第五話 おひとり様メシと浮かぶ城

「はい、おまちどおさまです」


 しばらくしてさっき頼んだボウル料理の、ウズラの卵を煮たようなものが深底のお皿で出された。黄色く、ツヤツヤのテリテリで美味しそうな見た目をしている。


(ウズラの卵……結構好き。八宝菜に入ってるのとか)


 私はウキウキしながらそれを一個つまみ、口の中へと放り込んだ。


(ふむふむ……ん?)


 あれ、なにかおかしい。これ、もしかしてウズラの卵じゃない? べつに美味しくないというわけじゃない。ただこの素材自体の味は控えめで、お出汁の味が染みているって感じだ。これは……どう表現すれば良いのだろう。食感だけど、焼きたらこと硬めのゆで卵の黄身の中間といったところだろうか。


(ウズラじゃない……ってことはモツなのかな?)


 モツ。つまり内臓。たまに変な形のものとかあるよね。このコロコロとしたものはどこの部位なのだろう。マジマジと観察してみると、形こそウズラの卵に似ているが表面に小さな血管の筋のようなものが見え、表面は茹でたソーセージのように張っている。それにごく一部に海ぶどうのようなブツブツしたものが付いていた。そこら辺はいかにも臓物って感じの見た目だ。


(このコロコロのタマタマな感じ……まさか……)

「ううん、そんなわけない。そんなわけないって」


 私は浮かんだ想像を無理矢理振り払うようにして「そんなわけない」を繰り返すと、そのコロコロとしたものをパクパクと食べた。うん、食べられる食べられる。きっと想像したのとは違う部位だよ。うん。なんか怖くて検索できないけど。きっと。


【↑🔷……もしかしてナトリン、白子的なものを想像してる? タマタマ的な?】

【↑☆なんで言及しちゃうんだよ! スルーしてやってもいいじゃないか!】

【↑🔷だって。どこの部位なのか気になるじゃない】

【↑☆そのことだけど。多分、ナトリが食べてるのは『キンカン』だと思うぞ】

【↑🔷キンカンって?】


【↑☆未成熟の卵と卵管が一緒になってる部分……まあ卵のなりかけみたいな部位。前に焼き鳥屋で食べたことがある。あっちだと『ちょうちん』って言ってたけど】

【↑🔷なんだ。じゃあタマタマとはある意味真逆だね】

【↑☆タマタマ言うなっての】

【↑🔷あれ、じゃあ変な想像して、それをおっかなびっくり食べてるナトリンって……】

【↑☆それも言ってやるなって】


 そのなにかを食べ終わる頃に、骨付鳥が運ばれてきた。


「おお~」


 クリスマスチキンのような大きめのモモ肉が食べやすいように切り分けられて出される。上には青ネギが散らされているし、下には調味料と鶏肉から流れた油が混ざった琥珀色の液体が広がっている。


(カロリー様じゃ! カロリー様が降臨なされた!)

【↑☆いやどんなテンションなんだよ?】

【↑🔷よっぽどお腹がすいてたんだね】


「いただきます」


 私はその一切れに齧り付く。うわっ、すごい歯ごたえ。皮がコリコリしている。焼いた鶏皮ってジューシーだけどふにゃっとしてるイメージだったけど、これはコリコリだ。こ、これが親鶏の実力。肉部分も噛み応えがあり、噛み締める度に口の中に鶏肉のうま味が広がる。銀皿の底に広がるスパイス混じりの油にネギを絡ませ、鶏肉と一緒に食べれば尚のこと美味。それをカルピスサワーでサッパリと流す。


(ヤバい。最高。最&高)

【↑🔷本当に美味しそう】

【↑☆なんで俺たち飯テロくらわされてるんだ?】


 私はカルピスサワーをもう一杯おかわりして、骨付鳥を堪能したのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ありがとうございましたー」


 カルピスサワー二杯でほろ酔いになったところで店を出る。さっちゃんやみーくんとの飲み会ではもっと飲んでも平気なんだけど、一人で黙々と飲んだり食べたりしていると普段よりペースが早くで、なんだかフワフワした気分になる。


