第4話 もう少しだけ待っていて。

「男子って本当に最低!」


 私の横でプンプンと怒っているのは友だちの茉莉。

 怒りながら足音荒く廊下を歩くその姿……胸がぶるぶるっと揺れている。

 そして怒りの原因がコレ。


「男子ってバカしかいないの?集まってチラチラこっち見て、『おっぱいデケー』ってバカじゃないの?」

「悠斗さんが言っていたけれど、この時期の男子と女子はどうやっても上手くいかないんだって。聞いたときは分からなかったけれど、最近分かった。話ししていても目線が合わない」

「それっ!話をするときは目を見て話しましょう、だよ」


 茉莉が指をピッと立てる。


「いいよねー、芽衣は。朝比奈君って全然そんな感じないし」

「目を見て話すけれど、彬人も興味はある感じだよ。王子様って言われているけれど、その辺りは特殊じゃないと思うし」


「そうなの、朝比奈君?」

「そうだね、普通にあるよ」


 ちょうど階段を下りてきたのか、階段の上から降ってきた彬人の声に「だよね」と返すと、隣の茉莉は「オープンだね」と笑った。


 でもさ、こういうのって、隠すと変な雰囲気にならない?

 お互いに興味を煽っちゃうような。


 彬人がそういうことに興味を持つのと一緒で、私だってそういうことに興味はある。

 思春期はお互い様。

 男の子たちみたいにオープンにはしないけれど、女の子だって男の子の自分とは違うところに興味あるしね。


 私たちは子どもだけれど、純粋に子どもとは言えない。

 好奇心で、大人の真似もできちゃう。


 でも大人じゃないから、そうなったとき、悠斗さんみたいに「ご冗談を」とニッコリ笑って相手をスマートに“なかったこと”になんてできない(あくまでも私のイメージだけど)。


 だから彬人はそうならないように線を引いて、線の位置を私に教えてくれる。

 彬人は男の子で、私は女の子だって。

 うっかりでもなんでも、踏み込まないように気を付けてって。


 それに気づかない人間ではありたくないな。

 なにも知らない、無邪気とか無垢とかって一般的に好まれるみたいだけれど、私としては友人にするにも無理。

 年相応のものは持っていて欲しいし、持っていたいと思う。


「彬人、どこに行くの?」

「これから玲央たちとバスケする約束。芽衣は?」

「これから中庭で女子トーク」


 実のある会話かと聞かれると悩むけれど、女の子たちとテーマなく話すのは楽しい。

 だらだら話して、最後になって「何でこんな話をしていたんだっけ?」って顔を見合わせることもあって、それがまた楽しい。


「ふーん、日焼けに気をつけてね」


 そう言ったかと思ったら、なぜか彬人が近づいてきて……はえ?

 何で?


「日焼け止めが残っていたよ、塗り方がザツ。まだらになっても知らないぞ」

「え?あ?……ああ、日焼け止め」


 どうやらアゴの下に日焼け止めクリームが残っていたみたい……ビックリした。

 伸ばしそこねたクリームがついていたのは分かったけれど、口で言ってよ。

 突然指ですくい取るって、少女漫画のヒーローみたいなことをされると心臓が飛び出そう。


 彬人はそんなつもりはないみたいだけどさ。

 私についていたクリームを手に伸ばして「ふーん」とか言っているし。

 そんなに新作の日焼け止めに興味があるの?


