『やきたてのやきいもだよー』の声に駆け寄ったら妬き妹(やきいも)屋だった。
休みの週末も気がつけばもう夕方だ。
漫画や録画したテレビを見て家でダラダラ過ごしていた俺は外から聞こえてくる拡声器を使ったダミ声に反応した。
『やきたてのやきいもだよー』
「焼き芋か。たまに食べたくなるんだよな。朝から何も食べてないし、買いに行くか。」
俺はサンダルを履いてジャージ姿でアパートを出た。外の通りを見るとスピーカーの付いた軽トラックが住宅街の路地に止まっている。荷台には屋根がついていて横に「やきたて!やきいも」と少し間抜けなノボリが風に揺れていた。俺はそのまま軽トラックに近付いて声を掛けた。
「すみません、やきいも1つ下さい。」
「ありがとうございます! 3000円です!」
「はあ!? 高すぎだろ!! アホか!!」
「いや、標準価格ですよ!うちのやきいもは"やきたて"なんで!」
「大体焼き芋は焼きたてで売ってるだろ?? あっもしかして高級志向の奴か! 何時間もかけて焼いた安納芋とかだ!!」
前に友達が買ってきた奴を食べたけど、トロっとしてて蜜が滴る濃厚な甘さに衝撃を受けた事を覚えている。アレ以上なら高いけど3000円でもアリなのかも。そんな俺に店主は首を傾げながら答える。
「"あんのういも"? いやうちは"じついも"ですね。それに売るまでに12年はかかってますよ。」
「12年!? もう丸焦げだろそれ!? それに"じついも"なんて品種も聞いた事ないよ俺。」
「……あーなるほど。お客さん、うち"いも"は"いも"でも妹の"いも"で『
「ごめん、いもいもいもいも煩くて理解出来なかったかも。あんた今、妹って言った??」
「はい、妹です。実の妹で12歳ですよ!!反抗期なんで妬いたら手が付けられないほどアツアツですよ!」
「ちょっと警察呼びます。あんたはそこを動くなッ!」
堂々と住宅街で実の妹を3000円で売っているサイコ男に俺の忘れかけていた正義の心に火がついた。男の襟を掴んで動きを封じスマホで110番しようとすると横から声が掛かった。
「ちょっとワタシのお兄ちゃんになにしてんの!!」
「あっ妹、お兄ちゃんを助けてくれ!! この人妬き妹を誤解してるんだよ!」
「またなの? だから妬き妹なんてやめた方がいいって言ったのに。……あのお兄ちゃんを離してあげて下さい。妬き妹は別に如何わしい商売じゃないんです。」
「とてもじゃないが信じられない! 君はコイツに騙されてるんじゃないのか? 妬き妹屋なんて正気とは思えない!!」
荷台から顔を出した兄を庇う少女の登場に闇深いものを感じた俺はつい声が大きくなる。すると少女はポツポツを語り始めた。
「私とお兄ちゃんは家庭の事情でずっと離れて暮らしてたんです。それが最近一緒に暮らし始めたんですけど、お兄ちゃんは私との生活のために毎日夜遅くまで仕事で……全然家に帰ってこなくて……」
「……。」
「……それで結果、妬き妹屋になったんです。うぅ」
「ッ泣くな妹!! 全て俺が悪いんだ!! あの時ああしていれば結果、妬き妹屋にならなくてもすんだのに!!うぉぉぉ」
「結果、妬き妹屋になる理由を教えて??」
俺は泣きながら抱き合う二人を見ながらどうしようか迷っていた。この光景を見る限り、如何わしい商売ではないのは本当かも知れない。
「はあ……とりあえず、妬き妹ってなんなんですか?それによって警察に通報するか決めますよ。」
「ありがとうございます!! 妬き妹はうちの妹が仕事ばかりの私が休日に電話していた時にヤキモチ妬いてくれた時の衝撃によって生まれた商品なんです!!試しに1分だけお試ししてみますか? 商品は10分からなんですけど」
「え? じゃあ試しに。」
「はい、ではスタート!」
何が来るのかと身構えていると後ろから声が掛かった。
「ねぇ……ねぇってば!!」
声に驚いて振り返ると先程まで荷台から顔を出していた少女が出てきていた。そして不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
「えっ俺? なに??」
「何ってお兄ちゃんがワタシの事無視して話してるからでしょ!」
「はあ!?」
「もう知らないんだから! 一生口聞いてあげないからね!」
(ふっなるほど、これが妬き妹か。まあ面白いんじゃないか)
俺には姉がいるが妹はいなかった。だから確証は無い。しかし、今もこちらをチラチラ見ながら頬を膨らます少女を俺の本能が妬き妹だと叫んでいる。まあこれも一興だろう。ここまでされたら俺も兄として対応しなければならない。やれやれだ。
「ごめん。悪かったよ」
「……はあ?何それ。適当すぎ!」
「あれ、口聞かないんじゃないのか?」
「い今のはノーカウントなの!!」
「じゃあ今の「今のはノーカウントなの」はどうなんだ?」
「それは………――ッ!! ……お兄ちゃんのいじわる。」
何かを言いかけて口をパクパクした後、睨みつけてからそっぽ向いて膨れっ面からいじわる発言。俺の今までの人生に殆どなかった妹成分をこの数分で過度に摂取した事により精神的なアナフィラキシーショックで思わず膝を着いた。
「ぐはっ……妬き妹恐るべしッ!」
「はい1分終了でーす!!どうでしたか?良かったですよね??」
「うっ……正直、最初は舐めていました。俺は妹の妬きの部分だけを見て悟った気になっていた。でも妬き妹の真骨頂はそこじゃなかった!!」
「あの短時間でそこに気付くとは……あなたは素晴らしい感性をお持ちですね。そう、妬き妹の真価は突き放されるS的な表層部分ではないのです。そこに内包された慈しみと葛藤こそが妬き妹を妬き妹たらしめているんです!!」
「すまなかった、俺が間違っていたよ。妬き妹は如何わしい商売なんかじゃない。」
妬き妹を一瞬でも如何わしい商売だと思った自分が恥ずかしい。それは家族愛と思春期のアンビバレンスな心が生み出す聖典だった。俺は黙って財布から六千円を取り出した。
「あの1回三千円です。多いですよ?」
「いや、これでいいんだ。疑った詫び代の三千円と1回分の三千円だ。受け取ってくれ。」
「……あなたは。ふっ私が言うのもなんですが、変わり者ですね。」
「ふっ初めて言われたよ。……妬き妹屋上手くいくといいな。」
俺はそう言って六千円を手渡そうとした時、突然横から伸びてきた手に止められた。
「お兄さん達、少しお話いいですか? 近隣の住民から少女をトラックに監禁して売買している者がいると通報を受けましてね。……説明して頂けますか?」
「「…………。」」
その後の事はよく覚えていない。いや、路地で土下座したあとからだろうか。兎に角覚えていない。家に帰れたのは21時過ぎだった。夕飯を買うために近くのドンキに行ったらレジ近くに焼き芋が売っていて知らぬ間に涙が流れた。
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