第2話 イケメンの魔女(?)

 朝比奈家は普通の住宅街にあるけれど、一般的な住宅の二軒分の広さのある平屋で、小学生が見て「豪邸だ!」って騒ぐ感じの家。


 二階建てにすれば大豪邸なのにと悠斗さんに言ったら、「年をとったら二階に行くのが大変だから」と言われた。

 現実的だなー。


 門を通り抜けて、玄関を開けて、元気に「ただいま」と言えば台所のほうで物音がする。

 ちょっと待てば家政婦の花さんが出迎えてくれる。


 「今年還暦なの」という花さんが毎度対応してくれるため、ここは近所で魔女の家と言われている。

 「家主は悠斗さんなのに」と花さんは笑うが、仕事で留守が多い悠斗さんに比べて、この家にいることが仕事の花さんの方が家主っぽく見えるのは自然なことだと思う。


 悠斗さんが花さんを家政婦として雇ったのは私がこの家に来てから。

 「家政婦さんなんて贅沢極まりない。家事なら私がやる」と反対したけれど、悠斗さんと、そして彬人もこの件だけは絶対譲らず、私が引っ越してくる日から花さんも住み込みで働き始めた。


 あとから分かったけれど、悠斗さんはここをわざと『魔女の家』にしている。

 私のために、私に悪い噂がたたないように、私が近所の人の悪意にさらされないように。


 こういう気の回るところは流石だな、と思う。

 「お帰り~」と言いながら、高校の名前の入ったジャージを着て、好物の棒付きキャンディーをくわえている姿はあまり尊敬できないけれど。


「伯父さん、そのジャージ好きだね」

「着心地がいいからな。羨ましかったらお前もこの高校に行け」

「そのジャージ、去年新しいものに変わったよ。デザインも、素材も」

「マジかー」


 着心地のいいジャージが欲しいために超難関校に行くやつがいたらその顔を見たい。

 いや、意外と彬人の顔が『その顔』になるかもしれないから黙っておこう。


「花さん。夕食の準備、手伝うね」

「あらあら、毎日ありがとうございます。学業の成績もよく、運動は少し……ですが、明るい性格でお料理上手。いいお嫁さんになりそうですね」


 花さんって正直者。

 運動は確かにあまり得意じゃない。


 でも、学年で五位以内の成績はキープしているし……はい、すみません。

 ここにはどちらもトップクラスで文武両道の化け物が二人います。

 でも、あっちは化け物、私が普通の人間なの。


「あらあら、どうしましたか?」

「神様って不公平だな、と」


 そう言って指さした先で、のんびりとくつろいでいる二人に花さんもうなずく。


「でもお二人とも努力していないわけではないでしょう?特に彬人さんは王子様になろうと頑張っていますもの」

「彬人なら、いまでも十分王子様だよ」


 「私は知っている」と言うと自分だけ特別に知っているみたいだけれど、彬人がモテることはこの界隈の常識。

 この辺りの国語辞典には『朝比奈彬人』が『王子』の類義語として載っているに違いない。


「彬人さん、いまでも十分に王子様ですって」

「ありがとう、花さん。でも、はまだ僕の期待しているやつじゃないんだ」

「ははは、頑張れよ。いいねえ、若いって」


「悠斗さんも十分若いですよ。秘書の野間さんが言っていましたよ、社長へのお誘いが多いって」

「俺って男にもモテちゃうからなー」

「野間さんが『手間が二倍』だって疲れていました。あ、そうだ。彬人、野間さんが今週末暇なら職場見学に来ないかって」


「また僕をタダでこき使う……別にいいけど。でも、どうして野間さんから芽衣に連絡がいくの?僕のことなのに」


 職場見学という名のお手伝い。おこづかいをもらう代わりに、悠斗さんの会社の雑用をしている。


「芽衣に連絡がいくのは、お前がいつもスマホ持ち歩かないからだ」

「明日から肌身離さず持ち歩く。芽衣、今度は僕の方に連絡するように野間さんに言って」

