最悪の悪役令嬢がクマさんパンツだったから逆転する話


「クマさんパンツを穿いてるんです!!」


今にして思えば彼女にとって最悪の瞬間はそこから始まったのだろう。



――貴族学園で行われた王子の誕生会で事件は起こった。王子が貴族令嬢ベアリアとの婚約を大勢の観衆の中、国の重鎮や彼の父である王様の前で破棄したのだ。騒然とする会場でも王様は微動だにせず事の成り行きを伺っている。


「ベアリア嬢はこちらにいる私の新しい婚約者のハニール嬢に悪質なイジメを行っていたのです。証拠として汚れた服や強迫に近い内容の便箋もあります。それに私自身が何度か彼女のイジメの現場を目撃しております。」


王子は証拠品を観衆に見せながら、会場全体に響く声で訴え、横にいるハニール嬢は目をハンカチで押さえながらシクシクと項垂れて観衆の同情をひいている。


「……私は、」

「この場に及んでまだ口答えをする気か!! 貴族なら潔く自らの行いを認め、相応の罰を受けろ!!」

「王子の言う通りだ! それにあの反抗的な目を見ろ! 非道な行いをしている者の目だ!!」

「そうだわ! きっとハニール嬢に王子を取られると思ってイジメをしたに違いないわ!! 国外追放よ!!」

「たく…この国にお前のような幼稚な馬鹿は必要ないのだ! さっさと消えてくれぬか? 酒が不味くなる。」


王子の声に観衆も賛同し、心無い言葉をベアリアに突き刺さる。彼女はキツイ見た目をしていたが内面は大人しい少女だった。親の決めた王子の婚約も期待に応えようと努力していた。しかし、真面目で面白味のないベアリアは軽薄でお調子者の王子と相性が良くなかった。


それでも懸命に努力をしていたが、結局は知らぬ内に周りに嵌められこうして貴族の見世物にされている。


勿論まったくの無実の罪だ。しかしベアリアに発言する機会は無い。誰も聞く耳を持たず、最早ただの嫌われ者を痛ぶるショーに成り下がっている。


ベアリアが心を閉ざし全てを諦めようとしたその時、会場の扉が勢い良く開いた。その音に皆の視線がそちらに向く。入ってきたのは1人の少女。ベアリアの唯一の友達のクマベルだった。


「ベアリアはイジメなんてしていません!!」


クマベルのよく通る声が会場に響く。しかし、回り始めた歯車はそう簡単に止められはしない。非難の声はより激しくなり、そしてそれを愉快そうに見ながら王子が口を開いた。


「お前はしていないというがこちらには確固たる証拠がある。それともこの証拠を覆す様なものがあるとでもいうのか!!」

「あります。でも見せることは出来ません!」

「はっ! それは証拠とは言わない。さっさと消えろ! ここにいる貴族の皆様もそう思いますよね?」


王子の声に賛同するように地響きの様な怒号が飛び交う中、クマベルはベアリアの方を振り返り語りかける。


「ベアリア、あなたはずっと私の親友。それは変わらない。」

「うん、私もそうだよ。クマベルは1番の親友。」

「私は喩えあなたに嫌われてもあなたを守る! 親友として絶対に救ってみせる!見ててベアリア。あなたを追放なんか絶対にさせない!!」

「えっクマベル?」


クマベルは大きく息を吸い込むと劈く様な声で会場を支配した。


「ベアリアはクマさんパンツを穿いてるんです!!」


静まり返る場内、そして僅かに王様が前傾姿勢になっていた。


「クマさんパンツを穿いてるんです!!」


静かになった状態での2度目の暴露は会場を越えて学園内全域に聞こえるんじゃないかというくらい響いていた。


「ちょっと、クマベル!? 何言ってるのやめてよ!!」

「これしか無いの。私は覚悟を決めたわ!」

「いや、私の覚悟も確認してよ!! もう……恥ずかしいよ。」


赤くなって蹲っているベアリアに会場がザワつき始める。


「あの反抗的な目でクマさんパンツとは……趣深いものがある。間違いなく非道な行いはしていないだろう。」

「まさかクマさんパンツなんて……国外追放は言い過ぎたわ。自宅謹慎くらいかしら。」

「ふっこの国も捨てたものではないな。おい、酒を追加で持ってこい!!」


今までの追放ムードは完全に霧散していた。これには王子も慌てて口を開いた。


「たかがパンツ如きでこの証拠をひっくり返せるか!!」

「ひっくり返せるわ!そう、パンツのようにね!!」

「もうやめてよ、クマベル……うぅ」


それでも王子は証拠を見せながら大立ち回りをしていると、ついに王様がその重い腰をあげた。皆が静かに注目する中、鋭い眼光でクマベルとベアリアを見つめ、顎髭を触りながら落ち着いた声で話す。


