第15話:太陽と生脚とチキンサンド

4月21日(金)


 グルグ火山。最初は2階にある宝箱を回収してから町に引き返し、2回目で最後まで進む。アイテムを売るついでにポーション99個買っておいたけど85個も使ってしまった。レベル15でマリリス戦。バファイとヘイストをかけてひたすら攻撃して、全員生存で勝利!


 メモ:コテージはセーブ後にMP回復なので、寝袋とセットで使うこと!


 部活見学、今日は2回目のトレ部。腹式呼吸のやり方など、心肺能力を強くする方法を教えてもらう。マラソンが苦手だから、冬までには体力をつけようかと思う。


 ---


「こんなもんかな」


 風呂上がり、今日の出来事を日記にまとめる。


 明日は休みだけど、どうしようか。また例の古本屋に行ってみようか。日々木さんに会えるかどうかわからないけど。彼女がスマホを持っていないのがもどかしい。せめて、親のお下がりでWi-Fiに繋げられるなら連絡の取りようもあったのに。


 両親よりも少し上の世代では「本人が出るかわからない中で、ドキドキしながら家の電話にかける」というものであったらしい。昔は学校関連の連絡のために、クラスメイト全員の電話番号のプリントが配布されたそうだが、今はそれもない。連絡網によって学校から各家庭へとは繋がるものの、生徒やその家庭同士による横の連絡手段は個人的に確保しなければならないのだ。


 **


 翌朝。アラームはかけなかったが6時半に目が覚めた。朝食を食べて、例の古本屋に10時ぴったりに着くように自転車を走らせたのだが、降ろされたシャッターには「臨時休業」の張り紙があった。


 僕はがっかりしたが、ふと後ろを振り返ると道路向かいの公園のベンチに、ピンク色のスニーカーを履いた背中を見つけて心が躍る。赤信号がもどかしい。


 *


 自転車を公園の前に止めて、足早に近づく。決して走ったりしたつもりはないのだが、足音で彼女に気づかれてしまったようだ。


「日々木さん、おはよう」

「おはよ。……お店、休みだったね」


 僕が先にあいさつをすると、お店のことを話す。もしかすると僕がシャッターの前に立っていたのも見たのかも知れない。


「土曜はいつも来るの?」

「そういうわけじゃないけど……」


 ベンチに腰掛けた彼女は言葉を止めるが、機嫌良さそうに脚を振っている。今日は暖かいので先週のようなパーカーではなくゆったりとした長袖のTシャツ姿。下は相変わらずキュロットで、陽の光を浴びて白く輝くスネがまぶしい。


「ところで、日々木さんのファミコンってどこから来たの?」


 僕は、気になったことを聞いてみた。いままで学校やゲームの話はしても、肝心のファミコンそのものとの出会いがよくわからなかった。


「家の物置にあったの。例の友達に教えてもらったから親に聞いてみたら、お父さんが子供の頃に遊んでたやつがあるかもって」

「そっか。うちも同じようなもんかな。この前、実家に帰った時に持ってきたんだ」


「ねえ、タケルさんはどうしてファミコンに興味を持ったの?」


 逆に質問された。そうだ、彼女がファミコンに興味を持ったきっかけは日記で教えてもらっているが、僕がファミコンに興味を持ったきっかけというのは話していない。


「それは……」


 日々木さんがファミコンを好きだったから。答えはこれ以外にない。FF1をやりたくなった理由も、日々木さんが買ったのを見たからだ。でも僕は、それを言うのが恥ずかしかった。


「父さんからファミコンの話を聞いたから、かな。そうそう、FFシリーズも好きでパソコン版でやってたりしてるし」

「ふーん……」


 とっさにデタラメを答える(後半は本当だが)。彼女はじっと僕の目を見る。全てお見通しだと言わんばかりに。やがて、お互いに恥ずかしくなったのか、どちらからともなく目をそらす。


 *


「そうだ、こんなの持ってきたんだけど」


 なんだか微妙な間ができたところで、彼女が肩掛けバッグのファスナーを開ける。取り出したのは四角い弁当箱のようだ。


「タンパク質は運動後に食べるのが一番って聞いたから、自転車をこいだ後に食べるのがいいかなって」


 ふたを開けると、カットされたサンドイッチがきれいに詰められていた。


「これって、サラダチキン?」

「うん。ちょっと作りすぎちゃったから、よかったら……一緒に、食べる?」


 ああ、これは夢にまで見た、日々木さん手作りのサラダチキンだ!


「……いいの?」

「うん。私が作ったやつだから、あんまり……おいしくないかもだけど」

「そんなことないって。いただきます!」

「待って、ちゃんと手を拭かなきゃ!」


 がっつこうとした僕の手を彼女の細い指が止める。そしてカバンから取り出したウェットティッシュを一枚くれた。僕は彼女の指が触れた部分を拭きたくないと一瞬思ってしまったが、それではまるでエチケットを知らない子供みたいなので、念入りに指を拭いた。


「ごめん。それじゃ改めて、いただきます!……ん、これは?」

「梅干しを叩いてソースにしてみたんだけど……消化に良いって聞いたから。苦手?」

「全然平気! ちょっと意外な味がしただけだから」


 シャキシャキしたレタスの歯ごたえにジューシーなチキン、それに甘酸っぱい梅のソース。僕は一切れだけもらって満足しようとしたが、彼女が勧めてくるし、何よりもとても美味しかったから、結局半分くらい食べてしまった。


「ごめん、日々木さんが食べるために持ってきたのに」

「気にしないで。私、食べ過ぎるとお腹壊しちゃうし。……それに、家族以外の人に食べてもらったのって初めてかも。……美味しかった?」

「うん!」


 僕が即答すると、返事の代わりに満面の笑みを浮かべてくれた。


 *


「それじゃ、私はそろそろ帰るからね」

「うん、またね」

「ええ、また……また、来週……ね!」


 彼女はそれだけ言うと、僕に背を向けて自転車で走り去っていった。僕の口の中は、まだ甘酸っぱい梅の味がする。


 ***


注:


連絡網


 2000年ごろまでは、学校からの緊急連絡は各家庭にリレー方式で電話するものであり、各クラスごとにクラスメイト全員の電話番号(携帯電話ではなく各家庭のもの)のプリントが配られていた。やがて個人情報保護の観点から電話番号の相互周知は行われなくなり、学校から各家庭に対してメール等での一括送信という形に移行していった。


 *


携帯電話の普及について


 実際はタケルの両親の世代において、中学生(1998年度に中学1年生)の携帯電話普及率は決して高いものではなかったはずだが、仲のいいグループはだいたい持っているというケースが多く、体感的な普及率というのは実態とはズレるものである。

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