「別にいいけれど、今週末会うならそのとき言えば?」


 そう、彬人ってば持ち歩くのが面倒くさいからって家の中ではスマホをリビングに置きっ放しにするんだよね。

 学校では安全上持ち歩いてはいるみたいだけれど、家のリビングのローテーブルの上でよくブーブー鳴っているのを見かける。


 面倒は分かるんだけどさ。

 メッセージが届いたときにパッと光って、「〇〇からメッセージ」みたいなのが目に入ると困るんだよね。

 特に女の子からのメッセージだったりすると、意図したわけでないのに「見て悪かったー」と思っちゃう。


「彬人は芽衣を見習え。お前の何倍も早く返事してくるぞ、しかもスタンプ付き。お前もやれ。『はい』とか『了解』って、可愛げがない!スタンプよこせ、あれ、オッサンたちの憩いだから」


 ……憩い。


「四十代男性はスタンプに馴染みがないんだね」

「あん?それじゃあ、お前も送るわけ?スタンプ、誰に?」

「芽衣に」


 はい、私です。

 彬人からゆるふわ系の、結構かわいいスタンプを送られてきている芽衣です。


「会社のみなさんが喜ぶならまた新しいスタンプ買わなくちゃ」

「え、あのスタンプって有料なのか?」

「そうですよ?おこづかいで時々買っています」

「そうとは知らず」


 悠斗さんの若々しさが見た目だけと思う瞬間。


「今度スタンプもらったらお礼にポイントを送るようにうちの奴らに言っとく」

「うわあ、ありがとうございます」

「芽衣、そんなにスタンプを安売りしちゃだめだよ。誤解されたらどうするの」


 誤解もなにも、彬人と違って私のスタンプってそんな可愛い系ないよ?

 筋肉ムキムキのやつを最近買ったけれど、うけはするけど、全く癒しはないよ。

 背後に『労働』とか『努力』とか背負った筋肉男だよ?


「俺たちみんな四十過ぎたオッサンだぞ」

「いまの芽衣はまだ可愛い感じだけど、とびきりの美人になるに決まってる。二十と五十なら、ないことはない」


「確かに芸能人とかではあるけれど、あれ特殊過ぎる例だぞ。三十差は、流石に世代間ギャップがなあ。好きな音楽とか、特撮の話とか。話し合わない嫁さんはちょっとなあ」


「あ、最近レトロで可愛いのが流行っているんですよ。えっと、この前買ったポーチが……ほら、見て下さい」

「あ、懐かしー。近所の文房具屋の袋の絵だよ」

「あと、このグラス」

「お、アデリアングラスじゃん。田舎の婆ちゃんちにあったよ。あ、彬人の曾婆ちゃんな。へー、いまこんなのが流行っているんだ。意外だなあ」


「ばっちり話が合っているじゃないか!」


「きゃあ!何でなのか分からないけれど、彬人が怒った」

「うわっ!起こる理由はバッチリ分かるけれど、不可抗力だって!芽衣が話し上手なんだよ!」


「え、あ、そうですか?嬉しいな」

「そこで喜ぶな、バカ芽衣」


「あ、その『バカ芽衣』ってやつ久しぶりに聞いた!懐かしいなー、最近の彬人って男子って感じがなくなって大人っぽくなったなーって思うこともあってけれど、やっぱり変わらないなー」


 女子と男子だからある程度の距離は仕方がないし、自然だとも思う。

 でも、最近の彬人から感じる距離はそれとは違って、悠斗さんとの間に感じるものに近い。


 男子じゃなくって、男性みたいな雰囲気のとき、別人というか知らない人って感じがするのだ。


「馬鹿だねー、二歩進んで三歩下がった」

「マイナスにはふってない、バカ伯父」

「バカ伯父……ふふふ、『バカ伯父』、こっちも久しぶりに聞いたー。今日の彬人、なんか可愛いー」

「お、芽衣。いつもの彬人はどうなんだ?」


「カッコいいよ?自慢の幼馴染だもん」

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