「芽衣、これウォータープルーフ?」

「そうだよ?あ、使う?」


 これからバスケって言っていたよね。

 まあ、男の子だから少しは日焼けしていていいと思うけれど、真っ黒は健康面でも少し心配だし。

 「使う」という答えにうなずいて、差し出された手の甲にニュッと適量より少し多めに出しておく。


「余ったら野間君の顔にでも塗ってあげて」

「それ、腐女子が喜ぶコースじゃないか?」

「仕方ないよ、そういう需要に応えるのもイケメンの使命って言っていたじゃない」

「僕は伯父さんほどサービス精神はない」


 本人にサービス精神はなくても、彬人のやることは周りのエンターテイメントになっていたりする。

 バスケをやっている姿とか、『THE 青春』って感じだし、爽やかで格好いいしね。


 ***


「私と彬人の関係って変なのかな」


 彬人と階段下で別れたあと、中庭に向かいながら茉莉が言ったことがあまり理解できなかった。

 茉莉が言うには「別れがあまりにアッサリしている」とのこと。

 別々に約束があるんだから、別に構わないと思ったんだけど。


「家のこと?それとも距離感?」

「距離感のほう」


 私の質問に彬人が「うーん」と考える。


「僕は別に変とは思わないし。そもそも変だったら直してるし。何かイヤだった?イヤだったら言ってね。言わなくても分かる、はナシだからね」

「イヤではないけれど、ドキッとはさせられたかな」


 私の声に彬人は楽しそうに笑う。


「イヤじゃないならドキドキは受け入れて」


 いつからだろう、彬人はこういうことを言うようになった。

 そうして私はまんまとドキドキするのだ。


 ここで「私のこと好き?」って聞くこともできる。

 だけどそれは彬人が引いてくれた線を飛び越えることで、飛び越えた先の自信はまだない。

 こわくて、飛び越えることはできない。


 もしお母さんが生きていたら、こういうことを相談できたのかな?

 うーん。

 「付き合ってダメだったら『それまで』でいいじゃない。先のことなんて誰にも分からないんだから。レッツ☆トライ」とウインクする姿しか思い浮かばない。

 お母さん、分からないことを悩むタイプじゃなかったからなあ。


「芽衣、いろいろ難しく考えているでしょ」

「よく分かったね」


「原因の半分は僕だからね。芽衣がイヤだということは絶対にしないつもりだけれど、お互いに気を付けようね」

「うん」


 大事にされていると思う。

 友だちは「朝比奈君もさっさと告白すればいいのに」というけれど、いま告白されても自分の答えに自信がない。


 彬人の好意に応えたとき、果たしてそれは純然たる好意によるものか。

 それとも生活の安定を失うことへの恐怖があるのか。

 私の「YES」には安定を得たいという狡さがあるんじゃないか。


 いまの私の生活の安定は朝比奈家にいるから得られているのであって、『ダメ』になったらという恐怖心がどうしてもある。


「芽衣、また難しい顔しているよ。まあ、仕方がないか。それが芽衣だもんね」

「ご迷惑おかけします」

「いえいえ、ゆっくり考えてください。僕は適当にやっているから」


 適当……適当レベルで『あれ』かあ。


「あのさ、もう少し手加減してくれない?」

「んー、無理かなあ。芽衣ってモテるから、僕も気が気じゃないんだよね」

「またそう言う……メンタル的に壁ドンされている気分だよお」

「そうなの?追い詰めないのって難しいねー」

「頑張る気ないでしょう、それ」

「まあまあ、慣れればこれが日常になるよ。大丈夫、大丈夫」

「軽っ」


 反射的に答えた私に彬人は、いつもの彬人より何歳も上の男の人っぽく笑うと、次の瞬間いつもの彬人の笑顔に変える。


「さ、買い物して帰ろう」

「買い物?」

「そう、花さんから『お買い物メモ』が送られてきた」

「何で彬人に?いつもなら私に……なるほど」


 メッセージ画面に出ていたのは【米(10キロ)、味噌、醤油、料理酒、みりん、砂糖、塩、缶ビール6本パック】。

 ……これは重い。

 お米にビールって悪意しかない。


「彬人、花さんになにかしたの?」

「んー、これは伯父さんの指示だと思うよ?玲央から野間さん、野間さんから伯父さんってところかな……まあ、いいや。行こうか」

「いいけど、持つの手伝うよ」

「大丈夫、大丈夫。伯父さんからの挑戦状だから僕が頑張らないとね」


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