親しき仲でも礼儀あり /芽衣 16歳

「付き合おう」

「……ドッキリ?」


「どうしてそうなる?」

「今日は4月1日、エイプリルフール」


「あ……」


 変な一幕になりかけた告白劇を済ませて私と彬はお付き合いすることになった。



「俺たち付き合うことにしたから」

「ほいよ、おめでとさん。節度はもつように。みんなで暮らしているんだから花さんや俺に気を使わせることはするなよ」


 別に結婚の報告じゃないから改まった席である必要はないけれど、朝食の席で「そこの醤油とって」と言ったあとに「そうそう」と報告するのはどうかと思う。


 彬も彬だけど悠斗さんも悠斗さんだ。


 彬の報告に悠斗さんは動じるどころか軽ーく受け入れた上に、「ついでにコーヒーを淹れて」並みのさりげなさで注意事項を述べる。日頃から似ているって思っていたけど、この二人は本当に似ている。


「俺も芽衣もその辺りは分かってる、大丈夫」

「それならいいさ。じゃあ、仕事に行ってくる」


 やっぱり、もう少し、こう、ねえ。


 


「今さらかもしれないけれど花さんにお赤飯作ってもらう?」

「いや、そこまででは」

「そう? いま芽衣に言われてきちんと区切りをつけておくのもいいって思ったんだけど」


 区切りについてはケーキを食べに行くことにした。


「もう行く時間、行ってくるね。都合いい日を連絡するね」

「楽しみにしてるよ、いってらっしゃい」


 玄関まで見送ってくれた彬が「あ」と声をあげる。


「今日は部活で遅くなるから先に夕飯食べてて」

「分かった、行ってくるね」



 外に出て、家から五十メートルくらいしか離れていないバス停に向かう。私と彬はいま違う高校に通っている。彬は悠斗さんが卒業した超進学校……偏差値あたまの問題ではない、二度いうけれど偏差値あたまの問題ではない。


 因みに希望校を聞いたときに悠斗さんがうん十年愛用しているあのジャージが欲しいからかと疑って真意を尋ねたが、久し振りに「バカ芽衣」と呆れられたもののジャージの件は否定されなかった。もしかしたらは未だ拭えていない。彬はそれくらい悠斗さんを慕い英雄視している。


 分かるけどね。


 私は公立の女子高に通っている。悠斗さんは学費を出世払いで貸してくれると言ってくれたし、お母さんの残してくれたお金も悠斗さんがうまく運用してくれたから私立も選択肢にいれられたけれど、私の将来やりたいことを考えると別に無理して私立に行く必要はなかった。


 選んだ女子高は朝比奈家から無理なく通える範囲で一番偏差値が高い。それだけなんだけれど、周りには彬が共学を反対したって思われている。この冤罪について彬に謝ったけれど「安心していることは確かだから謝らなくていいよ」と言われた。



 ***



「芽衣、聞いて! 彼氏に浮気されてる」

「敵は誰?」


 私の言葉にえみは「敵って笑える」と笑う。うん、涙ぐんでいるよりいい。


「敵は部活の後輩。彼氏あいつ、頼られてるから仕方がないと言って休みの日にその子と出かけるの。趣味が合うんだとか言っているけれど、そういう問題?」


 うーん……。


「この前三人で会ったの」

「何で?」


「いつも彼氏と一緒だから『彼女さんに謝りたい』だって」

「そうきたか」


「で、その子は彼氏としか話さないの。私が話しかけても彼氏経由で答えが返ってくるの」


 状況は理解した。


「あくまでも私の意見ね。人見知りや気後れの可能性もあるけれど後輩ちゃんは咲に彼氏さんと自分の仲を見せびらかせたんだと思う」

「だよね!」


 私の言葉に咲が力強くうなづく。


「その日は私は直ぐに帰ったの。見たくなかったし、自分と一緒に過ごす気のない子と過ごすのって嫌でしょ? それに彼氏にイライラする姿を見せたくないじゃない」


 そう言うってことは咲は彼氏のことがまだ好きなんだろうな。


「そうしたら彼氏から連絡が来て私の所為で後輩ちゃんが怖がっているっていうの」

「んー、そうきたかー。ま、そーくるよねー」


 怖がって甘える振りで自分の株を上げつつ恋敵を貶める。典型的で使い古されている手だけれど、だからこそ有効なのだと分かった。


「失敗したね」

「うん」


「でもこうとも考えられるよ。後輩ちゃんは咲から彼氏に『別れよう』って言わせたい。つまり彼氏さんの中では、やっていることは置いておいて、後輩ちゃんより咲のほうがいいと思っているってことだよね」


「『まだ』そして『一応』だけれどね」


 溜め息を吐いたあとに咲はニヤッと笑う。好戦的な笑み、具体的に何をするか分からないけれど咲は何かをするつもりなのだろう。これは咲の戦いだから野暮なことは言わないけれど一応友人として一言。


「意固地にならないようにね」

「そういう芽衣、本当に好き」


 うん、この笑顔ができるなら咲はまだ大丈夫。


「芽衣の彼氏は大丈夫? 高校違うって結構厄介……芽衣のところは大丈夫か。同じ家だから一緒の時間も長いし」

「一緒に住んでいるのはアドバンテージにはなるけれど、時間は同じ学校の子のほうが長いよ」


「不安はないの?」

「モヤッとはするけれど私が不安になったところで彬の環境が変わるわけじゃないし、彬の置かれた状況を勝手に不安視して悶々としていても人生楽しくないでしょ?」


「芽衣って何歳?」

「花も恥じらうオトメの十六歳」



 ***



「私はどんな理由があろうと浮気と不貞は『ダメ、絶対』ですね」

「危険薬物みたいなことを」


 花さんの言葉に思わず笑う。


「でも薬物と同じなのかもしれませんよ? いけないと分かっているのにやってしまう背徳感、露見すバレるかもしれないというスリル。一度やるとクセになるともいうので依存性もあるのでしょうし」


 なるほど。



「そうそう、こちらを芽衣さんに」

「プリン?」


 これは私が好きなケーキ屋さんの数量限定プリン!


「彬さんから、芽衣さんがきちんと区切りをつけたがっているとお聞きしたので私なりにお祝いをしようかと」

「ありがとう、花さん」


「お赤飯はみなさんがそろう日にしましょうね」

「いや、流石にそれは恥ずかしいような……」


「それでは金目鯛の煮付けにしましょう、彬さんの大好物ですしね。プリンは二個しか買えなかったので彬さん用のお祝いをどうしようかと思っていたんですよ」


 二個……一個は花さん自身が食べるのか。



「芽衣さん、不安なことがあったらきちんと彬さんに言うのですよ。遠慮してはいけませんし、言わなくても分かるはあり得ません。以心伝心は夢物語です」


 花さんが私の手をぎゅっと握る。その柔らかさと温かさにお母さんの手を思い出した。


「女性としての不安はこの花に相談してくださいね。身体的な負担はどうしても女性のほうが大きくなってしまいますから。嫌なことは嫌だと、しっかり、はっきり、誤解も超解釈もできないように拒絶しなくてはいけませんよ」


 そう言うと花さんが足をけり上げる真似をする。


「万が一の時は思いきり、慈悲も容赦もなく力いっぱい蹴り上げるのですよ」


 わお、見事な足さばき。

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