第3話 無色透明の女の子※彬人視点
「あー、北川めっちゃ可愛い」
五時間目の自習の時間、運よく芽衣のクラスが外で体育だった。
勉強する振りして外を見ていたらグランドから聞こえてきた声。
「性格もめちゃくちゃいいよ。うちの姉ちゃんが言っていたけれど、女友だちの多い女の子はマジでいいって。イイコちゃんって感じもしないしなー」
「小柄で細身なのに胸があるのもいい。ほら、走っていて胸がぷるんぷるん揺れるのとか……いいなーって思うんだ」
「「わかる!」」
芽衣の顔と性格を褒めるまでなら許容できたが、胸の話となると別。
芽衣のクラスというのは分かっているから、あとは誰か探るだけ。
「でもさー、北川って男と同棲しているんだろ?」
「あー、三組の朝比奈なー。あのイケメンが相手じゃ俺たちに勝ち目はないかー」
「いいな、朝比奈。あの胸、いつも揉んでんだ」
揉んでねえし、そもそも触ったことねえし、見たこと……見たことは、ないことはない。
もちろん着替えとかを覗いたとかじゃなくて、キャミソールの襟元からチラッと見えたというか、不可抗力だったんです、あれは。
思わず頭に浮かんだ芽衣のお母さん、莉乃さんに心の中で必死に弁明した。
***
「彬人―、何してんだ?まーた、芽衣ちゃん観察?」
「人聞きの悪いことを言うな、玲央」
野間玲央。
カタカナで書くと「ノマレオ」で、何かゲームの魔物のようだけれど、伯父さんの秘書をやっている野間さんの息子。
最近転校してきたんだけれど、この明るい性格ですっかりクラスに馴染んでいる。
玲央は俺が芽衣のことを好き……めちゃくちゃ大好きなことを知っている。
いや、結構知られているか。
伯父さんや花さんには「分かりやすい」って言われるし……隠していないから別にいいけれど。
なんでか芽衣は知らない、鈍感だから。
「ちょうど良かった。この下でしゃべっている三人を知っているか?」
「んー?ああ、右からす……っと、あぶねえ。お前、名前が分かったとして、何をするつもりだ?」
「あいつら、芽衣の胸がどうこう言ってやがった」
玲央が冷たい目を俺に向ける。
「王子様、口が悪い。そのくらい大目に見ようよ。俺たちみんなそういうお年頃なんだよ。興味ってやつ?女子にとってはイヤかもしれないけどさ。お前だって正直そういうの、興味あるだろ?」
「ない」
「本当は?」
「……わけないだろ」
「だよな」
男って本当に厄介だなーと思う。
「大切にしたい」って思っているのに、なんかこう、違うドロドロッとした感情が湧いて出てくる。
俺にとって芽衣はこの世で一番大切で、何よりも大切にしたい子。
莉乃さんと伯父さんも大切な人だけど、莉乃さんは「芽衣をお願い」と言って亡くなり、伯父さんには「お前の助けが俺に必要とでも?」と言われたから、俺の全ては芽衣に一点集中している。
以前それを玲央に言ったら「こえーよ」と言われた、なぜだ?
「俺、実は芽衣が天使だったとか言われても驚かない気がする」
「あーそー」
「だってさ、芽衣は完璧なんだよ。今朝だって『彬人、おはよう』って可愛い笑顔を向けてくれるし、朝食の味噌汁だって毎日三食欠かさず飲みたいくらいに美味しいし、花さんがいるのに家のことを何だかんだとやりながら学校行く時間は厳守って、最高じゃない?」
「うん、今日も彬人が朝から絶好調なことが分かった」
「これで不調になったら芽衣に足向けて眠れないよ。あー、早く結婚したい」
「まだ恋人にもなっていないのに……」
「伯父さんに高校に行くまで男女交際は認めないって言われた」
あ、そうだ。
「聞いてよ。最初は『高校に行くまでお付き合いは禁止』しかなかったのに、最近めちゃくちゃ条件が増えてんだよ。結婚だって年収五百万円を超えるまではダメだって、うちの芽衣はやらんって言われた。伯父さんのじゃないのに」
「どこに、どう突っ込んでいいのか分からん!あと五百万って微妙に現実的!とにかく、精進しろってことだよ」
そういうことだよなー。
「玲央」
「……なんだ?」
「野間さんに似てきたね」
「……ありがとうよ。お前も悠斗さんに似てきたよ」
「あ、本当?それは嬉しいなあ」
伯父さんに似てきたって、どこかな?
顔?
顔だといいなあ、俺、伯父さんみたいにカッコイイ大人になるのが夢。
いま一番気をつけているのが背。
顔はあとでどうにかなるかもしれないけれど、伯父さんみたいに背が高くなるには成長期のいましかチャンスはない。
これについて芽衣に相談したら背が伸びるように食事に気を使ってくれるようになった。
はあ……芽衣って本当に最高。
芽衣は無色透明のひと。
キレイ、キタナイじゃなくて、物事の判断を自分の目でしているって感じ。
いつもニュートラルに物事を見ている。
初めて芽衣に会ったとき、あの人から育児を放棄されていた俺は空腹でふらふらだった。
この頃はもう給食じゃ足りなくて、それでもお金がなくて何も買えなくて。
困っていたところを莉乃さんとそして芽衣が救ってくれた。
「困っていること」だけを適確に助けてくれることができる人はなかなかいない。
最初に出会った他人がこの二人だったから気づかなかったけれど、伯父さんが俺を探し出してくれたとき、呼ばれて来た児童相談所の人と接して痛感した。
俺を痛ましいものを見るような目で見て、ジュースだ、お菓子だ、といって優しさを与えようとするのだ。
俺はそんなことを望んでいないのに。
俺が気にしたのはこれからのこと、明日からのこと。
これからも学校に行けるのかとか、芽衣と莉乃さんと離れ離れにならないかということ。
いま思えば、俺は確かにあの人の子どもだなって思う。
あの人が『息子』に興味がなかったように、俺も『母親』に興味がなかった。
まあ、選択肢のない俺と違ってあの人には『母親にならない』という選択肢があったのだから、完全に同じというわけではないけれど。
話し合いが終わると、俺は伯父さんの家に住むことが決まった(条件などは不明)。
助けてくれる人に文句は言えないから黙っていたけれど、どこに連れていかれるか不安だった。
だって転校するのがイヤだったから。
そしたら部屋から出てきた芽衣が「彬人、転校するの?」と聞いてくれて、同じ学区内だと知ったら「また来週、学校でね」といつもと同じ挨拶をしてくれた。
あのとき、俺の心は完全に芽衣のものになった。
だって、普通気にする?
母親の暴力にさらされていた子どもが良識ある大人に引き取られたら、そこで「めでたし、めでたし」なんじゃない?
しかも相手はひと目見て何となくわかるお金持ち。
完全にシンデレラでしょう、俺。
それなのに「また来週、学校でね」って、『THE END』ってエンドロールがあの瞬間にパッと消えたよ。
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