第36話:リメイクによる獲得と喪失

 「山の家」こと、父の実家は広い。平屋建てだが、玄関の上だけでも今風に言えば8LDKはある。昔は農家の寄り合いなどがよく行われていたり、民宿として利用していた時期もあったという。おかげで、きょうだい一家が計6人来ても余裕で泊めるだけの部屋と寝具と食器があるのである。台所では翌朝に備えて、3台の炊飯器(うち1台はお土産のぼた餅を作るためのもち米)に同時に予約を入れてある。


 今夜、僕は従兄のマサキ君の部屋に布団を持ち込んでいる。部屋には当然、テレビもある。明日の朝はゆっくりだし、今夜は思いっきりゲームで遊ぶ予定だ。


 何をやろうかと言われて選んだのは、リメイク版のDQ1(『ドラゴンクエスト1・2』に収録)である。最初はファミコン版との比較のためにちょっと触って様子を見る程度のつもりだったのだが、次第に深入りしてしまった。


 ファミコン版と比べると、敵から手に入る経験値やゴールドが大幅に増えている。またツボやタンスなどにアイテムが隠されているおかげで、それを売ったお金で棍棒・皮の服・竜のうろこという装備が非常に早い段階で揃ってしまった。


 そしてギラが強い。大さそり程度なら一撃で、2発使えば強敵の骸骨ですらもあっさり倒せたのには驚いた。これさえ覚えればマイラ周辺で安定して稼げるようになる。装備を整えたらリムルダール行きだ。


 *


「タケル、好きな子とかできた?」


 ゲームのほうで余裕が出てきたので雑談が多くなる。この質問に、僕は「ついに来た」と思った。こういう状況では絶対聞かれると思っていたのだ。


「うん、同じクラスにね」

「お、どんな子?」

「ファミコンが好きな子」


 僕は中古ショップでの出会いや、一緒にFF1やDQ1を進めたことなどを話した。交換日記のことと、彼女が作ったサンドイッチを食べたことはちょっと恥ずかしかったのでまだ言わなかった。


 いずれにしても、クラスメイトには言えないことであっても、たまにしか会わない従兄にはすんなり話せる気がする。


「へえ、面白い子だなぁ。大事にしろよ」

「そういうマサキ君は?」

「えー、俺も言うのか……。まあいいか、近所に住んでる、前にタケルとも遊んだことのある……」


 僕は思い出す。何年か前の夏休みに一緒に遊んだ女の子を。いわゆる幼馴染というやつだと思った。


「今までは普通に友達として接してたんだけどさ。今年になってクラスが変わったら、あんまり話す機会も無くなっちゃってなぁ」

「学校で会えないなら、直接遊びに誘ってみたら?」


 我ながら、無責任に提案だと思う。もし同じような立場になったとして自分から誘えるだろうか。それでも、何もしないよりはしたほうがいいのは確かだと思うのだ。


「それもそうか。今はこれでいくらでも連絡できるんだしな」


 スマホを触りながらそう言った。僕の父は中学の頃からすでに携帯を持っていたというが、3歳上の兄であるダイスケ伯父さんは高校から持ち始めたという。この時間差は大きく、伝えたくても伝えられなかった思いというのは、上の世代ほど大きかったのかも知れない。


 *


 それはさておき、ゲームも進む。町やダンジョンで「力の種」や「命の木の実」といった永続強化アイテムが手に入り、レベルアップや装備更新とは別の軸での強化があるのも楽しい。このおかげで単純に探索するのが面白くなった。


 ホイミの回復量が2倍くらいに強化されているので強敵とも渡り合える。ゴールドマンに至っては所持金が3倍くらいに激増しており、リムルダールでの最強装備を整えるのに時間はかからなかった。


 ゴーレムは明らかに強くなっていたが経験値が激増しており、倒せば一度に2レベル上がったりした。預かり所(預けたお金は死んでも減らない)もあるので炎の剣を買いに行くのも余裕。結果として、プレイ開始から3時間足らずで竜王に対面してしまった。もっとも竜王も強化されているようで、第二形態を見ることすらできなかった。


 *


 僕はこのあたりで寝落ちしてしまったのだが、起きたらマサキ君からクリア報告があった。レベルは20になっていた。朝食後、僕もクリアしてエンディングを見た。イベントシーンのハイライトが背景で流れたりしたが、基本的にはファミコン版と変わらないようだ。


 ファミコン版をクリアするのにどれくらいかかっただろうか。少なくとも10時間では足りなかったと思う。スーパーファミコン版は経験値などのバランスが見直されて、不毛な戦闘をする必要がなくなったのは適切な調整ではあるのだろうが、ソフト1本のボリュームとしてはあまりにも少ない。これは2とのセット販売だから、このくらいでも良いと判断されたのだろうか。


 何時間も経験値稼ぎをさせられるファミコン版のバランスが適正だったとも思えないのだが、当時の限られたスペックで1本のゲームソフトとして売るのであれば、これくらい引き伸ばしてを持たせる必要もあったのかなと、改めて思うのであった。

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