第31話:姫とのお楽しみと虹の暗喩

「この横軸上にあるはずだ」

「本当にここであってる?」

「大丈夫、俺が数えたから」


 ロトの鎧を手に入れた勇者はるまき、次の目的地は「ラダトームまで北に70、西に40」地点の探索だ。ここがメルキドの南東部であることは既に目星がついている。マップを反時計回りにぐるりと移動することになるので、y座標だけでも把握すれば横一列をひたすら調べるだけで済む。


 歩数はソラがカウントしてくれた。メルキドの南東部にある広大な毒の沼地、その東西を結ぶ細い部分が、ちょうど40歩のラインのようだ。つまり、ここを横に1マスずつ調べれば見つかるはずだ。


「あった! ロトのしるし、だって」


 いつものように地下室で老人からもらうか、あるいはダンジョンを覚悟していたので、アイテム自体が直接手に入ったのはちょっと意外だった。


「太陽の石と雨雲の杖、それにロトのしるしで、伝説のアイテムが揃ったってことか」


 しかし、3つを揃えただけでは何も起こらない。リムルダールの南に行ってみる必要がありそうだ。


 *


「そういえば、ドラゴンはどうなった?」


 リムルダールへのトンネルに入ったら、ハルキが尋ねてきた。


「あれから何もしてない。今なら勝てるかな」

「死んでも問題ないし、やってみるか」


 初遭遇時はわけもわからずに倒され、メルキド周辺などで野生個体が出てきたときは逃げてばかりだったドラゴンと、初めてまともに戦う。


「ダメージは20前後、最悪でも薬草での回復が間に合うな」

「っていうか余裕コースじゃない?」


 ドラゴンといえども、最強のロトの鎧を手に入れた勇者の敵ではなかったようだ。先に進むと、薄汚れたドレスを来た人影が。


「あ、ローラ姫! もう出てくるんだ!」

「確かに! 竜王が姫をさらったんだと思ってた!」


 FF1のセーラ姫を助けたときのように城にワープするのかと思ったら、なんと勇者自らが姫を抱きかかえてそのまま連れて行くようだ。


 *


「面白いな、色々話しかけて反応見てみるか」


 試してみたのだが、期待通りの反応はもらえなかった。特に、ガライの町では姫を案じるセリフがあるのに、直接連れてきても変わらない。せいぜい、宿屋に泊まった時に笑えるセリフが追加されたくらいだったので、おとなしく引き渡すことにする。


「王女の愛だって。代わりに竜のうろこ持ってかれたけど、なんでだ?」

「持ち物がいっぱいだからじゃない? 一番安いのを優先して持っていくとか」

「ああ、なるほどな。しかし冒険のはじまりから身につけていたアイテムを王女に捧げるって、なんだか感慨深いな。まあ、よりによってドラゴンに監禁されていた姫に竜のうろこってのも皮肉だけど」


 ハルキがそう言う。竜のうろこ、そういえば僕が最初に聞いたパスワードでも既に装備していたものだ。ゲーム上では店でいくらでも売っている安物の装備品に過ぎないけれど、面白い想像力だと思った。


 *


「あ、王女の愛って使えば城までの距離がわかったのか!」

「わざわざ数える必要なんてなかってってことか」


 おそらく、制作者の意図としては先にドラゴンを倒して王女の愛を手に入れ、それによって老人が指し示した座標を目指すというものだったのだろう。いずれにせよ大まかな位置を予測する意味はあったのだろうが、少なくとも1マス単位で縦座標を探していたのは無駄な苦労だったようだ。


「それにしても、なんでわざわざ位置なんか教えてくるんだろ」

「そりゃ、遠くに行ってほしくないからだろ。絶対束縛してくるタイプだぞ」

「とはいえ、もう手を付けちゃったわけだから責任とらないとな」


 そう、すでに宿屋で「お楽しみ」してしまったのだ。男3人で笑いながらプレイする。一人だったり、まして日々木さんと一緒だとこういうノリは無理だろう。これはこれで楽しい。


 *


「よし、今度は通してくれたな」


 リムルダール南の地下室に行く。雨と太陽が合わさり、虹のしずくが生まれた。


「なんだか、神話みたいだな」


 ハルキがぽつりとつぶやく。先ほどまでローラ姫の下世話な話をしていたというのもあるのだが、太陽と雨の結合とはつまり、男女の交わりのたとえであることは僕も薄々感じていた。


「太陽と雨。農業の神の誕生とか、そういう比喩ひゆかな」

「日本で例えればアマテラスとスサノオだからな。農耕民族にとっては確かに根源かも知れない」


 僕がうまく言葉にできなかったことをソラがつぶやき、すかさずハルキが補強する。


「きっとこれは国産みの神話だな。勇者はローラ姫と結ばれて新たな王家を築く。そういうオチの前振りだよ」

「太陽の石はラダトームにあったから、ラダトームの姫であるローラは太陽の血筋。逆に考えれば、勇者は雨の血筋ってこと?」

「雨の力を持つ放浪の勇者が竜を討つ、そうか、これはヤマタノオロチ討伐みたいなものなのか」


「二人とも、詳しいなあ」


 僕はすっかり感心してしまった。


 それにしても、男である勇者が雨で、女である姫が太陽か。そうなると、「雨雲の杖」と「太陽の石」と呼ばれているアイテムがどのような見た目であり、どのように「結合」するのか、想像して恥ずかしくなってしまった。実際にそのような「ご神体」が祀られている神社があると聞いたこともある。


 *


「よし、さっそく竜王の城に行くぞ!」


 ハルキの一言で我に返る。そうだ、勇者にはまだやるべきことがある。

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