第21話:データの消失と関係の進展

 月曜日。いつものように7時25分くらいに教室に着いたのだが、日々木さんがいない。ロッカーにカバンも入っていない。トレ部の朝練で体育館に行くついでに昇降口の下駄箱も確認したが、まだ学校には来ていないようだった。何かあったのだろうか。


 朝練から戻ると、ちゃんと日々木さんが席にいたので一安心。すぐホームルームが始まるので話しかけるタイミングがなかったのだが、ちょっと体調が良くないのだろうか。授業中もどこか上の空で、先生に指されたときも教科書のどこを読むのかわからずに戸惑ったりした。


 *


「今日、どうしたの?」


 気になったので休み時間に声をかけてみることにした。次の時間は音楽の移動教室なので、ちょうど教室で二人きりになるタイミングができたのだ。


「昨日、データが消えちゃった……FF1の」


 彼女は深い溜め息の後、絞り出すように声を出した。


 そういえば父から聞いた。昔のゲームではデータが消えるというのは当たり前だったらしい。それは物理的なショックのせいだったり、ソフト内のバグが原因だったりすが、古いカセットであれば保存用の電池が弱まっているので、なおさら消えやすいということもあるかも知れない。


「せっかく、海底神殿までクリアしたのになぁ……」


 そう言いながら、クリアファイルからノートのページを出す。僕が日記帳を預かっていた、金曜から日曜の3日分だ。


「へえ、飛空船とる前に試練の城に行けるんだ」


 リッチを倒した後の冒険の道筋は僕とは違い、試練の城→氷の洞窟→グルグ火山という順番だった。マリリスを倒してくれと頼まれるが、カヌーさえ手に入れれば3つのダンジョンはどこからでも行けるようだ。試練の城で真っ先にアイテムを入手して、グルグ火山には飛空船を取ってから空路で向かう。なんとも大胆なルートだと思った。


「ブリンクとインビアの重ねがけで物理攻撃を防ぐ、かぁ。僕は攻撃しか考えてなかったからなぁ」


 火山の後は、僕と同じような滝の洞窟→海底神殿という道のりのようだ。白魔と黒魔は赤魔よりも魔法を使えるようになるのが早いということもわかった。


「クラーケンを倒して、ミラージュの塔に入る前にセーブしたのが最後」

「そっか、僕もちょうど同じところ」


 日記帳を渡して、開いて見せる。


「……ねえ、そろそろ音楽室行かなきゃ」

「あ、そうだね」


 *


「消えちゃったときはすごくショックだったけど、話したらスッキリしたかも」

「ファミコンはしょうがないよ。父さんも何度か消えたって言ってたもん」

「また最初からやり直すけど、バックアップ電池が弱ってたら同じだよね……」


 ここで僕は思い出した。電子工作ができるというソラなら、カセットを分解して電池を入れ替えられるかも知れない。でも部品などの費用がいくらかかるかわからないし、注文していつ届くかもわからない。


 **


「ねえ、日々木さんは自分でプレイしたいかも知れないけどさ。もしよかったら……一緒に続きをやらない?」


 放課後、思い切って提案をした。


「それって、タケルさんのおうちに行くってこと?」

「うん。嫌だったらやめとくけど」

「あ、そういうんじゃなくて! 私、あんまり友達の家で遊んだこととかってないから……」


 *


 その後、すぐに一緒に帰るのがなんだか気恥ずかしかったので、二人でトレ部に顔を出した。


「日々木さん、ちょっと体が硬いみたいだから、ストレッチ手伝ってあげてね」


 二人で顔を出すと、顧問の先生にそう言われた。


 日々木さんは体育館の床にぺたんと座って脚を伸ばし、僕に背中を預ける。


「ゆっくり押してね」

「うん……」


 ジャージ越しとはいえ彼女の背中に触れて、ほんのりと体温を感じる。女の子の体にこんなふうに触れるのはいつ以来だろう。


 **


「日々木さんの家、こっちのほうなんだ」

「うん。タケルさんの家はほとんど通り道にあるみたい」


 結局、トレ部では柔軟だけやって、16時前に学校を後にした。今日は18時くらいまでに帰ればいいみたいなので、1時間以上うちで遊ぶことができる。


 *


「ただいま」

「おかえりなさい。……あら?」

「日々木フミといいます。同じクラスの……」

「そういうわけなんだけど……ちょっと遊んでいっていい?」


 家に女の子を連れてくるなんていつ以来だろう。しかも、男女の友達数人を連れてきたりしたことはあったけど、女の子を一人だけ連れてくるなんてのは初めてだ。


「ええ。散らかってると思うけど、よかったら!」


 しかし、母は「女の子を連れてきた」ということを特に強調することもなく、男友達を連れてきた時と同じように接してくれたのが嬉しかった。


「お邪魔します」


 彼女は玄関に上がると、学校指定の白いスニーカーをきれいに揃えて、僕の案内で部屋に向かうのだった。

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