魔女の家での生活 /芽衣 14歳

 小学生の私が「でっかい家」と感じた朝比奈邸は一般的な住宅の二軒分の広さのある平屋。普通の住宅街ではちょっと目立つ。


 二軒分の面積を使った平屋よりも一軒分の面積で二階建てのほうが一般的だと思ったけれど、悠斗さんに理由を聞けば「年をとったら二階に行くのが大変……膝が……」と言われた。老後のことを考えていた。


「「ただいま」」

「あらあら、お帰りなさい」


 玄関を開けて帰宅を告げれば花さんが出迎えてくれた。


 住み込みで働いている花さんは今年還暦。品が良くどこか浮世離れしている雰囲気の花さんはお伽噺に出てくる善い魔女のよう。そう思うのは私だけじゃない。邸にきたお客さんはほとんど花さんが対応するためここは近所の人に「魔女の家」と呼ばれている。


 家主は悠斗さんですのに花さんは笑うが、悠斗さんはこうして私の為にこの家を魔女の家にしてくれている。「男二人暮らしの家に女の子一人」よりも「魔女の家に住む三人」のほうが周囲の視線は少ない。



「お帰り~」


 花さんに出迎えられるたびに悠斗さんの気遣いに感謝とかいろいろ感じているんだけど、高校の名前の入ったジャージを着て好物の棒付きキャンディーを咥えながら歩き回るのは止めてほしい。尊敬の念が薄れてしまう。


「伯父さん、そのジャージ好きだね」

「着心地がいいからな。羨ましかったらお前もこの高校に行け」


 進学校をジャージの着心地で決めるのはどうかと思う。


「その高校のジャージって去年新しくなったよ。デザインだけじゃなくて素材も」

「マジかー」


 彬、もしかして本気でジャージの着心地でその超難関校に行こうとしてた?

 そうじゃなかったらジャージについてなんて調べないよね。


 ジャージの着心地で超難関校に行く奴がいたらその顔を見たいと言おうとしたけれど、意外と彬の顔が「その顔」になるかもしれないから黙っておこう。



「花さん。夕食の準備を手伝うね」

「あらあら、毎日ありがとうございます。学業の成績もよく、運動は少し……ですが、明るい性格でお料理上手。芽衣さんはいいお嫁さんになりそうですね」


 花さんって正直者だなあ、運動は確かにあまり得意じゃない。


 でも学年で常に五位以内の成績はキープしているしさ……はい、すみません。ここにはどちらもトップを独走する(した)文武両道の人が二人もいます。でも二人が化け物なだけで私が普通の人間なの。


「あらあら、どうしましたか?」

「不公平だと思って」


 神様の依怙贔屓だと言って指した先、のんびりとくつろいでいる二人に花さんは苦笑する。


「才能や素質だけでは駄目ですよ、お二人とも頑張り屋さんです。特に彬さんはね、王子様になるために頑張っていますし」


 王子様とは現実的な彬にしては随分メルヘンなことを。


「彬は今もうすでに王子様だよ」


 彬が王子様みたいと言われて超モテることはこの界隈の常識。この辺りに住む女の子たちの辞典には『朝比奈彬』が『王子』の類義語として載っているに違いない。


「王子様ですって。彬さん、良かったですね」

「ありがとう、花さん。でもそれ・・は僕の期待しているやつじゃないんだ」


 王子に「それ」とか「あれ」とかあるの?


「ははは。頑張れよ、彬」

「うん、頑張る」


「いいねえ、若いって」

「悠斗さんも十分若いよ。野間さんも社長へのお誘いが多くて困るって言ってた」


 野間さんは悠斗さんの秘書。

 私たちと同じ年の息子がいる……あれ、バツイチだっけ?


