幼馴染が王子様になりました

酔夫人

幼馴染が王子様になるまで /芽衣 14歳

 ――― 王子様はいるの?


 小さい女の子にありがちな質問で、そう問われた母親は「いる」もしくは「いない」の回答をしなければいけない。そして娘の夢を壊さないように「どこかにいるわよ」と答える母親が比較的多い。


 これが「王子様のような男の子」に女の子が憧れる主因だと思う。



 そもそも考えるべきはなぜ女の子が「王子様はいるの?」と聞くのかだ。


 答えは「憧れ」。そして「憧れを探す」ということは、権力・財力・顔・性格その他何でもいいが少女の理想のそれを満たす人物が周りにいないということになる。


 それは仕方がない。


 女の子がその疑問を抱くとき周りにいるのは園児か小学生の男児。目立つのは下ネタと汚物を口にすれば人が集まると思い込む馬鹿、それか暇があればとにかく叫ぶ馬鹿、「王子様はいるの?」に女の子たちが行きつくのも理解ができる。



 私も女子の端くれ、例に漏れず小学生のときにお母さんに「王子様はいるの?」と聞いた。


 ――― 成長すれば顔か性格が王子様みたいになる男の子がいるかも。


 そう答えたお母さんは先見の明があったらしい。



「朝比奈君って本当に王子様だよね」


 私の幼馴染は成長し王子様扱いされている。




 幼馴染の定義は難しいが、私の幼馴染である朝比奈あさひなあきらとはお互いに幼馴染で考えが一致している。


 中学生になると「お前たちって何なの?」と聞かれることが多いから相違ないことは確認しておかないとね。


 幼馴染だから彬の昔も今も知っているけれど波乱万丈な人生だなって思う。


 元々は同じアパートのお隣さん。私がお母さんと住んでいた部屋の隣に彬も「戸籍上の母」って女性ひとと一緒に暮らしていた。あの人は仕事と男の人に夢中で、私の中の辞書で「ネグレクト」を引いたらその人が出る。


 彬の養育ほとんど保育園任せで、保育園に預かってもらえない夜は一人でアパートに放置されていた。こんな生活は児童相談所のアンテナに引っかかったようだが、引っかかっても解決されないこともあるという具体例が彬だ。


 彬が小学生になるとあの人の中で「勝手に学校に行って勝手に帰ってくる」という印象になったに違いない。思い出したときにアパートに帰ってきて、忘れなければ生活費を置いていくようになった。


 つまり生活費が置かれる確率はかなり低く、それに気づいたお母さんが食事に誘うようになるまで彬は給食で命を繋いだと言っても過言ではない。


 お母さんはそれなりに稼ぎがあり、かなりの人情家だった。


 ……過去形なのは、お母さんは中学に入学して直ぐに交通事故に遭って死んでしまった。




「芽衣、帰ろう」

「用事はすんだの?」


 告白され慣れている彬は今ではさっさと告白を切り上げて終わらせるスキルを身につけているが今日はいつも以上に早い。


「今日は伯父さんが帰ってくる日だから早く帰りたい」


 彬の父親の兄にあたる『伯父さん』こと朝比奈悠斗さんは彬にとってスーパーヒーロー。お母さんも「あんなスーパーマンが実在するのねえ」と感心しサインをもらっていたほど凄い人だ。


 四十三歳というオジサン突入の年齢なのにイケオジではなく未だイケメン。どのくらいイケメンかというと参加した保護者会の会場の端から端まで騒めかせられるくらいのイケメン。



 彬は五年くらい前に悠斗さんに保護された。


 キッカケは弟(彬の実父)が「実は別れた女が俺の子どもを産んだんだよねえ」と酒に酔って言ったこと。弟の恋人など程度が知れている、甥か姪が心配ということで悠斗さんは彬を探し始めた。


 見つ出した彬の現状に悠斗さんはブチ切れた。


 そして悠斗さんは彬との初対面からたった三時間で彬を養子にした。どうやったかは分からないけれど、なんか知らないほうがよさそうだから手段は聞いていない。


 経緯は大人の事情、当時の私が気になっていたことは彬が明日も学校にくるかどうか。


 隣に住んでいてよく一緒にご飯を食べている友だちがピカピカの黒い車に乗せられていたら「どこか行っちゃうの?」って思うのが普通じゃない?


 ――― 彬、転校するの?


 同じ学区内だから転校の必要はないこと、新生活の準備で今週は休むことになるが来週には学校に行けるであろうこと。私の問いに悠斗さんは優しく笑いながら答えてくれた。


 それなら問題ないじゃない?


 雰囲気からしてあの人より衣食住を保証してくれそうだったし(実際に悠斗さんは十分以上に保証した)。


 ――― 良かった。また来週、学校でね。


 そう言って車中にいた彬と別れたことを覚えている。



 後日談だけど悠斗さんの家は小学校からの帰り道にあるでっかい家だった。


 初めて遊びにいったとき「先祖代々の?」と聞いたら悠斗さんは自分で買ったとドヤ顔。若いのに家を買える悠斗さんはWeb開発だか何だかの仕事をしている会社の社長さん。学生時代に友人たちと起業したんだって。


 黒いピカピカの車を思い出して「キャッシュで?」と聞いたら「ローン組んで」と苦笑された。あの車は雰囲気作りのためのレンタルだったんだって。



 こうして恵まれない男の子がそれなりに金持ちでイケメンの伯父さんに引き取られて幸せになる物語がスタート。イケメンである必要はないけれどイケメンだからかなり絵面がいい感じに整うと思う。


 週が明けて学校にきた彬にクラスが騒めいた。


 ボサボサだった髪の毛はきれいに整えられていて清潔感アップ、つんつるてんだった洋服は体のサイズに合った新しいものに変わっていて更に清潔感アップ。


 やっぱりみんな彬の生活を心配していたんだね。その日の夜に彬が学校にちゃんと来たことを言うとお母さんも良かったと喜んでいた。




「……鍵がない気がする」

「落としたの?」


 彬は少し考える。


「いや、今朝持って出た記憶がないんだ。芽衣はもってる?」

「もっているけど、帰ったら直ぐに鍵を確認してね」


「うん」

「もしかしたら来月辺りに全裸の女性に出迎えられ……「おい、芽衣。白昼堂々、通学路で変な話をするな」」


「「伯父さん/悠斗さん」」


 仲良いなと言って笑うのは悠斗さん。あの時の車とは違うけれど、黒いピカピカの車の窓から顔を出している。こちらもローンで購入して半年くらい前に完済しているはず。


「迎えに来てくれたの、伯父さん?」

「甘い、家まであと少しなんだから歩け。姿が見えたから声をかけただけ、二人とも気をつけて帰ってこいよ」


「彬が鍵を落とした可能性があるから気を付けて」

「……え、落としたの?」

「かも……」


 家に入る前に警察呼んだほうがいいかなあと困りながら車を発進させて私たちを置いていくイケメン。


「そういうことがあったの?」

「下着姿だったけれど、ほぼ類似案件だよね」


「気をつけよう?」

「うん。今は芽衣も一緒に住んでるんだから気を付ける」


 ぜひそうしてください。



 お母さんが死んじゃったあと頼れる親戚もいなかったので中学生の私はホームの入所が検討されたが、それならうちに住めと言って悠斗さんは私も引き取ってくれた。


 独身男性が血の繋がりがない女子中学生を引き取るなんて色々邪推されて厄介だっただろうに……でもなんで養女じゃなくて『同居人』なんだろう。


 別に戸籍や住民票に記載されている内容の問題で「一緒に住んでいる」は変わらないから細かい点なんだけど、気になるたびに聞いてもいまだに理由を教えてもらえていない。


 ロリコン疑惑とか大丈夫なのかと本気で心配したこともあったけれど、「ゲイ疑惑にショタ疑惑、そこにロリ疑惑が加わってもさほど問題にはならない」と言われた。


 心配無用だと分かったけれど疑惑が多過ぎることは別に心配になった。二つは私たちが原因だったとしてもゲイは……あれ、ゲイなのかな?

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