コメディ短編集
津慈
うちの娘が家でよく遭難する。
「ママ!!」
「なーに小夏?」
「私は今日からあそこで遭難するので話しかけないで下さい!」
「あらあら、今日も大変ねぇ」
「……。」
「お昼も食べないのね?」
「……。」
「おやつもないって事ね?」
「いや、だから話しかけないでって言ってるでしょ!!」
娘がリビングの真ん中に布団と物干し竿でテント風なモノを作り遭難を宣言した。
「ごはんはビスケットをもっているから大丈夫なの!」
「あらあら、それで水はあるの??」
「……スタート前だからセーフです。水を下さい!」
「あげてもいいけど、ビスケット5枚と交換ね。」
「横暴っ!! 足元をみるな!!」
「でもビスケットの独り占めはよくないわ。」
「……3、いや2枚で手を打ちなさい!!」
「3枚半ね」
「……くそ!! ママには救助船がきても教えてあげないから!!」
娘はおやつのビスケット10枚入から3枚半を手渡した。残りは6枚半。現在は午前10時。テントに籠るとビスケットを床に並べて計算し始めた。
「なるほど、6枚半なら……えっとー13日は生きられる!」
「1日半分なの? お腹空かない?」
「……。」
「お昼は小夏の好きなカレーよ」
「……。」
「トッピングにとろとろチーズよ」
「いや、だから話しかけないでって言ってるでしょ!!」
「いらないって事ね。」
「……たまたまカレーととろとろチーズの漂着物が流れつきました。幸運に感謝です!!」
現在は時刻は正午をまわり、娘は漂着物のチーズカレーを時折周りを警戒し、テントに隠れながら食べている。ちなみにビスケットは残り4枚半になっていた。
「小夏、洗濯するから物干し竿貰うわよ。……えい!」
「え!? うわあああ!! これは……台風です!! お家が崩壊しました!!」
「あと毛布も干すから貰うわよ。……それ!」
「いやあああ!! これは……完全に野ざらしです!! 早急にお家の補修が必要です!!」
「じゃあこれ使う?」
「……バスタオル。貰います。」
「じゃあビスケット2枚ね」
「この人でなし!! 地獄に落ちろ!!」
現在は15時を回った。娘はリビングの真ん中でバスタオルを被って寝ている。ビスケットは残り1枚になっていた。
「くっ疲労で寝ていました。遭難は過酷です。ビスケットも残り1枚。……最悪のシナリオも考えないとです。」
「小夏、今日のおやつはシュークリームよ。」
「……仕方ありません。ビスケット1枚と交換です!!」
「それじゃあ、足りないわね。」
「こいつ……血も涙もないのか!!」
「ビスケット1枚にそのバスタオルでいいわ。」
「悪魔です!! 全てをむしり取られます!!」
「シュークリームいらないの??」
「……最後に笑うのはひたむきな人間です!!」
現在は18時。娘はリビングの真ん中に大の字で倒れている。シュークリームで顔はベタベタだが険しい表情だ。
「絶体絶命です。 食料は尽き、家はなくなり、そして、ここには悪魔が棲んでいます。 ……ここまでですか。」
「小夏、晩御飯できたわよ。」
「……悪魔の声に耳を傾けてはいけません!」
「小夏の好きなハンバーグよ。」
「……耐えるのです!」
「中にチーズが入ってるわよ。」
「……ふふふ、完敗です。コングラッチュレーションです」
「食べる前に顔洗ってね」
「はーい!! お父さんまだ??」
現在は21時。娘は部屋で寝ている。夫が帰ってくると今日の話をした。
「あはは! お前、小夏をいじめるなよ。」
「可愛いかったからついね。」
「……なあ明日の休みキャンプでも行くか!小夏の遭難ごっこも捗るだろ?」
「いいわね。小夏きっと大喜びするわね。」
明けて朝の8時、小夏にキャンプについて話した。
「ふっ……パパとママはいい歳して遭難ごっことか恥ずかしいですね。結局、都会が1番です。小夏はス〇バでマック〇ックを開きたいです。」
「キャンプだとご飯はBBQよ」
「……仕方ありません。産んでもらった恩もあります。付き合いましょう。」
時刻は17時。キャンプの帰りの車内。娘は遊び疲れて寝ている。
「小夏に寂しい思いをさせてたのかもな。」
「そうね。なんか1人遊びばっかり上手くなって、テレビの影響か口も妙に達者だしね。」
「もう少し仕事も考えないとな。あと今度は2人で連休合わせて皆で旅行でも行こうか」
「そうね。賛成。」
――娘が遭難しなくなってそろそろ1年が経つ。私は嬉しい様な寂しい様な複雑な気持ちで物干し竿に布団を干した。
「小夏はもう遭難しないの?」
「ふっ、ママは成長しませんね。小夏は日々成長しています。」
「じゃあ成長している小夏はお昼のカレーにとろとろチーズなしね。」
「それとこれとは関係ないです!! 横暴反対!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます