第四話 屋島水族館から丸亀へ
「はい。水族館はその道を真っ直ぐのぼっていけばつきますよ」
「ありがとうございます」
私は屋島の山の上の駐車場で降ろされた。車はここまでらしい。当たり前かもしれないけどぼったくられるようなこともなく、聞いていたとおりの金額を支払うとタクシーのおじさんは帰っていった。
(あ、会社の電話番号メモるの忘れた……)
もしものとき、高松駅に戻るための足にできるようにメモっておこうと思ったのに。スマホで調べればいいのかもしれないけど、いくつもある『○○無線』のどれが良いとかわからないし、変な会社に当たったら怖いから、乗って大丈夫だった会社を再び使いたかった。
(仕方ないか。バスとローカル線乗り継ぎで帰ろう)
少し離れた場所に合ったシャトルバスのバス停の時刻表を写真に撮っておく。やっぱり本数は少ないようだ。気を付けようと心に誓って、私は運転手さんに言われたとおりに山への道を上って行く。峠の茶屋って感じの店を抜けた先に、急にその水族館はあった。
「ここ……なのかな?」
たしかに『新屋島水族館』という看板が出ている。だけど木々に囲まれた中にあるため全貌がよくわからなかった。看板の文字を『○○幼稚園』とかに変えたら、そう信じてしまいそうな外観だし。早速受付で入場料を払って中へと入る。どうやらさっそく館内に行くほうと、ショーとかのステージがあるほうに分かれるらしい。
(池袋の水族館と同じシステム?)
水族館は結構好き。室内だから暑さも寒さも関係ないし、インドア派の天敵である日差しとも無縁だ。季節を問わず楽しめる。一つの水槽をボーッと観てるだけでも楽しいし、長いことジーッとしていても誰に気にされることもない。だから暇なときはちょいちょい行ってるし、なんなら池袋のとかは年間パス持ってたりする。
【↑🔷だってさ。今度誘ってみれば?】
【↑☆コレ内容へのコメント欄だろ。俺に話を振ってどうする】
まだショーはやっていないようなので館内へ向かう道を行くと、まず出迎えてくれたのは熱帯っぽい水槽の中に入った魚たちだった。水族館は魚よりもまず水槽の中の風景を見てしまう。なんかこう、ジオラマっぽくて面白いのだ。製作者のこだわりみたいなのが観られる部分だし。
そしてその脇の扉から館内へと入ると、出迎えたのはドデンとした……ジュゴン? マナティ? どっちだろう。説明文を見るとアメリカマナティって書いてあった。ニールとベルクって名前も付いているらしい。ああ、じゃあマナティなんだ。でもジュゴンとマナティの違いってどこにあるんだろう。
(スマホで調べてみようかな。でも、正直どっちでもいいしなぁ……)
そんなことを考えていたら二頭のマナティがジーッとこっちを見つめていた。な、なんなの、その責めるような目つきは。深い黒真珠のような瞳は、どっちでもいいと思ってることを見透かしているかのようだった。まるで、
ニール&ベルク『『 お待ちなさーい! 』』
ニール『あの子、ジュゴンもマナティも同じって思ってるみたいよ』
ベルク『そんなの許さないワッ!』
……とか言われている気分になった。
【↑☆なんでいまさらマカオとジョマ構文なんだよ】
【↑🔷2023年くらいに急に流行ったわよね。ちなみに違いってあるの?】
【↑☆ツメがあるのがマナティで、ないのがジュゴンとか結構違いはあるらしい】
【↑🔷へえ~、へぇ~、へぇ~】
【↑☆それも古くないか?】
なんだか居たたまれなくなったのでその場をあとにする。そのままぐるっと館内を見て回る。美味しそうなアジが泳いでる水槽を眺めたり、熱帯魚の水槽を眺めたり。瀬戸内の海を再現した水槽はご当地って感じがする。そうして観ていると……。
(あ、ウミガメがいる……って! えっ!? コバンザメ!?)
ウミガメの水槽の中を見ると、ウミガメが背中とお腹にコバンザメを引っ付けて泳いでいた。コバンザメって大きいサメやエイなんかに引っ付いているイメージだったけど、ウミガメのお腹にもくっついたりするんだ。
(マンタインの下にくっついているテッポウオが、アバゴーラにくっついている感じ?)
【↑☆だからポケモンに喩えるのやめーや】
【↑🔷あ、ポケモンの話なんだ……】
観てて「誰でもいいんかい!」とツッコみたくなるような光景だった。長さなら自分と同じくらいかそれ以上のコバンザメが、三匹も自分の身体にくっついているってウミガメからしたら邪魔なんじゃないだろうか。共生というより寄生に近い絵面だし。そんなことを思いながら奥まで行くと……。
(あれ、行き止まり?)
水槽は上から見ると円を描くように配置されていて、これ以上先はないように見えた。館内で観るところってここだけなのだろうか? なんだか呆気なく見終わった感じがして外に出ると、とりあえずイルカショーのステージのほうへと向かう。まだショーはやっていないのでガランとしている(もともと平日なので人もまばらなのだけど)。と、そのステージの向こうにまだ道が続いているようだ。
そこを辿っていくと坂道があり、そこには外に出された大きいビニール水槽などがあった。覗き込めばそこにも魚が泳いでいる。
(あ、まだ続いてるんだ)
どうやらこっちにも観るものはあるらしい。中には魚の餌が入ったガチャガチャなんてものもあって、お金を入れて回せば餌やり体験もできるらしい。ためしに1回やってみると、中から金魚の餌みたいなものが入ったカプセルが出てきた。
(普通のエサ……アンコモンって感じ?)
【↑🔷魚のエサのレアってなんだろう?】
【↑☆んー。アオイソメとか?】
【↑🔷……!? ちょっと! 検索しちゃったじゃん!】
【↑☆あ、すまん】
カプセルを持って水槽の前に立つと、小っこい魚たちが一斉に群がり、大きく開いた口を水面から出していた。うっ、この子たち、エサがもらえるってことわかってるのね。若干だけど集合体恐怖症の私には怯む絵面だった。サラサラとエサを流し込めばバチャバチャと音を立ててエサを奪い合っている。
(うん……なんか……怖いかも)
私は足早にその場を後にした。そして坂道をさらに上って行くと、大きめのビニール水槽があって、その中を小さめのイルカが泳いでいた。さっき素通りしたステージでショーをするいるかだろうか? 私がビニール水槽に近づき、中を覗き込もうとしたそのときだ。
「あ、その子、悪戯で水を掛けることがあるんで気を付けて下さいね」
「っ!?」
近くを通った女性飼育員さんに層言われ、私はバット水槽から身を離した。水族館のイルカショーで『水を掛けられたい方は前の方の席にどうぞ』って司会のお姉さんに言われても、絶対に前には行きたがらない私です。
【↑☆本当に水族館好きなのか?】
そのあとは金魚が大量に泳いでいる水槽を眺めたり、館内に入って個別の水槽を眺めたりした。どうやらマナティとかがいた場所ともわかりにくい道で繋がっているらしく、思っていたよりもこの水族館は広かったようだ。そして歩きながらコツメカワウソが飼育されている場所に辿り着く。どうやら餌やりの時間だったらしく、ケージの中では飼育員のお姉さんがカワウソくんにエサをあげていた。
「ご飯、もうほとんどあげ終わっちゃってるんですよー」
私に気付いた飼育員のお姉さんがそう声を掛けてきた。私は「あ、そうなん、ですか」とちょっとどもりながら返事をする。……声、裏返ってなかったかな? するとお姉さんはカワウソくんがスクッと立ち、お姉さんの「待て」でピンと気をつけをするのを待ってからお魚をあげている。
「もうみんなお腹いっぱいになってて、そっちの巣でお昼寝してるんです」
「へ~」
隣のケージの箱の中に毛玉が見える。あれがそうなのだろうか。コツメカワウソ……取引禁止になったってニュースで見た。東京でもカワウソカフェとかできてた矢先だったから記憶に残っている。まあ禁止になっても、規制前に輸入された個体とか国内繁殖が確認できる個体はOKとかいろいろあるみたいだけど。
(そういえば小豆島で見た妖怪の『カボソ』って、ほぼ『カワウソ』のことなんだっけ? だとしたらこの子は……『コツメカボソ』?)