(そういえば……一人でお酒を飲んだのって初めてかも)


 家ではお酒は飲まない。かといって夜に一人で飲み屋にいったりもしない。安い飲み屋は騒がしい人たちが騒がしくしてて居心地悪いイメージがあるし、高い飲み屋は『おやおやここはお嬢ちゃんみたいなひよっこが来るところじゃないぜ』って追い払われそうなイメージがある。どっちもコミュ力不足にはつらい環境だ。


【↑☆いや勝手なイメージで尻込みされても……】


(『ハ○メイとミ○チ』の樫木○人先生が、修羅場の原稿終わりにバーに行って癒やされるって話をあとがきでしてて、大人だなぁって憧れたっけ。私は原稿終わったら普通にゲームするか寝ちゃうかだし)


【↑🔷またマニアックなところをもってきたねぇ】


 さっきの居酒屋も、空腹という切羽詰まった状況でなければ尻込みして入れなかったかもしれない。フワフワ気分で目の前の交差点を見る。さて、これからどうしようか。肉は食べた。お酒も飲んだ。なんか変なタマタマしたものも……食べた。


【↑☆キンカンをタマタマ言うなや】


 このままホテルに帰って明日に備えて休むのもいいけど……お腹にはまだ余裕がある。そういえば炭水化物はまだとっていない。そして丸亀に来てからは、まだうどんは食べていない。せっかくのうどん県。ここは……。


(〆のうどん……行っちゃう?)


 さっき気付いたのだけど香川のうどんを食べられそうな店の軒先には黄色い回転ランプがあるみたいだ。それを目指せばうどん屋はすぐに見つかるだろう。


(よし、行こう)


 私は道の向こうにあったランプを目指して交差点を渡った。こうして見回すだけでもいくつかのランプが見える。さあどこのお店に入ろうか。そんなことを思いながら、渡っていた横断歩道から左のほうを見たときだった。


「えっ……?」


 ふと見上げた先の“闇の中にお城が浮かんでいた”。一瞬、自分がなにを見たのか理解ができなくて思考が停止する。いや、夕方にも見た丸亀城なんだろうけど、本当に闇の中から急に石垣と天守閣がライトアップされるととてつもない非日常感に襲われる。ほろ酔い状態の脳が見せた幻かなって一瞬思ったもの。私は横断歩道を渡りきってから、すぐにそのお城の写真を撮ってメッセージアプリに添付した。


ナトリン💣:夕飯後に外に出たら、空に城が浮かんでた


 そんなメッセージを書き込むと、既読はすぐに付いた。


ミナト☆:ライトアップすごいな!

さっち🔷:幻想的な光景だね~。私も旅したくなってきたかも


 二人からそんなメッセージが書き込まれる。好評のようで満足だ。


(でもホント、摩訶不思議な景色……)


 ライトに照らされて浮き上がる石垣と白壁。闇の中に浮かんでいるように見えるお城。これだけでも摩訶不思議、大通り沿いなのに人がそれほど歩いていない(車は通ってるけど)丸亀の街角の景色もまた不思議だった。こんな光景がある日突然、東京に現れたとしたら大パニックになるだろう。


 SNSで拡散されて、翌日には一目見ようと大勢の人間が集まることだろう。だけど道を行くほとんどの人は気にも留めない。城が見える町で暮らす人たちにとっては、城がそこにあるんだから、城が見えるのは当たり前だろうと……そんな感じなのだろう。私にとってはミーくんとさっちゃんが近くに居てくれるのと同じで。


 そんなことを考えながら私は歩き出し、目に付いた『うどん屋本店108』さんに入って冷たいぶっかけうどんを食べた。結論:うどん県のうどんを堪能するなら冷たいうどんのほうが違いがわかりやすい。温かいうどんだと感じにくかった麺のつるしこ食感が、冷たいうどんだとハッキリとわかる。噛むたびに小麦の香りが広がり、のど越しも良い。


(ああ……たまらん)


 私はうどん県のうどんを堪能してホテルへと帰ったのだった。

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