「俺って女性にも男性にももてるからなあ」

「おかげで手間が二倍だってさ」


 あ、野間さんで思い出した。


「彬、野間さんが土日暇なら職場見学お手伝いに来てほしいって」

「別にいいけど……どうして野間さんから芽衣に連絡がいくの?」


 私たちは中学生なのでバイトは禁止だけど、彬は「お手伝いの範囲内」で会社の雑用をしてお小遣いをもらっている。お手伝いの範囲内といっても悠斗さん基準だからどんなことをしているのやら、人間に化け物のことは分かりません。


「お前がいつもスマホを持ち歩かないから芽衣に連絡するしかないんだよ」

「それなら明日から肌身離さず持ち歩く」


 彬は持ち歩くのを面倒がって家ではスマホをリビングに置きっぱなし。

 ローテーブルの上でよくブーブー鳴っている。


 面倒は分かるんだけど、うっかり画面を見ちゃったときとか「見て悪いことしたな」って気持ちになるんだよね。女の子からのメッセージが届いた通知とかだと尚更。


「芽衣を見習え、お前の何倍も早く返事をしてくれるぞ。しかもスタンプ付きで」


「スタンプ大事なの?」

「スタンプはおっさんたちの憩いなの」


 背後に『労働』とか『努力』とか背負った筋肉男のスタンプが憩い?


「俺たちのメッセージなんて『はい』とか『了解』だけの二文字ばっかだから。可愛げ皆無だから」


 スタンプに馴染みがないのか……こういうとき悠斗さんの若々しさが見た目だけと感じる。


「お前だって似たようなもんだろ。俺への返事なんて『はい』とか『了解』ばっか。スタンプ送ったことあるわけ、誰に?」

「芽衣に送っている」


 はい、私に送られています。

 今朝も彬からゆるふわ系の結構かわいいスタンプを送られてきました。



「芽衣、そんなにスタンプを安売りしちゃだめだよ。誤解されたらどうするの?」


 誤解もなにも彬と違って私のスタンプってそんな可愛い系ないよ?

 悠斗さんは癒しと言っているけれど、あの筋肉ムキムキのどこに癒しがあるのか分からない。


「誤解って、会社の奴ら全員四十過ぎたおっさんだぞ?」

「いまの芽衣はまだ可愛い感じだけど将来はとびきりの美人になるに決まってる。二十歳と五十歳ならなくはない」


 前半の過剰な誉め言葉はさておき、二十歳と五十歳って芸能人じゃないんだから。


「三十歳差は世代間ギャップがなあ……好きな音楽とか特撮の話とか、話し合わないのはちょっと」

「それは同感」


 そうそう、世代間ギャップと言えば見せたいものがあるんだった。

 鞄を探ってこの前買ったポーチを取り出す。


「最近レトロで可愛いのが流行っているんですよ。ほら、見てください」

「懐かしー、近所の文房具屋の袋の絵だよ」


「あとこのタンブラー」

「アデリアングラスの柄じゃん。田舎の婆ちゃんちにあったよ。あ、彬の曾婆ちゃんだな。へー、いまこんなのが流行っているんだ。意外だなあ」


「ばっちり話が合っているじゃないか!」


 珍しく彬が大声を出した。


「え、何で? 彬が怒るポイントってあった?」

「怒る理由はバッチリ分かるけれど不可抗力! 芽衣が話し上手なんだよ!」

「え、あ、そうですか? 話し上手って嬉しい」


 話し上手って頭がよく聞こえない?


「なんでそこで喜ぶんだよ、バカ芽衣!」


 バカ芽依?


「あ、それ久しぶりに聞いた!」

「は?」

「懐かしいなあ。やっぱり彬は彬だよね。背が伸びて雰囲気が大人っぽくなったなーって感じることが増えたけれど、やっぱり変わらないね」


 女子と男子だからある程度の距離感が出るのは自然のことだと思っていた。


 でも最近の彬から感じていた距離感はそれだけじゃなくて、悠斗さんとの間に感じるものに近い。先に大人になっていく彬に置いていかれる不安というか、それと同時に男性っぽさが妙に気になるというか……。


「馬鹿な奴、二歩進んで三歩下がってるぞ」

「進んだ分がゼロになっただけ。マイナスにはふってない、バカ伯父!」


 ふふふ、バカ伯父!


「今日の彬、小学生みたいでなんか可愛い!」

「ああ、もう、俺のバカ!」

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