【↑🔷なんかカボチャの一種みたいだね。コツメカボチャ?】
【↑☆漢字だと小爪南瓜か? ……品種にありそうだな】
そのあとはシャトルバスが来る時間まで水族館でくつろいだり、途中にあった茶屋っぽいところでイイダコの串焼きを食べたり、駐車場の近くにある屋島寺をブラブラ散策して過ごした。さすが源平合戦の古戦場名だけ会って、そのときの逸話なんかを解説している壁絵などが多い。
那須与一と扇の的の話なんかは有名だけど、『義経の弓流し』とかもあるらしい。戦いの最中にあやまって弓を海に流してしまった義経は「叔父の為朝のような強い弓ならいいが、自分の弱い弓を敵に拾われ、貧弱な総大将と笑われては末代までの恥だ」と、敵のひしめく沖まで命懸けで拾いに行ったそうな。
私は為朝さんとやらをスマホで検索してみる。
「……えっ、弓矢で軍船を撃沈?」
【↑☆なにかの動画で平安対艦ミサイルってネタにされてたな】
【↑🔷そんなロケットランチャーみたいな弓を拾ったら敵もドン引きだね】
意地とか誇りの話なんだろうけど、凄い人と比べられたくないって気持ちはわかるかも。
【↑🔷うんうん。私も三人で家のみしたとき、うっかり出しっぱなしだったブラを見られて恥ずかしかったもん。私もナトリンくらいのサイズがあったら堂々と……】
【↑☆検閲仕事しろ! こんなとこでなに言ってんだ!?】
そんなことを思いながらブラブラしていたら時間になり、私はやってきたシャトルバスに乗り込んで山を下りた。マイクロバスに乗客は私だけしかいなかった。のんびりとバスに揺られてJR屋島駅で降りる。ザ・ローカル駅って感じの見た目で、駅員さんも事務所の奥に引っ込んでいるようだったけど、Suicaみたいな電子マネーで乗り降りできるんだから良い時代になったものだよね。
引き戸を開いてホームに入り、時刻表を確認すると電車が来るのは三十分後だった。
(まあ……のんびり待ちますか……)
欠伸をしながらホームにたたずむ。今日は朝からいろんなところに行ったっけ。小豆島にも行ったし、自転車もガンガン漕ぐことになった。山にも(タクシーでだけど)登ったし、旅行一日目とは思えない移動距離だった。夜行列車で朝入りしたかいがある。
だからこそ、いまは一息入れたい。駅のホームには私しかいない。見知らぬ町の、見知らぬ駅にひとりぼっち。……浸れる。もともと隠キャなので孤独は落ち着くのだ。気のあう友達といる時間は楽しいけど、こういうなんにもない時間はホッとできる心地よさがある。なにもないからこそ、なんとでもなるような。
(そういえば……行き詰まってたから旅に出ようと思ったんだっけ)
もうどこにもいけないような、そんな閉塞感があったらから、無理矢理にでも旅に出ようと思ったのだ。どこにも行けないのなら……それはどこに行こうと関係ないってことで……どこに行ったって結果は変わらないのなら、どこに行こうとなにをしようと自由だ、ってことにはならないだろうか?
(うん。ちょっとだけ前向きになれた気がする)
【↑🔷良い傾向だね、ナトリン】
そんなことを思いながら待ち時間を過ごし、私はやってきた二両編成の電車に乗って高松経由で宿を取った丸亀へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「ん~……ついたぁ」
あれから乗り換え込みで一時間以上電車に揺られ、私は丸亀駅に辿り着いた。空はまだ明るいけれども時刻は午後五時近くになっている。ホテルのチェックイン時間は一番早い午後三時半にしてしまったけど、だいぶ遅れちゃったみたいだ。私は一先ず、スマホの地図を頼りに今日泊まるホテルへと向かう。
どうやらアーケード商店街の中にあるみたいだ。シャッターの閉まってる店が大半で少し淋しい感じがするアーケードだったけど、その中にあるホテルは中々に立派な建物になっていた。ここだけなんか浮いてる感じさえする。私は受付を済ませ、カギをもらって自分の部屋へと向かう。部屋に入るとシンプルなベットに大画面のテレビがあり、その向こうにある窓からは……。
(うわっ、お城でかっ)
商店街のアーケードの屋根の向こうに大きなお城がある景色が広がっていた。あれが丸亀城なのかな。平野部にあるお城なのに石垣がすごく積まれてて、ここから見ても天守閣がかなり高い場所にあるのがわかる。
(この急にそびえてる感じ……ドラえもんの裏山みたい)
【↑☆くっ、わかりやすいと思ってしまったのがなんか悔しい】
私は荷物を置いてベッドにポスンと腰を下ろすと、そのお城を眺める。すごいなぁ……ちょっと行ってみようかなぁ……でも、もう夕方だしこれから暗くなるからなぁ……お寺とかだと夜閉まるとこも多いけど、お城はどうなんだろう……と、そんなことをウダウダと考えながら、コテンとベッドに横になった。
(……うん。気になるけど、明日でいいや。ああ……シャワー浴びたい……)
疲労が溜まっていた私は、部屋のシャワーで汗だけは流してから、アメニティの室内着に着替えてベッドに横になり、少しだけ眠ったのだった。
◇ ◇ ◇
「……お腹すいた」
午後六時半を過ぎた頃だろうか。私は空腹で目を覚ました。そういえば今日は朝がうどん、昼がフェリーでうどん、あとはイイダコの串焼き1本しか食べていない。讃岐うどんの腹持ちが悪いわけじゃないけど、身体が……カロリーを欲している。
「夜はガッツリ、食べたい」
スマホを手に取り、丸亀のオススメ料理を検索してみる。丸亀ってなにが有名なのだろうか? やっぱりあの製麺だろうか?