「クマベル。先程の話に嘘偽りはないか。」

「はい、王様。全て真実です。」

「なるほど、……何処でそれを知った。出来るだけ詳しく話せ。余が許す。」

「はい。では……あれは私とベアリアが友達になって、初めてお泊まりをした日のことです。あの夜――」

「えっ!? ちょっとクマベル!! 私のパンツの回想する気なの?? ていうか王様はなんでそんなに興味津々なの!? あと許すかどうかは私に決めさせて!!(小声)」



――人見知りのベアリアにとってお友達が遊びに来るのは勿論、お泊まり会なんて夢のまた夢で、この日のベアリアは嬉しくて楽しくて、生まれて初めてあからさまに浮き足立っていた。


「ベアリア、一緒にお風呂入ろうよ。」

「えっいやだよ。恥ずかしいよ。」

「いいじゃん!! 女の子同士なんだし!!」

「でも……笑われちゃうから。」

「えっ?? 胸の話? 別にそんな事で笑ったりしないよ。」

「違くて、……さんなの」

「なに??聞こえない??」

「クマさんなの。……パンツ。」


そういうと真っ赤な顔になったベアリアは両手で顔を隠してしまった。そしてクマベルは鼻血を出してベッドに倒れた。


――クマベルの話を会場にいる全員が真剣に聞いていた。それはホールスタッフ、キッチンスタッフも含まれていた。ベアリアは回想と同じように顔を両手で隠していた。


「――という事です。ベアリアがイジメなんてするはずありません! 王様もこの話を聞けばご理解頂けましたよね?」

「……うむ、確かにイジメは間違いだろう。我が息子が大変な迷惑をかけた。ベアリア嬢、そしてクマベル嬢。これは1人の父としての言葉だ。済まなかった。」

「うぅ……お外歩けない。もういっそ国外追放されたいよ。」


これで全てが解決した。ベアリアは泣いているが皆が晴れやかな気持ちでいるとただ一人未だに諦めていない男がいた。


「こんな事が認められるか!! ……ククク、証拠を出せ!」

「ですから証拠は――」

「あるだろ!! ベアリア嬢が本当にクマさんパンツを履いているならここで証明出来るはずだ!!ククク」


この発言には会場から大ブーイングが起こった。特に女性からは軽蔑の籠った目が向けられ、ハニール嬢すら彼から距離をとっている。そんな中1人の女性が前に現れた。その人は王子の母にして第1王妃その人だった。


「息子がご迷惑お掛けしました。ベアリアさんごめんないね。」

「いえ、私は……」

「とりあえず、パンツは女性の私が確認するわ。」

「えっ!?」

「とりあえず、あちらに行きましょうか。さあ早く!」

「なに?助かったんじゃないの?」


ベアリアは王妃に萎縮している間にパンツを確認されてしまった。とてつもなく素早い動きで見られた事に気付かないレベルだった。


「お母様、どうでしたか? クマさんパンツなんて嘘なのでしょ??」

「……ええ、クマさんパンツではなかったわ。」

「ククク、見たか!! この嘘つきの極悪人が!! 追放だ追放!!」


そのやり取りに会場が再び騒然とする。しかし、そんな時王様の鶴の一声が会場を静止させた。


「静まらんか!!!……クマさんパンツではないとは誠か?」

「はい。」

「……そうか。」


残念そうな顔で席に座る王様に王妃は語りかける。


「クマさんではなく、トラさんでしたわ。」

「なに!!? トラさんだと!!」


思わず立ち上がった王様は勢い余って椅子を倒した。その後ろにはこの国の聖獣たるトラの横顔をあしらった国旗が風で靡いていた。


「はい、この国の国旗にも描かれているトラです。私の洞察力によれば彼女は今日の王様が来るこの会のため、おろしたてのトラさんパンツを穿いてきたようです。値札が付いたままでした。」

「なんと……愛国心に溢れた少女だ。」

「……そそんな事で、たかがパンツ――」

「ではこの中にトラのパンツを履いている者は他にいますか?? あなたが非難し罵声を浴びせていた少女は誰よりも国を思う貴族の鏡ですよ!! いい加減理解しなさい!!」

「くそぉ!!!!」

「……もうこの国いや。」



――ベアリアと王子との婚約は破棄された。それは仕方の無い事だろう。また王子は継承権を失ってしまった。醜聞も酷く国外に留学する話が持ち上がっているらしい。一方、ベアリアは貴族界でその名を知らぬ者がいない有名人になっていた。庶民にもあの会場にいたホールスタッフやキッチンスタッフによって話は伝わり最早、国一番の女傑といっても過言ではなかった。


「あのクマさんのパンツ人」「あのトラさんのパンツ人」


街に出れば、何処からそんな単語が聞こえてくる。ベアリア本人は数日間寝込んだ後、ランジェリーショップに買い物に出掛けた事がまことしやかに囁かれていた。

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