第22話:天高く星の海で彼女と二人
「おじゃまします……」
日々木さんを僕の部屋に案内する。こんなことになるとは思わなかったが、日曜日に片付けておいてよかった。
「えーと、何か持ってこようか? 熱いお茶? 冷たい麦茶? コーヒーもあるよ、インスタントだけど」
「あ、お構いなく」
「いや、僕も喉かわいてるから。麦茶持ってくるね」
お互い、この状況に慣れていないのかそわそわしているのを感じる。
*
「あ、今お茶持っていこうと思ってたのに。日々木さん、アレルギーとかは無いわよね?」
1階の台所に降りると、母が牛乳ゼリーを切って小皿に盛り付けていた。小さい頃、牛乳が苦手だった僕のためによく作ってくれたものだ。温めた牛乳に砂糖とゼラチンを溶かして冷やし固めただけのものだが、素朴な甘さが大好きで、今でもときどき作ってもらっている。
「うん、いつも給食の牛乳はちゃんと飲んでる」
「ならよかった。飲み物はどうする?」
「お構いなく、って言ってたけど、どうしよう」
「それなら、麦茶にでもしましょうかね」
今日は少し暖かく、長袖の制服では軽く汗ばんだ。冷たい麦茶がちょうどいいかも知れない。
*
「おまたせ」
「あ、ありがと」
麦茶とゼリーを乗せたお盆を持って部屋に戻ると、彼女はお行儀よくテレビの前で正座をして待っていた。
「そんなに堅くしなくたっていいよ」
「あ、ごめんね」
なぜか謝ってから脚を崩す。僕はそんな彼女を横目に、テレビの電源を入れてアダプタを差し込み、ファミコンの電源を入れる。
「よかった、消えてない」
FF1は無事にコンティニューできた。データが消えるというのは他人事ではない。いつまでデータが無事だかわからないので、早くエンディングまで進めたい。
*
「ねえ、キャラの名前ってうちのクラスの男子?」
ステータス画面を見て彼女が言う。
「うん。そういえば日々木さんはキャラの名前どうしてたの?」
日記では単にキャラの職業だけ書いてあり、名前は書かれていなかったのだ。
「えーと……まあ、適当かな」
明らかに何かをはぐらかそうとしていると感じたが、深掘りするのはやめておいた。
*
「すごい宝箱だなぁ」
ルフェイン人の町で鍵となる「チャイム」を手に入れ、空高く星の海に浮かんでいるという城を目指してミラージュの塔に入ると、大量の宝箱が僕たちを待っていた。
「イージスの盾ってなんだろう、軍艦?」
「元はギリシャ神話ね。メデューサのにらみを跳ね返した鏡の盾だから、石化とか防げるかも」
「トールハンマー? 長いハンマーってこと?」
「北欧神話のトールじゃない? ほら、雷の神様」
「……なるほど、使ってみるとサンダラかな。詳しいね」
「えへへ」
僕が褒めると、彼女は牛乳ゼリーのスプーン片手に可愛く笑ってくれた。
*
宝を漁りつつ塔を登る。機械のガーディアンにはガントレットとトールハンマー。バンパイアの軍団にはライトアクスと魔術の杖。いつの間にか魔法のアイテムもずいぶん充実してきて、戦闘もさくさく終わるようになってきた。
そして3階。小さな小部屋が1つあるだけだ。
「やっぱりボスいるかな」
「多分ね。回復しといたほうがいいかも」
余裕があるときに癒やしの杖や兜を使っていたのでポーションの消耗も少ないが、ここで念のため全回復させておく。まあ、結果として固定モンスターのブルードラゴンはノーダメージで撃破できたのだが。
*
ワープゾーンに足を踏み入れると風景が一変する。ダンジョンの壁は石造りではなく光沢のある金属質のものになり、背景は黒くなってまさに「星の海」である宇宙空間のようだ。
何より一番印象的なのは音楽で、それまでの賑やかだった曲から一変、無機質で冷たい、宇宙に取り残されたような寂しさ、未知の機械に囲まれたような雰囲気。しばらくコントローラを操作する手を止めて聞き入ってしまった。
「ここ、漫画で見たところだね」
「……うん」
前に一緒に読んだ漫画版、冒頭の宇宙ステーションはここだろう。
「私、なんだかちょっと怖いかも」
今までとはグラフィックや音楽からして明らかに雰囲気が異なる。もしかするとここはラストダンジョンかも知れない。僕は気を引き締めて探索を始めた。無人であるかのように思われていた空間はモンスターだらけだったわけだけど。
