第2章 十七歳

第1話 親しき仲の礼儀

「俺たち、付き合うことにしたから」

「ほいよ、おめでとさん。節度はもつように。みんなで暮らしているんだから、花さんや俺に気を使わせるようなことは禁止な」


 別に結婚の報告じゃないから改まった席である必要はないけれど。

 朝食の席で「そこの醤油とって」並みの軽さでお付き合いの報告って、とは思う。


 彬人も彬人だけど、悠斗さんも悠斗さん。


 彬人の言葉に悠斗さんは「わかったー」と動じることなく軽ーく受け入れて、「俺の分のコーヒーもちょうだい」並みのさりげなさでの注意事項。


 日頃から似ているって思っていたけど、この二人は本当に似ている。


「俺も芽衣もその辺りは分かってる、大丈夫」

「それならいいさ。じゃあ、仕事に行ってくる」


 やっぱり、もう少し、こう、ねえ。


 ***

 

「それじゃあ、花さんにお赤飯作ってもらう?」

「いや……そう言われると、そこまででは」

「そう?いま芽衣に言われてきちんと区切りをつけておくのもいいって思ったんだけど」


「それじゃあ、悠斗さんに認めてもらったお祝いってことでケーキ食べに行こうよ。もう行く時間だから、都合いい日を連絡するね」

「楽しみにしてるよ、いってらっしゃい。今日は部活で遅くなるから、先に夕飯食べてて」

「分かった、行ってくるね」


 玄関まで見送ってくれた彬人にいつも通り手を振ったあと、家から五十メートルくらいしか離れていないバス停に向かう。


 私と彬人は違う高校に通っている。


 彬人は悠斗さんが卒業した超進学校に。

 進路を聞いたとき、悠斗さんがうん十年愛用しているあのジャージが欲しいからかと疑ったが、久しぶりに『バカ芽衣』と呆れられた。


 でも、やりかねないんだよね。

 彬人はそれくらい悠斗さんを慕い、英雄視している。

 分かるけどね。


 私は公立の女子高に通っている。


 悠斗さんは学費を出世払いで貸してくれると言ってくれたし、お母さんの残してくれたお金も悠斗さんがうまく運用してくれたから私立も選択肢にいれられたけれど、私の将来やりたいことを考えると別に無理して私立に行く必要はなかった。

 選んだ女子高は、朝比奈家から無理なく通える範囲で一番偏差値が高いから。


 それだけなんだけれど、周りには彬人が共学を反対したって思われている。

 これについては彬人に謝ったけれど、「安心していることは確かだから謝らなくていいよ」と言われた。


 ***


「芽衣、聞いてー!彼氏に浮気されてる」

「そっかー、敵は誰?」


 私の言葉にえみは「敵って」と笑う。


「部活の後輩。頼られてるからって言って休みもその子と二人だけで出かけたりさ。この前三人で会ったんだけど、三人でいるのにその子は彼としか話さないの。私が話しかかても、彼氏経由で答えが返ってくるのよ」


 あー、想像ついた。


「あくまでも私の意見ね。人見知りとか気後れとかあるかもしれないけれど、甘え過ぎだと思う。咲と彼氏君の関係を知っていてその態度なわけでしょ?」


 私の言葉に咲が力強くうなづく。


「そう、で、気分が悪くなって私は直ぐに帰ったの。私と一緒に過ごす気のない子と過ごすのってイラッとするし、イラッとする姿を見せるのはイヤだから」

「咲の味方前提だけど、私もそうするな」


「そうしたら、夜に連絡が来て、私が後輩を怖がらせたって怒ってるのよ」

「んー、そうきたかー。ま、そーくるよねー」


 典型的な、使い古されている手だけれど、やっぱり有効なんだよね。


「失敗したわー。ま、敵の思惑は想像ついているの。私が怒って『別れる』っていうのを待っているのよ」

「そういうことは、彼氏君の中は一応後輩ちゃんより咲のほうが重くて、それを後輩ちゃんも分かっているわけか」

「まだ、一応ね」


 ニヤッと笑った咲の顔から、咲の考えていることは想像がつく。

 まあ、これは咲の戦いだから野暮なことは言わないけれど、


「意固地にならないようにね」


 咲は目をパチクリとさせ、「そういう芽衣、本当に好き」って笑った。

 うん、あの笑顔ができるなら咲は大丈夫。


「芽衣の彼氏は大丈夫?あっちだって後輩ができたんじゃない?」

「いるよー。さっそく告白もされたみたい」

「おー、さすが!まー、芽衣のところは大丈夫か。同じ家だから一緒の時間も長いし」

「一緒に住んでいるのはアドバンテージにはなるけれど、時間は同じ学校の子のほうが長いよ」


「不安はないの?」

「もやっとはする。でも、私が不安になったところで彬人の環境が変わるわけじゃないでしょ?それにこういうのはお互い、いつでもあることだろうし」


「芽衣って何歳?」

「花も恥じらうオトメの十七歳」


 ***


「まあ、そんなことが。私の感想としては、どんな理由があろうと浮気と不貞は『ダメ、絶対』ですね」

「そんな、薬物みたいな」


「いけないと分かっているのにやってしまう背徳感、バレるかもしれないというスリル、一度やってしまうとクセになる依存性。薬物と同じなのかもしれませんよ?」


 なるほど。


 にこりと笑った花さんは私の前に「デザート」と言ってプリンをくれた。

 デザートなんて珍しいな、と思って花さんを見ると「私からのお祝いです」だって。

 しかも私の好きなケーキ屋さんの数量限定プリン、ありがたや~。


「お赤飯はみなさんがそろう日にしましょうね」

「いや、流石にそれは」

「それでは金目鯛の煮付けにしましょう、彬人さんの好物ですしね。実はプリンは二つしか買えなかったんです」


 そう言って花さんは自分の分の限定プリンを食べ始めてる。

 我慢はしない、これが長く良好な関係を続けられるコツなんだろうな。


「芽衣さん、不安なことがあったらきちんと彬人さんに言ってくださいね。言わなくても分かる、以心伝心は夢のまた夢ですからね」

「うん」


「女性としての不安があったら、この花に相談してくださいね。身体的な負担はどうしても女性のほうが大きいですからね。イヤなことはイヤだと、しっかり、はっきり、誤解のないように言わなくてはいけませんよ」


 ふふふ、花さんって私のおばあちゃんみたい。

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