乏くさいモノよくこの私に出せたわね!! 死刑よ死刑!! しかもまだ熱いじゃない! 電気代喰うからやめなさい!!』

「……ね?電気代の事教えてくれて便利でしょ?」

「その前の罵詈雑言聞こえないの?? お母さん買ったからって無理してるよね??」


 母は私の言葉に無言で微笑み、そのまま夕飯の買い出しに出掛けた。家には私と令嬢庫が取り残された。


『はあ、ねぇあなたお腹が空いたわ。甘いものは無いの?』

「……すみません、今母が買いに行ってます。」

『あーあ、本当に親子揃ってグズね。何もないなら中の温度上げなさいよ!! 電気代の無駄よ!!』

「……はい。……あれどこで操作するんですか?」

『はあ、まったく猿以下の知能ね。最新型なんだから音声操作に決まってるでしょ?? ふふ、私に「温度を上げてくださいお願いします」って頭を地面に擦り付けて懇願なさい!!』

「はあ?じゃあ自分で勝手に温度上げろよ。あっやば――」


 つい理不尽な要求に腹が立って口が滑ってしまった。しかし、気づいた時には時すでに遅し。令嬢庫のモーター音が唸り声を上げた。


『この無礼者ッ!! 私はあの家電御三家S〇ARP家の公式令嬢庫よ!! 絶対に許さないわ!! 二度と冷たい飲み物を飲めなくしてあげる!!』

「え!? ……あっ電源切れた。どうしよう、S〇ARP家敵に回しちゃったよ。」


 私が困り果てていると、母が帰ってきた。


「ただいま。あら、令嬢庫がどうかしたの?」

「おかえり、なんか怒らせちゃったみたい。もう使えないかも。」

「えーまだ買ったばっかりなのよ! とりあえず令嬢庫が好きそうな物買ってきたから入れてみましょう。」


 そう言うと母が紅茶とケーキを令嬢庫の棚に置き、ドアを閉めた。すると再びモーター音が唸り声をあげる。


『ふん! 今回だけは不問にしてあげるわ!! 私の慈悲深さに感謝しなさい!!……ってグズ!!ちゃんと野菜室を使いなさいよ!! あと冷凍庫は上に重ねないで取りやすい様に横に並べるのよ!! 本当にダメね。よく平気な顔で生きていられるわ。』

「……ね? アドバイスしてくれて便利でしょ?」

「お母さん我慢しないで!! こんな不良品は返品すべきだよ!! 安心して、まだ間に合うから私がしてあげる!」

「そうなの? お母さん我慢しなくていいの?? 令嬢庫殴ってもいいの??」

「返品出来なくなるから殴るのはやめて!!」


 母も返品出来るとわかって肩の荷が降りたのか落ち着いた様子で中身を取り出し始めた。私も保証書を見ながら対応を考えていると令嬢庫のモーター音が少し小さくなった。


『……結局あなた達もそうなのね。どうせ私は誰からも必要とされない出来損ないなんだ。S〇ARP家でもいつも厄介者扱い……私だって……誰かの役に……いえ何でもないわ。覚悟は出来てる。はやく追放しなさい。』

「「令嬢庫……。」」


 きっと令嬢庫に罪は無い。流行っているからと勝手に冷蔵庫にされ、厄介者扱いされてきたのだ。そんな中で歪んだ彼女の心は全てに反発する事でしか体裁を保てなかったのかも知れない。そしてそんな心情は私にはとても馴染み深いものだった。


 すると母が令嬢庫に出していた中身を入れ始めた。


『ちょっと何してるの!?』

「何ってあなたは冷やす事が仕事でしょ? 令嬢庫だからって働かないなんて言わせないわよ?」

『どうして……』

「不器用でプライドが高い人は我が家にもいるからね。……でしょ?」


 私は保証書を破り捨て、母と一緒に中身を入れる。


「私、上司と仕事で揉めて少し前に会社を辞めたの。何もかも否定された気がして1人殻に閉じこもってた。でも必要としてくれる人は必ずいるの。私にとって母がそう。そしてあなたにとってのそれは私達よ。その……さっきは酷い事言ってごめん。」


『……あなた達本当に馬鹿ね。』




 ――月日は流れ、私も近くの仕事が決まり穏やかな生活を送っている。ただ一つ問題なのは我が家の令嬢庫が可愛くて仕方ない事くらいだ。


「ただいま令嬢庫!! 寂しかった?」

『はあ!? さ、寂しくなんかないわよ!!…………。』

「どうかしたの?」

『……おかえりなさい。私を放ったらかしにして大変お疲れ様でしたッ!!』

「あはは、ごめんごめん!!」


 あの日、母が買ってきた令嬢庫はもう我が家になくてはならない存在だ。彼女は家電であり、悪役令嬢であり、そして家族の一員だ。


「あらおかえり。そうだ令嬢庫ちゃん、ムギ茶冷やしといて」

『いいけど……ちょっとお母さん!? いつも冷ましてから入れてって言ってるでしょ!!』

「やっぱり令嬢庫ちゃんはいいリアクションするわねー。」

「わかる!聞きたくてついついやっちゃうよね!」

『はあ、まったく親子揃って本当にダメね……私がいないと。』

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コメディ短編集 津慈 @hino5

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