【↑☆いや、あの製麺、実は丸亀関係ないらしいぞ?】
【↑🔷へー。そうなんだ】
「あ、骨付鳥? これ、美味しそう」
ここらへんには『骨付鳥』という鶏料理が有名らしい。地図アプリで検索してみれば、食べられるお店がゴロゴロと表示されている。よし、今日の晩ご飯はコレにしよう。私は着替えると、ホテルからほど近い場所にあるお店に向かった。
アーケードを抜けた先の交差点の近くにそのお店はあった。外観は食事処というよりは居酒屋だろうか。ちょっと一人で入るにはためらうけど……それ以上にもう空腹が限界だった。私は意を決して中へ入る。
「いらっしゃいませー」
「あの……ひとりなんですけど……」
出迎えた女性の店員さんになんとかそう告げると「あー、奥のカウンターへどうぞ」と通された。ボックス席のほうには何組かの飲みグループがいたけど、カウンターには私しか居なかった。席に着くとさっきの女性店員さんがやってきて、
「これお通しです。飲み物何にしますか?」
お通しを出しながらそう聞いてきた。この注文の仕方は完全に居酒屋だ。私は慌ててメニューを見ると、カルピスサワーを注文した。はい。お酒は甘いのしか飲めません。みーくんやさっちゃんが日本酒を嗜んでるのをみるたびに憧れるけど、ちょっとだけ舐めさせて私には美味しさがわからなかった。
【↑🔷まあ人には向き不向きがあるからね~】
店員さんが去って行ってから、私はメニューを見る。看板メニューは骨付鳥。メニューからも推しっぷりが伝わってくる。あとは海が近いからか海鮮系と普通の居酒屋みたいなメニューが並んでいた。骨付鳥は確定として他になにか……と見回してみると、カウンターの向こうの回らないお寿司屋さんにあるようなガラスケースの上に、いくつかのサラダボウルが載っていることに気付いた。
そこにもなにやらお惣菜が入っているみたいだ。あれも注文できるのかな? 私は「……すみませーん」と店員さんを呼んだ。声だと聞こえないと思ったから手も挙げて。私に気付いた店員さんが「はーい」とやってきた。
「どうぞー」(注文票を手に取りながら)
「えっと……骨付鳥をください」
「はい。親鶏と若鶏、どっちにしますか?」
「えっ……なにか違うんですか?」
たしかにメニューにも書いてあったけど、よくわからないので素直に尋ねる。
「親鶏のほうが肉が硬めなんですけど、うま味があります。オススメはこっちです」
「あ、じゃあ。親鶏で。……それとこっちのボウルの料理も頼めますか?」
「はい。大丈夫ですよ」
「じゃあ……コレもお願いします」
私はいくつかあるサラダボウルの一つ。なにやらウズラの卵みたいなものの煮物が入ったものを指差した。店員さんは「かしこまりましたー」と戻って、厨房に居るおじさん(この人が店長さんかな?)に注文を伝えていた。……ふう、なんとか料理を注文できた。私は先に出されたカルピスサワーをチビチビと飲み、お通しの小っちゃいバンバンジーみたいなものを摘まんで料理を待った。
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