第32話:竜王との対面と遥かなる道

「……なあ、これは敵から逃げまくるゲームなのか?」


 遅れてやってきたソウタが、プレイ画面を見ながらつぶやく。


「しょうがないだろ、まだレベル低いのにラスダン強行してるんだから」


 ハルキが返す。そう、今は最強のロトの剣を探すのが第一目的で、戦闘は二の次なのだ。


 *


 虹のかけ橋を作って、竜王の城に乗り込んだ勇者はるまき。しかし、現在はメルキド周辺の敵ですら手に余る。当然、竜王の城の強敵からはひたすら逃げまくっている。それでもレベル上げより探索を優先するのは、きっとここに最強の武器が眠っているに違いないと予想したからだ。


 1階にある2つの階段がダミーであることはすぐわかった。いかにも怪しい玉座を調べてみたら直接的なヒントが出たので、真のルートもあっさりわかった。とはいえ、そこまでに既に何度か死亡を繰り返しているのだが。


 *


「あ、無限ループだこれ。音楽が変わってないもん」

「ほんとだ、よく気づいたな」


 このゲームでは、ダンジョンの階段を降りるごとにBGMが低く、スローテンポになっていく。階段を降りてもそれが変わらないということは、元の場所に戻っているだけということになる。


「こっちの階段、まだ行ってないな」


 ソラが言う。方眼用紙を使ってマップを記録しているのだ。これなら迷わない。


「ここで上り階段ってことは、もしかして……」


 地下2階に降りた時点で、マップの中央に怪しげな宝箱があることは確認している。


「やった! ロトの剣だ!」


 意外とあっさり見つかった。攻撃力は炎の剣と比べて、実に+12ポイント! これで心置きなく(?)死ぬことができる。


 *


「さて、どうするか。レベル上げるか、竜王の城をもっと調べてみるか」


 なんとかロトの剣を手に入れたが、レベルはまだ15。竜王の城の敵とはまともに戦うのは難しい。


「せめて竜王の顔くらいは見に行ってもいいと思うんだけどな。俺、そろそろ帰らないと」

「だな。レベルアップは退屈そうだから、俺も先を見てみたい」


 ソラとソウタが言う。


「よし、やってみるか。俺はおやつ取ってくるから、タケル頼んだ」


 コントローラを託される。倒せなかったとしても、なんとか竜王まではたどり着きたい。


 *


「おまたせ」

「おお、美味そう!」


 暗い通路を進んでいるうちに、ハルキが戻ってきてテーブルの中央に大皿を置いた。中央部分が空いたドーナツ型の大きなババロアがぷるんと揺れる。


「四分の一ずつ、食っていいからな」


 すでに包丁が入ったそれを、小皿に取り分けながらハルキが言う。四等分でも皿からはみ出す勢いで、ちょうど二人前くらいの量だ。


「すごい、ハルキが作ったの?」

「ああ、牛乳と卵と砂糖、それとゼラチンだけだけどな。本当は生クリームを使えばよかったんだけど」

「それでも、十分美味いぜ!」


 僕とソウタがハルキのことを褒めている間、ソラは得意げな顔で見守っていた。きっと、昔から料理が得意だったんだろう。そんなことをしているうちに、ゲームの方も進展を迎えた。


「お、急に明るくなった」

「右にいる奴、竜王じゃね?」


 ロトの剣のあったフロアとの分岐の先は、ほぼ一本道だった。BGMは次第に低くなっていく。最下層と思われるこのフロアは一気に明るくなったが、BGMは不気味なほど低くなっている。


 *


「ロトの盾とかあると思ったんだけどな」


 階段から真っ直ぐ進むと宝物庫だったが、ろくなものが入っていなかった。


「ここで薬草2個は地味にうまくね? 確か宝箱って復活するんだったよな?」


 ハルキが言う通り、本作では重要アイテム以外の宝箱は、外に出て入り直すたびに復活することを確認している。宝箱の開封状況をパスワードに記録する容量が無いためだろう。


「確かに。途中で2個使っても補充できるってことか」


 竜王のもとへ真っ直ぐ向かうよりも多少は寄り道になってしまうが、薬草2個なら十分おつりが来るだろう。


 *


 フロアを時計回りに一周する。相変わらず敵は強いのだが、特に罠があるわけでもボスがいるわけではないようだ。竜王にはスムーズに対面できた。


「世界の半分だと? 無視だ無視、戦え!」

「もちろん!」


 奴の提案を蹴って戦闘開始!


「しかし、弱そうな顔してるなあ」


 1ドットの目が2つ、3ドットを横に並べただけの口。合計9ドット範囲で表現された顔は、この上なく貧相だった。これなら顔を省略したほうがマシなんじゃないかと思うくらいに。


 そして、その見た目通り、実にあっけなく竜王は倒された。しかし……。


「うわっ!!」


 画面が暗転し、竜王がその正体である、青色の巨大なドラゴンになった。BGMも普段とは違う、おどろおどろしいものが流れた。そう、FF1にすらなかった専用の戦闘BGMが付いているのだ。


「2ダメージ?! ロトの剣でもこれかよ!」


 結局、こちらの攻撃すらろくに通らず、あっけなく返り討ちにされてしまった。


 *


「これ、次元が違うんじゃね? やっぱり最初の会話に何かあるとか?」

「いや、そもそもレベルが足りないと思う。呪文も全部覚えてないし」


 ソウタの問いかけに僕が答える。まだベホイミとベギラマを覚えていない。特に、回復呪文のベホイミは必須であるかのように説明書には書いてあった。


 **


「それじゃ、あとは俺がやっとくから。また学校でな」


 あれからソラを見送り、ドムドーラからメルキド方面で適当に戦ってレベル16まで上げたところで飽きてしまい、ソウタの持ち込んだSwitchで遊んでいるうちに時計が6時を回った。そろそろ帰らないといけない。


 *


「なんとかレベル17になったけど、ダルすぎ」


づゆげぶね がゆしめよられ

せれやづぼ のさざ


 夜、ハルキからメッセージが届いた。ベホイミを覚えたようだ。


「必要なのが経験値だけになるとマジでモチベが薄まるんだよな」

「確かに、もう買えるものは無いんだもんな」


 装備の更新という小目標は、確実にモチベーションに繋がっていた。レベルアップはむしろ、そのついでと言ってもいいくらいだった。


「竜王とは戦った?」

「行こうとしたけど途中で死んだ。今日はもう無理だから頼んだ」


 *


ほりいゆう じえにつくすど

らごくえす とだよ


 ふと思いついて、父に教わった語呂合わせのパスワードを入れてみる。父はこれを使ってクリアしたという話だ。レベル25で、経験値は5万。現在の「はるまき」の3倍近くだ。これくらい稼がないとクリアできないのかと、僕は頭を抱えた。

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