*
「持ち物がいっぱい、かあ」
「ねえ、もうダイヤの鎧とかは捨てちゃっていいんじゃない? もうお金も使わないと思うし」
ミラージュの塔も宝箱がたくさんあったが、ここもすごい。小部屋のほとんどには宝箱が置かれており、あっという間に防具がいっぱいになってしまった。攻略サイトのアイテムデータも見ながら、何を残していくかを考えていく。
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防具 ()は装備していないもの
たける:癒やしの兜・守りの指輪・イージスの盾・ドラゴンメイル
そうた:(癒やしの兜)・リボン・ダイヤの腕輪・守りの指輪
はるき:ガントレット・(白のローブ)・ルビーの腕輪・リボン
そら:(黒のローブ)・ルビーの腕輪・守りの指輪・リボン
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情報整理のためにノートに記録する。日々木さんと相談して、使用効果と性能でバランスをとると、これが最適な状態ではないかという結論だ。
「私のパーティだったら、こうしてたかな」
日々木さんもノートに書き込む。もう消えてしまった彼女のパーティの防具配分を想像しながら。
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ナイト:癒やしの兜・守りの指輪・ドラゴンメイル・イージスの盾
赤魔:(癒やしの兜)・ガントレット・リボン・ダイヤの腕輪
白魔:白のローブ・守りの指輪・リボン・守りのマント
黒魔:黒のローブ・守りの指輪・リボン・守りのマント
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「なるほど、白と黒がいればローブを装備できるから無駄なく持てるってことか」
「うん。白魔は武器にトールハンマーを持てるから、防具では攻撃効果がなくても大丈夫だと思う」
*
「あ、やっぱりここがラストというわけじゃなかったんだ」
ロボットが指し示す窓から地上を見下ろすと、4つの力の中心が、一番最初に訪れたカオスの神殿だということが明らかになる。
「どうする? 一旦戻る? それとも進む?」
「どちらにしてもここにカオスがいるんだから、倒さないと!」
*
風のカオス、ティアマットと対面! ヒドラの親分のような、多頭ドラゴンだ。
「やっぱり、まずはヘイスト攻撃だよね」
日々木さんなら守りを固めるところだろうが、このパーティには先手必勝が合っている。それに、彼女が時計を気にしている。門限に間に合わせるためにも早く片付けなくては。
「耐性、揃えておいてよかったね」
ドラゴンメイルとイージスの盾、そしてリボンのおかげで、稲妻や毒ガスといった属性攻撃のダメージを数十ポイントに抑えている。直撃したら3桁は食らっているのかも知れない。結果、あっさりとティアマットは沈んでいった。
「これで全てのクリスタルの力を取り戻した、ってわけか」
いつものようにワープゾーンから地上に戻り、すぐに寝袋でセーブした。
「それじゃ、きりもいいし私はそろそろ帰らなくちゃ」
「うん。データはそのままにしておくから」
「……ありがと」
*
「それじゃ、気をつけて帰るのよ。また遊び来てね」
「お邪魔しました。また、学校でね」
母と一緒に日々木さんを見送り、自室に戻る。そして、さっきまで僕はこの部屋で彼女と二人きりでいたという事実を、改めて噛みしめるのであった。
***
注:
浮遊城について
このダンジョンはファミコン版とリメイクで大きく雰囲気が変わっており、リメイクでは青空に浮かぶ石造りの城になってしまい、BGMも伴奏がうるさくなってしまった。FF1はプレイ済みだがファミコン版を知らない方は、適当なプレイ動画でも構わないので、ぜひ体験して欲しいところである。
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